第18話
「幸村、お願いがあるんだけど今少しいい?」
飲み会騒動から数日後、佐久間くんが真剣な表情で経理部まで会いに来た。
「改まってどうしたの?」
定時になってすぐ、そろそろ帰ろうと思っていた時だった。
「新人研修の時に幸村が企画したマッサージ機あるだろ? あれをブラッシュアップして企画に出したいと思うんだけど、いいかな?」
「新人研修の時のって、湯船で使えるやつ?」
「そうそう。 今、リラクゼーショングッズの企画やってて、幸村の考えたやつけっこういいと思うんだ。幸村の案なのに俺が企画に出しちゃうことになるんだけど……」
「研修のために考えただけのものだったし、佐久間くんに使ってもらえるなら嬉しいよ」
「本当か?!」
「うん。企画、頑張ってね」
あれは新人研修の時に考えた、練習のようなものだった。
私の企画を佐久間くんが覚えていて、本当に企画に出したいと思ってくれるなんて嬉しい。
「それで、もうひとつお願いがあるんだけど、イメージとか、効能とか幸村がイメージしてるものを詳しく教えてもらいたいんだ」
「うんいいよ。私でよければ」
「ありがとう! 明日の昼休みとか時間ある?」
昼休みはいつも先輩とお弁当を食べている。
違う時間にしてもらおうかどうしようかと思っていたら、まだ仕事をしていた先輩がこちらに顔を向けた。
「企画、いいね。頑張って」
「あ、はい……ありがとうございます」
きっと、明日の昼休みは別でいいよという意味で言ってくれたのだろう。
先輩は本当に察しがいいな。
私がどうしようか迷っているのもちゃんとわかってくれる。
そんな先輩に感謝しながら、佐久間くんとお昼休みに話す約束をした。
佐久間くんは企画開発部へ戻っていき、私は帰り支度をする。
「幸村さん、ちょっと嬉しそうだね」
「え、わかりますか?」
「うん。ワクワクしてる感じがする」
「もし、自分の考えた商品が形になったらと思うとドキドキしますね」
企画が通るのかはわからないけれど、考えるだけでも楽しい。
それに、佐久間くんには頑張ってもらいたい。
少しでも力になれたらいいな。
◇ ◇ ◇
昼休み、空き会議室で集まり、サッとご飯を食べてから話を始めた。
「ここにね、吸盤を付けて湯船につかりながら使えるようにしたらいいと思うんだよね。形にもこだわって、腰から肩、湯船の底にはれば太ももからふくらはぎにも使える。もちろん、お風呂以外でも使えるし」
私は研修の時に書いたノートを引っ張り出してきて、それを見ながら説明している。
「なるほど。いつでもどこでもどこにでも使えるっていうのが売りなんだ」
「形の精査は必要になってくると思うんだけど、あまり大きすぎないほうがいいかなって思ってる」
「たしかに……」
佐久間くんは私の話を聞きながら、一生懸命メモを取る。
メモ帳にはすでにたくさんの書き込みがされていて、頑張っているんだなということがうかがえる。
「それでね、ここには書いてないんだけど、吸盤は取り外しできるようにしてベッドで寝転びながらとかでもフラットに使えるようにしたらいいと思うんだけど」
「いいかも。本当にいつでもどこでもって感じで使いやすそう」
「あとは、肌触りの良いカバーとかも作ったり」
昨日家に帰ってノートを見直しながらいろいろと考えていた。
考えれば考えるほどこうしたい、これがあればいいかも、なんてアイデアが浮かんでくる。
そんな私を見て、佐久間くんはクスリと笑う。
「幸村、なんか楽しそうだな」
「そうかな?」
「うん。生き生きしてる」
「確かにそうかも。ちょっと無責任なこと言っちゃうと、企画出すのは佐久間くんだから、私は自分の意見を言うだけ言える状況が楽しいのかもしれない。自分の企画で責任が生じちゃうと、もっと張り詰めてるかもしれない。ごめんね」
「謝る必要ないよ。すっごい助かってるから」
「なら良かった」
こんなふうに商品について語るのも研修ぶりで、すごく懐かしくて、実際に楽しい。
すると会議室の窓から、先輩が歩いているのが見えた。
少し離れていたけれど、窓越しに目が合ったのでにこりと笑い頭を下げた。
けれど、先輩なにも反応することなく通り過ぎていく。
目が合ったと思ったけど、気づいてなかったのかな。
「これ、まとめてみるからまた明日見てもらっていい?」
「うん。わかった」
そしてそれから数日間、佐久間くんと企画の話をするために昼休みを過ごすことになった。
先輩は「良い企画になるといいね」と言ってくれた。
昼休みに一緒にお弁当を食べない日が続いて、仕事中も必要最低限の会話しかしていない。
月末ということもあり、忙しくてお互いに残業をしたりとプライベートでも会えていなかった。
私は寂しいなと思っているけど、先輩はそんなそぶりは全然ない。
もうすぐ佐久間くんの企画書も完成するし、月が変わったら、私からデートに誘ってみようかな。
次は私の行きたいところに行こうと約束したし、どこがいいか考えておこう。