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潔癖症の松永先輩  作者: 藤 ゆみ子


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第24話

 休み明け、いつもより早く会社へ行った。

 先輩はまだ来ていない。

 

 私はディスクの片付けを始める。

 

 配属された日に散らかさないようにしようと決意したので、整理はしている。

 けれど、もっと先輩のように洗練されたディスクにしようと思ったのだ。


 本立てに置いてあるファイルや資料などは必要なものだけ出しておいて、あとは引き出しに仕舞う。

 引き出しの中も整理できるように、小さなボックスも持ってきている。

 ペン立ては小さくてシンプルなものに替え、メモ帳などの小物も全部引き出しに入れた。


 物が少ないと掃除しやすくていい。

 小さなホウキでディスクを掃除して、パソコンの後ろの埃も取り、最後にアルコールティッシュで拭いた。


 うん。すっきりして良い感じだ。


 その時、後ろから先輩の声がした。


「幸村さん、何してるの?」

「おはようございます。ディスクの片付けをしてました」

「今までもそんなに散らかってなかったよね?」

「はい、でももっと綺麗にした方がいいと思いまして」

「そうなんだ……」


 先輩は私をちらりと見て、自分の席に座った。


 片付いたこのディスクを見てどう思っただろう。

 表情からは何もわからないけれど、先輩に寄り添うための第一歩だ。

 継続していかないとね。


 それからはいつも通り、仕事を始める。


 当たり障りのない会話、優しい先輩。


 私だけがドキドキして、モヤモヤして。


 まるで片思いをしているかのような状態に悲しくなるけれど、私はできることをすると決めた。

 それに、仕事中は仕事に集中しないと。


 だいぶ業務にも慣れてきて、一人でできることも多くなってきた。

 ミスすることもほとんどないけれど、終わらせるのに時間がかかることもある。


「幸村さん、まだかかりそう?」

「すみません、このデータを入力したら終わりなんですけど……」


 定時もとっくに過ぎ、人もほとんどいなくなってきたころ先輩に声をかけられた。

 

 私が残っていることで先輩が帰りにくいなら申し訳ないな。

 すると先輩はおもむろに引き出しを開け、小さな包みを私のディスクにそっと置いた。


「チョコレート、ですか?」

「うん。好きだったよね? ちょっとお腹すいたし一緒に食べよう」


 先輩も包みをひとつ開け、口に入れた。

 私がチョコレート好きなこと覚えてくれてたんだ。

 

「ありがとうございます。いただきます」


 くちどけの良い甘いチョコレートが残業中の体に沁みる。


「美味しいです。あと少し頑張れそうです」


 美味しくて頬を緩ませる私に、先輩はフッと笑う。


 あ……この表情、久しぶりだ。

 良かった。また私に笑ってくれて。


 このまま自然と、また以前のように戻っていけばいいのに。

 

 私は仕事を再開し、それから一時間ほどで終わった。


 パソコンの電源を落とし、荷物の片付けをする。

 そして鞄から液晶用のウェットティッシュを取り出す。

 先輩がいつも使っている同じものを探して買ってきた。

 私はそれでパソコンの画面を拭き、朝にも使った小さなホウキでキーボードを掃除した。


「幸村さん、何してるの?」


 朝も、同じことを聞かれた。

 わかっているのに、聞いている感じだ。


「掃除……です」

「僕、普通にして欲しいって言ったよね?」


 先輩からは、私が無理しているように見えるのだろうか。

 今までやっていなかったんだし、そう見えても仕方ない。


「これは、私にとっての普通にしたいんです。無理してやっているわけじゃないです」

「でも、ここまでしなくても気にならないよね? しなくていいことをわざわざしなくてもいいよ」


 先輩、なんか怒ってる?

 声を荒げているわけではないけれど、語尾に棘があるように思うのは気のせいだろうか。


「私が、したいと思ったからしてます。だって、綺麗な方がいいですよね?」

「でも、僕がここまで過剰に掃除してなかったら、幸村さんもしてないよね?」

「それは……」


 確かに先輩が潔癖症でなければ、ここまですることはなかったのかもしれない。

 でも、どうして先輩はこんなにも、私が先輩に合わせようとすることを嫌がるのだろう。


 私は余計なことをしたのかな。

 検討違いなことを。

 私が私のディスクを綺麗にしたって、意味ないのかも。


「幸村さんさ、無理してないっていうけど、本当は無理してるよね? 僕に気を遣って言えないことだってあるよね?」


 言えないこと?


 私は以前ちゃんと話し合おうと約束してから、自分の気持ちを伝えてきたつもりだ。


 先輩の嫌だと思うことはしなくない、だからできることはする。

 佐久間くんとお似合いだと言われた時もそんなつもりはないと、私は先輩のことが好きだと伝えた。

 

 なのにどうして……。


 あ……私、先輩に言えてないことあるじゃない。

 まだ言えないと、気持ちに蓋をしたこと。


 マンションので天体観測をしたとき、屋上でお弁当を食べているとき、私が思っていたこと。

 

『キスがしたいです』


 これ以上先輩を困らせたくない。

 嫌だと思うことはしたくない。


 だから、言えるわけない。そう思って言えなかった。


 先輩は、私が言えないでいる気持ちがあること、わかっていたんだ。


「無理させるために幸村さんと付き合ったわけじゃないよ」

「私、無理なんてしていません!」

「でも、我慢してるよね?」


 これは、我慢になるのだろうか。


 先輩ともっと触れあいたいという欲を、私は我慢しているのか……。


 していないとはっきり言えず、視線が下がる。


「そんな顔、見たくなかった」

「え……」


 冷たい言葉に体が固まる。


 先輩もハッとしたようにごめん、と呟くと席を立ちどこかへ行ってしまった。


 一人になったフロアで鞄を握りしめる。


 やってしまった。

 怒らせるつもりなんてなかったのに。

 仲直りするつもりだったのに。


 今までは曖昧な状況でどうにかしないと、と思っていた。

 だけど、これはもう完全に終わってしまうのかもしれない。


 溢れ出しそうになる涙を堪え、私は会社をあとにした。

 


 

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