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潔癖症の松永先輩  作者: 藤 ゆみ子


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第25話

 翌日、先輩はいつも通りだった。


 何事もなかったように仕事をこなす。


 結局、私は何も変えることができなかった。


 もう諦めるしかないのかもしれない。


 そもそも私は新入社員だ。

 まだ一人前に仕事をこなせないのに、恋にかまけてばかりじゃだめだ。


 そう自分に言い聞かせて、先輩とのことは考えず、仕事に励むことにした。



 仕事をして、家に帰るだけの日々。

 ありきたりな日常が過ぎていった。


 そんなある日、社食で一人昼食を食べていると、目の前の席に日高さんが座った。


「ここ、いいかしら?」


 聞いているけれど、お箸を持ち、もうここで食べる気満々なようだ。


「はい……」


 日高さんはお蕎麦を啜りながら、私を見る。


「あなたたち、何かあったの?」


 あなたたち、とは私と先輩のことだよね。

 何かあったと言えばあった。

 でも、こんなこと日高さんに言ってもいいのだろうか。


「この前ね、松永くん泣いてた」

「え? 泣いてた?」

「かもしれない」

「かも、しれない……」


 びっくりした。

 本当に泣いていたかははっきりしてないんだ。

 

 でも、どうして? いつのことだろう。

 それって、私のことと関係あるのかな。


 私の考えていることがわかるのか、日高さんは話を続ける。


「先月、けっこう遅くまで残ってた日あったでしょ? 私も残ってたの。販促イベントの準備で営業部にいたんだけど、松永くんが肩を震わせて歩いてたのを見かけたのよ。声をかけられる雰囲気でもなかったし、はっきりとはわからないけど」

「そう……だったんですね」


 あの日のことだよね。

 同じフロアにはだれもいなかったから、日高さんが残っているとは思っていなかった。


 あの日、怒らせてしまったと思っていたけど、そうじゃなかった?

 もし泣いていたのだとしたら、先輩をひどく傷つけてしまったということ。

 いや、そうじゃなくても私はきっと、先輩を悲しませた。


「私が口を挟むことでもないし、何も言わないつもりだったんだけど、最近見てられなくて」

「気を遣わせてしまいすみません……」

「謝る必要はないわよ。でも幸村さん、あなたすごく疲れた顔してるわよ? けっこう残業もしてるんじゃない? 体調には気をつけてね」

「はい、ありがとうございます」


 日高さんはごちそうさま、と手を合わせ、トレーを持って戻っていった。

 

 きっと先輩のことが好きなはずなのに、私のことを気にかけてくれるなんて優しい人だ。


 それにしても、私は見てわかるほどに疲れた顔をしているのだろうか。

 言われてみれば、たしかに最近残業が続いて少し疲れてるかも。

 でも、顔に出ていたなんてだめだな。


 午後からは気合いを入れて頑張ろう。



 ◇ ◇ ◇



 気合いを入れたつもりだったのに、なんだか頭がボーっとして、全然はかどらなかった。

 心なしか、寒気もするような気がする。


 自分が思っていた以上に体調が良くないのかも。

 明日が土曜日で良かった。

 早く仕事を終わらせて、帰ってゆっくり休もう。


 そしてなんとか今日の仕事を終わらせ、席を立つ。


 すると、視界が揺らいだ。


 あ、倒れる――


 と思ったけれど、先輩が抱きとめてくれた。

 

「大丈夫?」

「すみません、大丈夫です」

「熱あるでしょ。体、すごく熱いよ」


 やっぱり、熱あるんだ。

 そうじゃないかとは思っていたけど、気づかないふりをしていた。


「帰って、休みますね。お疲れ様でした」


 頭を下げて帰ろうとしたけれど、腕を掴まれた。


「送っていく」

「大丈夫ですよ。一人で帰れるので」

「そんな状態で放っておけるわけないよ」


 先輩は自分の荷物をまとめると、私の手を引いて歩き出す。


「ありがとうございます……」

「体調が悪いの気付けなくてごめん。つらかったら言ってくれたらよかったのに」

「明日休みですし、今日一日くらい頑張れるかなと」

「幸村さんは、ちょっと頑張りすぎだよ」


 心配してくれているような声に、胸がギュッとなる。

 これは後輩として心配してくれているのだろうか。


 それとも、彼女として?


 私はまだ、彼女なんだろうか……。

 

 先輩の優しさが、苦しい。


 でも、それ以上に嬉しくて、先輩の手の温もりに安心した。

 

「幸村さん、ごめんね」

「どうして謝るんですか?」

「この前、ひどいこと言ったから。あの後すごく後悔してたんだ。でも、どうやって僕の気持ちを伝えたらいいかわからなくて、何も言えなかった」


 先輩も、私と同じだったんだ。

 上手く伝えられない気持ち。

 どうすればいいかわからなくて、苦しかったのかもしれない。

 

 それがわかっただけでも良かった。

 

「私も、すみませんでした」

「幸村さんは、何も悪くないよ」


 お互いの気持ちを伝え合うことは難しい。

 でも、まだきっと私たちは想い合えている。握られた手の温もりから、そう感じた。


 体調が良くなったら、もう一度先輩とよく話そう。


 そのまま部屋の前まで送ってくれ、お礼を言う。


「一人で大丈夫?」

「はい。寝たら大丈夫だと思うので」

「じゃあ、お大事にね」

「送っていただいてありがとうございました」


 頭を下げるけれど、先輩はまだ帰ろうとしない。


 私が部屋に入るまで見送ってくれるのかな?

 だったら早くしないと。

 鞄から鍵を取り出し、ドアを開ける。


 中に入ろうとした瞬間、また視界がぐらついた。


「幸村さん!」


 先輩の焦る声が聞こえたけれど、頭が回らなくて上手く返事ができなかった。

 


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