第10話
「で、先輩の連絡ずっと無視してるの?」
次の日、私の部屋に咲子が来ていた。
というか、来てもらった。
このどうしようもない罪悪感を、誰かに聞いてもらいたかったのだ。
「一応、メッセージで急に帰ったこと謝った……」
「でも、電話は一回もでてないんでしょ?」
「うん……」
昨日、先輩の部屋を飛び出してから何度も電話がかってきたけれど、出ることはできていない。
「なんであんなことしたんだろう……」
「芽衣はさ、思ってることもっと言ってもいいんじゃない? ちゃんと先輩と話した方がいいよ。なんで急に帰ったか絶対気にしてると思うけど」
「そうなんだけど、先輩の部屋に居たらなんか自分が不潔? な気がしてきていたたまれなくなって……」
「だから、それを先輩に言ったらいいんだよ」
「ええ……そんな簡単に……」
言えていたら、こんなことにはなっていない。
先輩はいろいろと私のために準備をしてくれて、気遣ってくれたのに、理由も言わずに飛び出すなんて。
私、最低だ。
でも、なんて言えばいいかわからなかった。
私が先輩の部屋を汚しているみたいでいたたまれないです、なんて言っても先輩はそんなことないと言うのだろう。
そして私はその言葉の裏に隠れた本心に怯えてしまうんだ。
「とにかくさ、ちゃんと話しなよ」
「そうだよね……ああもう本当、自分が嫌になる」
抱えていたクッションに顔をうずめ、項垂れる。
するとそこでインターホンが鳴った。
「あ、来た来たー」
私ではなく、咲子が玄関を開ける。
「お邪魔しまーす。芽衣ちゃん久しぶり!」
「凌さんお久しぶりです。わざわざ来ていただいてすみません」
咲子に連絡をしたときに、先輩のことなら凌さんの方がよく知っているからとよんでくれたのだ。
凌さんは咲子の隣に座ると、頭を下げてきた。
「松永と同じ会社ってこと黙っててごめんな。あいつに言うなって言われてたんだよ」
「いえ、びっくりしましたが大丈夫ですので」
「私には言っといてくれてもよかったんじゃない?」
「咲子に言ったら絶対に芽衣ちゃんに言うだろ」
「まあ、可能性はあったかも」
「ほらあー。でもまあ付き合いはじめたって聞いてホッとしてたんだ」
凌さんはおちゃらけているように見えるけど、ちゃんと先輩との約束を守る、誠実な人だ。
「付き合いはじめましたけど、なかなか難しいですね……」
「だいたいの話は聞いたけど、芽衣ちゃん松永の家行ったんだろ?」
「はい。昨日行ったんですけど……途中で帰ってしまって……私が悪いんですけど」
「いや、家に入れてもらえるだけでもすごいよ。俺なんか高校からずっと一緒なのに一回も入れてもらったことないし」
「え? そうなんですか?」
凌さんでも一度も家に入ったことがないんだ。
実家で暮らしていた時も、大学に入って一人暮らしを始めてからも、先輩の家の中に入ったことはないそうだ。
無理に入ろうとして怒られたこともある、なんて笑っている。
「たぶん、今までだれも入れたことなかったんじゃない?」
「それだけ芽衣が特別ってことなんだよ。自信持ちな」
家によんでもらったこと、私が特別なんだということ、すごく嬉しい。
でも、私には覚悟が足りなかったのかもしれない。
付き合ってからが肝心なんだということが、わかっていなかった。
「凌さん、松永先輩と長く付き合っていく秘訣ってなんですか?」
「秘訣?! なんだろ? あんまり気にしたことないな」
「凌は、先輩が潔癖症だって意識してはないの?」
「まあ、あいつは嫌だったら嫌ってはっきり言うし、付き合ってくうちにわかってくるから」
私が先輩の潔癖症を知ったのも、凌さんが言っていたからだった。
凌さんは、何を言われても私みたいにうじうじせずに、真っ直ぐに先輩と向き合ってきたんだな。
それにきっと、無意識にやっている。
すごいことだ。
だから先輩も、凌さんには気兼ねなくなんでも言えるし、ずっと仲が良いんだろうな。
「私、先輩に嫌われるのが怖いんですよね」
「そうそう芽衣ちゃんのことを嫌いになんてならないよ。だって三年以上ずっと好きだったんだぜ。それにあいつだって自分が普通とは少し違うってわかって付き合ってるんだから。それが理由で嫌いになるんだったら初めから付き合うなって俺がガツンと言ってやる」
「凌さん……」
「凌、たまには良いこと言うじゃない」
「たまにってなんだよ! 俺はいつも良いこと言ってるだろ?!」
「そうでもないわよ」
「ええー」
二人のやり取りに自然と笑顔になる。
お互い信頼し合っているんだと見ていて感じた。
なんでも言い合える咲子と凌さんが羨ましいなんて思った。
私も、頭の中で考えてばかりじゃなくて、自分の気持ちをちゃんと伝えないとな。