表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潔癖症の松永先輩  作者: 藤 ゆみ子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/34

第20話

 月が変わって少ししたころ、仕事中にスマホが鳴った。

 確認すると、佐久間くんからだった。


『企画を会議に上げてもらえることになった! 幸村のおかげ! ありがとう』


 可愛い絵文字がついていて、喜んでいるんだなとわかる。

 私も嬉しかった。

 あれだけ頑張っていたんだから、このまま上手くいくといいな。


 おめでとうと返事をしようとしたけれど、続けてメッセージがきた。


『お礼におごるから、飲みに行かない?』


 これって、二人でってことだよね?

 二人ではちょっと難しいな。


 でも、なんて断ろう。

 みんなで行かない? って提案する?

 でも企画のお礼なのに他の二人を誘うのって不自然だよね。

 おごるって言ってくれてるし……。


 どう返事をしようか悩んでいると、先輩が声をかけてきた。


「どうかした?」

「えっと……」


 ここで誤魔化すのも変だよね。

 二人で飲みに行くのは断るつもりだし、一応言っておこう。


「佐久間くんが企画を会議に上げてもらえることになったんですけど、お礼に飲みに行かないかって。なんて断ろうか悩んでるんですけど……」

「行ってくればいいんじゃない?」


 え……。行って、いいの?


「でも、佐久間くんと二人というのは……」

「二人とも頑張ってたし、それに行くなら断りに悩まなくてもいいでしょ?」


 先輩、私と佐久間くんが二人で飲みに行くことをなんとも思わないのだろうか。

 同期会で二人になってしまったときは妬ける、なんて言っていたのに。


「そう、ですけど……」


 先輩の考えていることがよくわからない。

 ただ純粋に、頑張ったから飲みにいけばいいということなのかな。

 だとしても、それがどこか突き放されているような気がして、寂しかった。


 私なら、先輩と他の女性が二人で飲みにいくのは嫌だな。


 でも、仕事の付き合いなら仕方ないと、私も先輩を見送るのだろうか。


 確かに行かないでとはっきりは言えないかもしれない。


 それでも、私は断るつもりだって伝えたのに……。


 とりあえず佐久間くんには、またみんなで飲みに行こうねと返事をしてやんわり断っておいた。

 

 そして私はその日の就業後、先輩に一緒に帰りませんかと声をかけた。

 先輩は頷いてくれ、久しぶりに一緒に帰ることに。


 別々に会社を出て、交差点を渡ったところから、並んで歩く。

 なんだか少し緊張する。


 しばらく沈黙が続いたけれど、私は意を決して口を開いた。


「先輩、佐久間くんにはお断りしました」

「そうなんだね。せっかくだから行ったらよかったのに」


 まただ。


 どうして、行かないと決めたのにそれを否定するようなことを言うのだろう。

 なんだか冷たく感じるのは気のせいだろうか。


「私と佐久間くんが二人で飲みに行くの、嫌じゃないんですか?」

「それは……仕方ないことだし」

「仕方ないって、どういう意味ですか?」

「二人、仲良いから」


 仲が良かったら、先輩という彼氏がいても男の人と二人で飲んでもいいということ?

 嫌じゃないってこと?


 それって……


「私のこと、そんなに好きじゃないんですか」


 思わず口に出してしまった言葉にハッとする。

 こんなこと、言うつもりじゃなかった。


 先輩は困ったような顔で私を見る。


「すみません、今のは聞かなかったことにしてください」

「ごめん……違うんだ」

「違うって、なにがですか?」


 先輩は言いにくそうに、口をギュッとつぐんだ。


 この話はもうしない方がいいだろうか。

 無理に言わなくてもいい、そう伝えようとした。


 けれど、先輩はゆっくりと話し始める。


「幸村さんが佐久間くんを介抱しているとき、佐久間くんが幸村になんの躊躇もなくハンカチを差し出したとき、僕はすごく惨めに感じたんだ。僕には到底できない、なれない関係だと思った。僕なんかより、佐久間くんのほうがよっぽど幸村さんのために行動できる」


 惨めだなんて、そんなことを考えてたんだ。

 佐久間くんを介抱したのは私の勝手だし、ハンカチだって自分で持っていればよかっただけのこと。


 私にとっては些細な出来事が、先輩を少しずつ追い込んでいたのかもしれない。


 先輩は自分のできないことに負い目を感じたのかもしれないけど、それ以上のことを私にくれているのに。


「私、先輩に介抱してほしいとも思ってませんし、ハンカチを貸してもらえなくてもひどいなんて思いません。あの日、傘を持って迎えに来ようとしてくれたこと、本当に嬉しかったです」

「わかってる。でも、幸村さんには、佐久間くんみたいな人がお似合いだと思う」


 お似合い……?


 どうしてそんなこと言うの。

 私は先輩の彼女なのに。私は先輩のことが好きなのに。


 いや、私も先輩と日高さんがお似合いだと思ったことがあるじゃない。

 日高さんと自分の違いに劣等感を抱いて、不安になった。


 でも、私たちは片思いをしてるわけじゃない。ちゃんと付き合っているのに。


「私、先輩のことが好きです」

「僕も、幸村さんのこと好きだよ。でも、それだけじゃだめなんだって思うときもある」


 好きだけじゃだめ?

 じゃあ、どうしたらいいの?


 余計にわからなくなる。

 

 何を言えば正解なのか。

 

 『好き』以上の気持ちをどうやって伝えたらいいのか。


 気持ちを伝え合おうと約束したけれど、気持ちをぶつけても、それが良い方に向かうとは限らないのだと感じた。


 私は返す言葉が見つからず、何も言えなくなった。


 先輩も、それ以上は何も言わなかった。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ