第14話
「先輩すみません。仕事終わりで疲れてるのに」
「いや、いいんだけど。あと二人いるって言ってなかった?」
迎えに行こうかと連絡があったので、状況を説明して来てもらうことにした。
「二人は残業で来られなくなってしまって」
「そう、なんだ。それで、この佐久間くんってやつはなんでこんなに酔ってるの?」
「仕事が大変みたいです。彼、社員寮に住んでるんでここから近いんですけど、ちょっと一人で帰れそうにないので……」
私一人で寮まで送ってもよかったのだけど、さすがに支えきれないと思い、ちょうど連絡のきた先輩にお願いしてしまった。
送っていった後は、先輩と一緒に帰れるのではないかという邪な考えもあったから。
「あれ~松永さんだー! はじめまして。佐久間っす! なんでここに~?」
「ああ、えっと、仕事終わりにたまたま会って、一緒に送ってもらうことになったから」
「そうなんっすか? ありがとうございまーす」
フラフラして呂律の回っていない佐久間くんを支えながら、先輩に顔を向ける。
「佐久間くん、酔いすぎだよ。先輩すみません」
「いいよ。とりあえず、早く行こう」
先輩が佐久間くんの肩を支えてくれようとしたけれど、ふと思った。
他人を支えるなんて、先輩からすると嫌なのではないかと。
「あの、佐久間くんは私が支えるので、先輩は荷物を持ってもらってもいいですか?」
けれど先輩は佐久間くんの腕を掴んで、私から引き剝がすように自分の方へと寄せた。
「どう考えても僕が支えた方がいいでしょ」
先輩は何も気にしていないようにそのまま歩いていく。
すごく申し訳ないなと思いながらも、私は荷物を持って寮までの道のりを歩いた。
寮には十分ほどでついた。
会社のすぐそばだし便利な場所だ。
「佐久間くん! 部屋ついたよ。鍵は? もう一人で大丈夫だよね?」
先輩に支えられながら半分寝かかっている佐久間くんは、うんうん頷いているだけで鍵を出そうとしない。
「大丈夫? 鍵、開けるよ?」
私は仕方なく預かっていたカバンに手を入れ鍵を探す。
けれどその時、佐久間くんがウッとえずいた。
え、もう少し待って!
と思いながらも、そんな願いは届かない。
先輩は支えていた腕を離し、パッとその場から離れる。
すると、体勢を崩した佐久間くんは倒れていく。
「危ない!」
このままでは倒れて頭を打つと思った私は、咄嗟に体が動いていた。
佐久間くんをなんとか抱きとめた瞬間――
「うぅ……うぇぇ%&$#$%&*+’&○¥」
盛大に嘔吐した。
「えぇ。大丈夫? とりあえず、中入らせてもらうよ?」
私は鍵を開け、佐久間くんを玄関奥の廊下に寝かせた。
幸い二人とも吐物を被ったわけでない。
私はトイレットペーパーを拝借して、汚れた寮の通路を片付けることにした。
何度もトイレットペーパーで拭いて、ビニール袋に入れていく。
先輩は少し離れたところで呆然と見ていた。
「こんなことになってすみません。私は片付けてから帰るので、先に帰ってください。ここまで支えてくれてありがとうございました」
「……どうして、ここまでできるの?」
先輩の呟きに顔を上げる。
まあ、他人の吐物の片付けなんて誰も好き好んでしないよね。
特に先輩からすれば、理解できないことなのかもしれない。
私も、できればこんな状況は避けたいと思っている。
でも……
「このまま、放って帰るなんてことはできないんですよね」
実は、私も一度飲み会の席で吐いたことがある。
二十歳になってすぐ、初めてのお酒だった。
自分がどれだけ飲めるのかもわからず、勧められるがままに飲んでしまい、気分が悪くなった。
気持ち悪くて、でも誰にも言えなくて、だんだん怖くなってきて、トイレに駆け込んだ。
その時、来てくれたのが咲子だった。
優しく背中を擦ってくれて、大丈夫だと言ってくれた。
その時、すごく安心したのを覚えている。
咲子がいてくれて本当に良かったと。
それから私は自分の飲める量を把握し、同じ失態は犯さないようにしている。
そして、誰かが以前の私と同じ状況になれば、見て見ぬふりはしないと決めた。
大学時代、何度か介抱したこともある。
「幸村さんは、すごいね」
「すごくなんてありませんよ。私はたぶん、良い人でありたいんだと思います。困っている人を見捨てた自分じゃなくて、助けた自分でありたい。それって、人のためじゃなくて、自分のためなんですよね」
「それでも、行動できる幸村さんはすごいよ。僕には、できない……」
先輩は俯いて、佇んでいた。
今の状況をどう思っているのだろう。
他人の吐物に触れる私のことも、汚いと思っているのだろうか。
それでも、帰ることはしない先輩に私ももう何も言わなかった。
◇ ◇ ◇
「大っ変、申し訳ありませんでした!」
玄関で土下座をする佐久間くん。
ちょうど片付けが終わって、手を洗っているところで目を覚ました。
吐いて意識がはっきりしたのか、状況を理解し震えている。
「次からは飲み過ぎないでね」
「わかりました!」
そして佐久間くんは玄関前で立っている先輩にも頭を下げる。
「運んでもらったこと、なんとなく覚えてます。本当にすみませんでした!」
「僕は大したことしてないから。謝罪とお礼は幸村さんに」
「はい! 二人には後日改めて謝罪に行きます!」
「そんな謝罪なんてもういいよ。とにかく、今後は気を付けてね」
夜中に大声で謝る佐久間くんを宥め、私と先輩は帰ることにした。