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潔癖症の松永先輩  作者: 藤 ゆみ子


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第6話

「幸村さん、これ。僕が二つ持って歩くのも怪しいから先に渡しとく」


 先輩は昨日作ってくると約束したお弁当を差し出してきた。

 紺色の風呂敷に包まれたお弁当。


 周りに誰もいないことを確認し、そっと受け取る。


 昨日持っていたお弁当も紺色の風呂敷に包まれていた。

 先輩がいつも持っているハンカチも同じ色だった。

 紺色が好きなんだろうか。


 覚えておこう。


「ありがとうございます。楽しみです」

「先に屋上行ってるから、それ終わったらおいで」

「はい、急いで行きます」


 私はきりの良いところで仕事を終わらせると、先輩から受け取ったお弁当を大事に抱え屋上へ向かう。


 フロアを出て廊下を歩いていると、少し先で同じフロアにある総務部の女性が私をじっと見ている。

 何故見られているかわからず、すれ違い様に軽く会釈して通りすぎようとしたけれど、呼び止められた。


「幸村さん、よね?」

「えっと……はい」


 確かこの人は日高さん? だったかな。

 先輩とよく話していて、同期だって言っていた気がする。


「そのお弁当、あなたの?」

「そう、ですけど」

「さっき、同じものを持った松永くんを見たわ。松永くんに手作りのお弁当渡したの?」

「え、いや……」


 先輩に渡したのではなく、先輩からこのお弁当を貰ったとはとてもじゃないが言えない雰囲気だ。


「あなたは入ったばかりで知らないかもしれないけど、松永くんは潔癖症なのよ。手作りのお弁当を渡すなんて迷惑になるようなことしないで欲しいの」


 先輩が潔癖症だということはもちろん知っている。

 それにお弁当も私が渡した訳ではないが、それを説明することもできない。


 私はとりあえず頷いてその場をやり過ごすことにした。


「わかりました」

「気をつけてね」


 私が抱えたお弁当を睨み付けるような目を向けると、日高さんは去って行く。


 日高さんからは終始敵意のようなものを感じた。

 なんだか悪いことをしているような気がして、少し気が沈んでしまった。


 屋上に着くと、昨日と同じ場所に昨日よりも少し大きなシートを敷いて座っている先輩を見つけた。


「すみません、お待たせしました」

「ううん。一人でぼーっとするの好きだから大丈夫」


 既にシートの端に座り、私の座るスペースを開けてくれている先輩に自然と笑みが溢れる。


「失礼します」


 シートに座り、一緒にお弁当を開けた。

 中には唐揚げとポテトサラダ、玉子焼きと切り身魚が入っている。


「凄い! とっても美味しそうです」

「今日はちょっと張り切ったんだよね」


 私の驚いた顔を見て嬉しそうに口角を上げた先輩は、いただきます、とお弁当を食べ始める。


「こんな素敵なお弁当頂いて、なにかお返しをしたいです」

「別にそんなのいいよ。余り物を一緒に食べてくれるだけでありがたいし」

「そうですか? ありがとうございます……」


 先輩はそう言ったが、後日何かお返しをしようと考えた。

 けれど、先輩は何が嬉しいのか、何が嫌なのかまだよくわからない。


 先ほどの日高さんの『迷惑になるようなことをしないで』という言葉もずっと頭を巡っている。


「幸村さん、どうかしたの?」


 どうしようかと悩んでいると、先輩が声をかけてきた。

 聞きたいこと、知りたいことがたくさんある。

 でも、お返しは今断られたしな。ちゃんと考えてから聞こう。


「いえ、なんでもありません」

「そう?」


 先輩はその後黙々とお弁当を食べる。

 食べ終えると両手を体の後ろにつき、空をじっと見上げた。


 何を考えいるんだろう。

 わからないけれど、穏やかな時間だ。


「先輩、いつもそうやって過ごしてるんですか?」

「まあ、そうだね」


 それだけ言うと、また空を見上げる。


 先輩は肩が触れそうなくらい近くにいるのに、とても遠いところにいるように思えてくる。


「私、先輩の時間を邪魔してませんか?」


 いつも一人でゆっくりしていた時間だったはず。

 不安になって聞いてみたけれど、先輩は私に顔を向けると首を横に振る。


「幸村さんといる何気ない時間は心地がいいんだ」


 柔らかく微笑む先輩に嬉しくなる。

 良かった。


 でも、私の考えていることなんてこれっぽちも気づいていないんだろうな。


 先輩、私はもっと先輩と触れ合いたいです。


 そんな思いを抱えながらも、自分から触れていいのか、どこまでならいいのか、頭を巡らせては結局何もできない。


 まあ、会社ではそんなことしないけど。

 私はそのまま一緒に空を見上げた。


「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです。お弁当箱は、私が洗ってきますね」


 昨日屋上から戻った後、先輩が給湯室でお弁当を洗っていたことを私は知っている。


「いいの?」

「はい。それくらいはさせて下さい」


 先輩からお弁当箱を受け取ると、屋上を後にした。



 ◇ ◇ ◇



 給湯室で弁当箱を二つ洗っていると、後ろから声をかけられた。


「どうせ中身は捨てられてるわよ」

「日高さん……」


 入口にもたれかかり、私をじっと見ている。

 敵意を向けてきながらも、その顔は悲しそうに見えた。

 まるで、自分のことのように。

 そう思うと気になった。

 私にこんなふうに言ってくるのには何か訳があるのだろうか。


「日高さんも……先輩に何か渡したことがあるんですか?」


 日高さんは眉間に皺をよせ怪訝そうな顔をしたが、ゆっくりと話し始める。


「前にチョコを渡そうとしたら手作りは食べられないからって受け取って貰えなかったわ。あなたは指導係だから気を遣って受け取ってくれたかもしれないけど、たぶん食べてないわよ」

「…………そう、かもしれませんね」


 日高さんはきっと、先輩のことが好きなんだ。


 先輩と付き合っていることも、先輩からお弁当を貰ったことも言えないことに心苦しくなる。

 実際に、私が作ったものだったら食べてもらえていないだろう。


 これが嫉妬なのか、忠告なのかはわからない。

 けれど、先輩との距離感をどうとっていいかわからない状況に、日高さんと自分が重なって見えていた。




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