第29話
「急に呼んだのに来てくれてありがとう」
「ううん。あれからどうなったか気になってたから」
私は咲子に呼び出され、居酒屋に来ていた。
個室の四人掛けのテーブルに向かい合って座っている。
「遅くなったー!」
そこにテンション高めでやってきたのは凌さん。
後ろには松永先輩がいた。
凌さんが咲子の隣に座り、先輩が私の隣に座る。
咲子と会うことを先輩に連絡すると、先輩も凌さんから呼び出されたと言っていたのでまさかと思っていたら、本当に一緒になった。
やっぱり、と顔を見合わせ笑い合う。
するとすかさず凌さんからのツッコミが入る。
「なんか二人イチャイチャしてる!」
「付き合ってるんだからイチャイチャくらいしてもいいじゃない」
そして凌さんに咲子がツッコミを入れる。
なんだかこの感じ久しぶりだな。
四人で飲みにいくのは大学以来なかったから。
「で、話ってなに?」
イチャイチャしてるには反応せず、冷静に話を始める先輩。
さすがだと思いながら、私も気になっていた。
プロポーズの後、どうなったか。
「俺たち、同棲することにしたんだ」
「まず一緒に暮らしてみて、今後のことを考えていこうかって」
今すぐに結婚するかしないかの決断はせずに、いろいろな選択肢を残した上で、一緒に暮らしてみることにしたそうだ。
結婚を視野に入れながら、お互いの生活リズムや仕事と家事の負担をよく理解し合い考えていく。
それが今できる一番の最善だと話し合って決めた。
「すごく良い選択だと思う」
「芽衣が話聞いてくれたおかげだよ。ありがとう」
「私はなにも。咲子と凌さんが真剣に向かい合った結果だよ」
泣きながら別れるかもって電話がかかってきた時はどうなることかと思った。
「いやー、俺、本当に振られると思ったわ」
「別れた方がいいって言ったのは凌じゃない」
「あれは咲子が結婚したくないって言ったから」
「今は、結婚は考えられないって言ったのよ」
二人のやり取りに自然と笑みがこぼれる。
すれ違いながらも、ちゃんと気持ちをぶつけ合って前に進んでいる。
「芽衣も、なんかすっきりした顔してるね」
「うん。そうかも」
私は隣に座る先輩の顔を見上げる。
どんなに思い合っていても、すれ違うことはある。
それでも、思い合っているからこそ乗り越えていけるとわかった。
先輩は私に目を合わせ、優しく微笑んでくれた。
「なんか二人って、心の中で会話でもしてんの?」
凌さんが私たちを見てそんなことを言う。
何も言わなくても気持ちがわかったらすれ違うこともないのかな。
心の中の声が聞こえたら、このもどかしい気持ちも全部伝わるのかな。
そんなことになったら恥ずかし過ぎて先輩の顔を見られなくなるかも。
「そんなわけないでしょ」
先輩は呆れたように返す。
「松永さ、ちゃんと芽衣ちゃんに好きだって言ってんの? 聞いたことないけど」
っ?!
ダイレクトな言葉にむせてしまいそうになった。
「凌の前では絶対言わない」
「お前はわかりにくいところがあるからはっきり言葉にしないと伝わんないぞ」
「それはわかってるから」
私も、同じなんだよな。
頭でばっかり考えて、うじうじ悩んで結局思っていることの半分も伝えられない。
言葉にしないと伝わらない。
その言葉が胸に沁みた。
「凌は思ったことすぐ口にし過ぎなのよ」
咲子が、凌さんと先輩を足して二で割ったら、なんて言うから笑ってしまった。
それから、引っ越し先に悩んでいる話や、どれだけ咲子の料理が美味しいかという凌さんの熱い話を聞いた。
凌さんはこれから料理を覚えるんだと意気込んでいた。
帰りは先輩と帰ることにして、二人と別れる。
「久しぶりに四人で飲めて楽しかったですね」
「このメンバーは気兼ねなくいられるからいいね」
確かに凌さんにだけは、素を出して話している気がする。
ちょっと毒舌になるところも、凌さんの前だけでなんだよな。
「私にも、凌さんみたいに接して欲しいです」
「それは無理だよ」
「ええ、どうしてですか?」
「幸村さんには目一杯優しくしたいし、良いところだけを見せたいって思うのが男心だよ」
いつもかっこつかないことばかりだけどね、と肩を落とす先輩はなんだか可愛く思えた。
「良いところもだめなところも、全部知りたいです」
「僕も同じだよ。あまり考え過ぎないでもっと幸村さんの思った通りにしていいんだからね」
思った通りに、か。
「じゃあ、手を繋いでもいいですか」
「もちろんだよ」
快く了承してくれて、優しく手を握ってくれた。
でも、本当に思った通りにしたら、先輩はびっくりするだろうな。
生活習慣の違いだけじゃない。
もっとたくさん触れ合いたいと思っているなんて、先輩は思ってないだろう。
突然キスなんてしたら、突き飛ばされたりするのかな。
先輩はそんなことはしないか。
それでもやっぱり思った通りになんてできません、とこっそり心で呟いた。
今はこうして手を繋いで歩けているだけで幸せだ。




