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潔癖症の松永先輩  作者: 藤 ゆみ子


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第9話

「幸村さん、先帰って待ってるから」


 映画館デートをした一週間後。

 仕事の後、先輩の家で映画鑑賞をすることになっている。


「はい、すみません。私、もう少しかかると思います」

「いいよ。準備しとくからゆっくり終わらせておいで」

「わかりました。お疲れ様です」


 私はまだ任された入力作業が終わっていない。

 と言っても今は定時ちょうどだ。先輩はいつも以上に手際よく仕事をこなしていた。


 足取り軽く帰っていく先輩。

 楽しみにしてくれてるのかな。


 先輩が帰ってから三十分程で仕事を終わらせると、いつもよりも大きな鞄を持って会社を出る。

 泊まりの約束をしている訳でもないが、仕事をした服のまま先輩の家で過ごすのは嫌がられるかもしれないと思い、一応着替えの服を準備していた。


 途中でお酒とおつまみを買い、ドキドキしながら先輩の部屋のインターホンを押す。


「はい」


 玄関のドアを開けて出迎えてくれた先輩は、Tシャツにスウェットパンツを着ている。

 髪は無造作に乾かされた後のようだった。


 やっぱり、帰るとすぐにお風呂に入るんだな。


「幸村さん、これスリッパ」

「あ、はい。ありがとうございます。あの、これお酒とおつまみ買ってきました。映画観ながら飲むかなと思って」

「わざわざ買ってきてくれたんだ、ありがとね。入って」

「いえ。お邪魔します」


 買ってきた袋を先輩に渡し、足元に置かれたスリッパを履いて部屋に上がった。

 家具などは必要最低限しか置かれておらず、シンプルで整頓された部屋は想像通りの雰囲気だ。


「幸村さん、あのさ、お風呂……入る?」


 少し遠慮気味に尋ねられる。


「えっと……は、い」


 疑問系で聞かれてはいるものの、きっと入って欲しいのだろうと察し、小さく返事をした。

 すると先輩はホッとしたような表情を浮かべる。


「荷物ここに置いて。着替え、いるよね?」

「いえ、着替えは持ってきました」


 ラックに鞄を置き、着替えの服を取り出したけど……。


「準備いいね」


 先輩の言葉に、まるで泊まる気満々だったようで恥ずかしくなり急いで案内された浴室へ向かった。


 何となく予想はしていたけど、来て早々お風呂に入ることになるとは……。

 でも、仕方ないよね。

 先輩の嫌だと思うことはしたくない。


 そして予想通り水垢一つない綺麗なお風呂場に緊張しながらシャワーを浴びた。


 お風呂から出ると、先輩はフローリングシートで床を拭いている。

 どこも汚れてはいないように思えたが、シートには長い髪の毛が付いるのが見えた。


 私の、髪……?


「幸村さん、お風呂早かったね」

「あ、はい。ありがとうございました」


 先輩はフローリングシートを片付けると、キッチンに行き手を洗う。

 そしていつもより少し緩んだ顔をして声をかけてくる。


「ご飯まだだよね?」

「はい。まだです」


 部屋を汚してしまって、不快にさせてしまったと思ったけれど、大丈夫みたいだ。

 

「昨日からビーフシチュー煮込んであるんだ」

「ビーフシチューですか! 嬉しいです」


 昨日から準備してくれていたなんて。

 先輩も今日を楽しみにしてくれていたのだと思い、私も嬉しくなった。



 ◇ ◇ ◇



「とっても美味しいです!」

「良かった」


 先輩の作ったビーフシチューは本当に美味しい。

 トロトロの牛肉とホロホロの野菜が、手間をかけて作ったのだとわかる。


 にこにこしながら食べていたが、楽しく食べている途中でシチューが服に跳ねた。


「あっ」

「あ、」

「えっと、すみません……」

「はい。とりあえずティッシュ」


 先輩にティッシュを渡されトントンと叩き拭いたが、豆粒程のシミは消えない。

 これは洗濯しないと落ちないよな。


「着替え、貸そうか?」


 先輩がシミをじっと見ながら聞いてくる。

 普段、家で居る時はこれくらいのシミなんて気にしない。


 それに先輩の服を借りて汚してしまうとそれこそいけないと思い、遠慮しておくことにした。


「大丈夫です。ありがとうございます」

「そう?」


 その後、何気ない話をしながらご飯を食べた。


「ごちそうさまでした」


 食べ終えた後、キッチンへ食器を持って行った先輩の隣へ行き、食器を洗おうとしたがあっさりと断わられた。


「予洗いして食洗機に入れるから大丈夫だよ。ソファーに座ってて」

「わかりました……ありがとうございます」


 私、先輩の家に来て何にもできてないな。

 せめて片付けくらいはしないとと思っていたけど、食洗機には勝てない。


 申し訳ないなと思いながらリビングに戻ろうとしたときふと、シンクの横に置かれたものが目についた。

 敷かれたタオルの上に並べてあるのは、私が買ってきたお酒とおつまみ。


 洗ったの、かな……。


 なんだか汚い物を持って来てしまったような感覚になり、そのまま急いでリビングへ戻りソファーに腰掛けた。


 シミができた胸元が視界に入り、ギュッと掴む。

 そしてそのシミを隠すように膝を抱えると、顔をうずめるように座る。


 私、この後どうやって先輩の部屋で過ごすの?

 今から映画観てたら終電なくなるし、泊まるの?


 そこまで考えていなかった。

 先輩はどう考えてるのかな?


 もし泊まることになったらどうする?

 一緒にベッドで寝るの?


 付き合ってるんだから、一緒に寝たって何もおかしいことはない。


 でも、髪の毛抜けない?

 汗かかない?

 このシミが付いた服で寝るの?

 よだれ垂らしたりしないかな?


 あっ、お風呂の排水口、髪の毛取ってない……。


 考えれば考えるほどんどん怖くなり、次第に涙も滲んでくる。

 先輩と一緒に過ごせることに舞い上がっていた。

 もっと距離が縮まればいいなと思っていた。


 でも、距離ってどうやって縮めるの?


 先輩との距離感をどうすればいいかわからない。

 私はここでどう振舞えばいいのだろう。


「っ先輩、すみません。私やっぱり帰ります」


 ラックに置いてあった鞄を取ると、先輩の顔を見ることなく部屋を飛び出す。


「えっ! 幸村さんっ!」


 キッチンから名前を呼ぶ声がしたけれど、先輩が追いかけて来ることはなかった。


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