第23話
翌日の朝早く、凌さんが咲子を迎えに来た。
「芽衣、ありがとね」
「ううん。久しぶりのお泊り楽しかったよ」
「またゆっくりご飯食べに行こう」
咲子は笑顔で私に手を振る。
昨日あれだけ泣いていたからか、目は少し腫れているけれど、すっきりした顔をしている。
きっと彼女の中で気持ちが決まったのかもしれない。
凌さんも玄関先で私に「ありがとう」と頭を下げて二人で帰っていった。
お互いに少し気まずそうな表情で向かい合っていたけれど、きっと二人なら大丈夫だろう。
私は咲子の帰った部屋で、ベッドに寝転ぶ。
「結婚か……」
先輩と付き合えたことは嬉しいけれど、その先のことは考えたことがなかった。
もし先輩と結婚したら、一緒に暮らすようになったら、どんな生活になるのだろう……。
いやいや。
今の関係ですら上手くいっていないのに、そんなこと考えても仕方ない。
まずは、私もちゃんと先輩と話し合わないと。
でも、話し合うって何を?
私は先輩に好きだと伝えた。
けれど、先輩は好きだけじゃだめなんだと言った。
だったら、どうすればいいの?
どうして先輩はあれから何も言ってくれないのだろう。
どうすれば、伝わるのだろう。
一緒にいられるだけで私は嬉しいのに。
私と佐久間くんを見て、なれない関係だと言っていた。
それは、先輩が潔癖症だから?
でも私は、同じような関係を求めてなんかいない。
たとえ私が酔ってしまったとしても、介抱なんてしなくていい。
ハンカチは自分のものを使うし、手だってこまめに洗う。
手料理を食べてもらえなくても落ち込まないし、掃除もたくさんする。
だめなことがあったら、ちゃんと言って欲しい。
できるだけ、先輩に合わせられるようにするから……。
あ、――違う。
きっと、そういうことじゃない。
先輩は、合わせてほしいなんて思っていない。
普通にしていてほしいと思っている。
でもその普通を、遠いものだと感じているのだとしたら?
私は、どうすればいい?
ああ……。答えが見つかりそうで、全く見つからない。
咲子には自分で頑張ってみる、なんて言ったけど、本当に大丈夫だろうか。
結局うじうじしているだけで時間が過ぎていく。
「そうだ。掃除しよう」
特別部屋が汚い、というわけではないけれど視界に入らない、普段掃除をしていない場所もある。
私は髪を纏め、気合を入れる。
シーツや枕カバー、ブランケットなど全部を洗濯機に入れた。
今日は天気がいいからよく乾くだろう。
手袋をはめ、まずはキッチンから。
乾かしていた食器を片付け、ラックを磨く。シンクもガスコンロも蛇口も排水口も磨いた。
冷蔵庫の中も整理して、隅々まで拭きあげる。
電子レンジの中が思っていた以上に油汚れがひどくてびっくりした。
それからお風呂、洗面所、トイレ。
シャンプーやハンドソープのボトルも洗った。
そんなに気にしていなかったけど、綺麗にすると、汚れていたんだということがわかる。
そして部屋の電気、テレビ、エアコンの埃を取って、掃除機をかける。
棚を動かして、後ろを見たら溜まった埃に目を瞑りそうになった。
こんなに汚れてたんだ。
見えないところにも気を配るって大事だな。
気がつけば、夕方になっていた。
洗濯物を取り込み、シーツをかける。
柔軟剤とおひさまの香りがする。
このまま眠ってしまいたい、なんて思いながらも体を起こす。
一通り掃除し終えた部屋を見回し、ふぅと息を吐いた。
疲れたな。
たくさん磨き過ぎて右腕がちょっと痛い。
だけど綺麗って、気持ちがいい。
先輩の部屋を思い出す。
整頓され、埃ひとつ見当たらない綺麗な部屋。
いつもこの状態を保っているんだな。
本当にすごいことだ。
でも、少しだけ気になることができた。
潔癖症は、不潔さに嫌悪感を抱くものだとネットで読んだ。
不安を和らげるために、繰り返し清潔行動を行うのだと。
それは、ただ綺麗にしておけばいいということではない。
不安を取り除き、安心できる場所にしなければいけないということ。
他人から自分の居場所を侵されないというのが、安心できるということなのではないだろうか。
だから先輩は今まで人を家によんだことはなかった。
だけど、私のことは自分から迎え入れてくれた。
先輩の家に行ったときのことを思い出す。
私が家に入ってすぐ、お風呂に案内された。
髪の毛一本でも、先輩は気にしていたし、私が買ってきたお酒とおつまみは洗っていた。
私は自分が汚い存在のようで苦しくなったけれど、先輩にとっては不安を取り除くためのものだったのかもしれない。
私と一緒にいるための、先輩なりの対処法だったんだ。
じゃあ、私はどうしたらいい?
安心してもらえるために、できること……。
好きだけじゃだめなら、行動で示さないといけないよね。
このまま何もせずに終わらせたくない。




