第12話
「幸村さん」
屋上で先輩とお昼休みを過ごし、私はいつものように空のお弁当を二つ抱えて給湯室へ向かっていた。
すると、日高さんに呼び止められた。
「は、い……」
日高さんは私の抱えたお弁当をじっと見ている。
思わず俯き目を泳がせた。
以前あれだけ言われ、わかりましたと返事をしたのに、性懲りもなくお弁当を渡したように見られているのだろうか。
「もしかして、そのお弁当って……」
「日高」
屋上から下りてきた先輩が私の横に並び、日高さんの言葉を遮った。
「松永くん」
「先輩……」
「そのお弁当は僕が作ったものだから。僕が、幸村さんに食べて貰ってる」
状況を察しているような先輩の言葉に、日高さんはため息を吐く。
「最近のあなたたちを見てて私が勘違いしてたって気付いたの。それをちゃんと確認しようと思ったただけ。いじめてなんていないわよ」
「そう? ならいいけど」
日高さんは私の方へ顔を向けると、眉尻を下げて謝罪する。
「ひどいこと言ってごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です……」
日高さんをずっと気の強い人だと思っていた。
でもそれは先輩のことを思ってのこと。
素直に謝ってくれたことに少し驚いたが、本当は凄くいい人なのだろうと感じた。
日高さんはきっと、先輩が好きだ。
私のことが気に入らなくてもおかしくない。
それでも、こうして謝ってくれる。
先輩との関係を黙って、その場をやり過ごしていた私も悪いのに。
そして日高さんは踵を返すと「あなたたち、隠すならもっと上手くやりなさいよ」と言い、私たちに背を向けて手を振り、その場から去って行った。
「えっと……付き合ってること、バレてるってことですかね」
「そうだね。だけど、日高は周りに言いふらすようなヤツじゃないよ」
先輩は日高さんの背中をじっと見ながらそう言いきった。
それは日高さんのことを信頼している証だ。
二人は、お互いのことをよく理解してるんだな。
嫉妬ような感情が湧いてきたが必死に抑え、日高さんの背中を見ている先輩の顔を見上げた。
すると先輩は私の心の声が聴こえていたかのように――
「僕、幸村さんが好きだよ」
急に耳元で囁いてきた。
私は突然の『好き』という言葉に顔がほてってくるのを感じ、抱えているお弁当で顔を隠す。
「先輩、今それを言うのは反則です……」
「ごめんね。ちょっと言いたくなって」
顔を隠しながらも耳まで赤くなっている私を見て、先輩はフッと笑う。
そして経理部のあるフロアへ戻って行った。
私はお弁当を洗うために給湯室へと向かった。
◇ ◇ ◇
「で、今度は惚気話ってわけ~?」
話を聞いて貰った咲子に仲直りした報告をしようと、その日の夜電話をかけた。
すると電話の向こうでニヤニヤと笑っているのがわかる。
「別に惚気って訳では……」
「けど、とりあえず良かったね。大学の頃からさ、黙って避けたりしてたし。あの頃から先輩も芽衣のこと好きだったってことは先輩は相当、芽衣に振り回されてるよね」
「それは言わないで……本当に私最低だから……」
「これからはちゃんと思ってること話し合おうって決めたんでょ? 進歩してるじゃん」
「そうなんだけど、思ってることを全部言うのは難しいよ……」
「まぁ確かに、全部はね。私だって、凌に言えないことだってあるよ」
「そうなの?」
「そりゃそうだよ」
咲子と凌さんは何でも言い合える仲だと思っていた。
でも、そうだよね。いくら仲がいいからって全てをさらけ出せるわけじゃない。
その中で、しかっかり関係を築いていくことが大切なんだ。
「咲子、話聞いてくれてありがとう」
「いいよ。話聞くくらい。じゃあね、またご飯行こう」
「うん。また、連絡する。凌さんにもお礼言っておいて」
「わかったー」
電話を切った後ふと、昼休みに先輩が月の話をしていたのを思い出した。
『ずっと同じ面を向けて、裏側は見えない』
先輩はきっと私の心の内側を知りたいと思ってるんだ。
家を飛び出したりなんかせずに、ちゃんと思ってることを伝えないといけなかったよね。
自分が先輩にとって不快な存在かも、なんて勝手にうじうじ考えて。
反省しないとな。
でも、心の中にあるのはそれだけじゃない。
本当は先輩と手を繋ぐ以上のことがしたいですって、言ってもいいのかな。
けれど、付き合いはじめてからも先輩からそれ以上のことを求められたことは一度もない。
先輩はそんなことをしたいと思っていないかもしれない。
もし嫌がられたら、拒否されたらと思うとやっぱり自分からは言えないと、もどかしい気持ちを抱えその日は眠った。