56. 若い夫婦
お昼ご飯はひと手間かかるが、圧力鍋でアルセアバードのもも肉をトマト缶と煮込み、ほろほろになったお肉でパスタにする予定だ。
「お手伝いします。」
いつもの流れでアルフォンス君が手伝ってくれ、こうやってキッチンに並ぶのはなんだか久々に感じて楽しい。
「それじゃ野菜をこのサイズに切ってくれる?」
きゅうりにアボカド、マッシュポルーム、トマト、赤かぶ、レタス、ゆで卵、全てを小さめに切ってカッテージチーズと混ぜ合わせる。野菜がたっぷり摂れるチョップドサラダだ。
『彩り豊かじゃなあ。』
「鳥肉がここまで柔らかいのは初めてです!」
「美味しいね!」
一人で好きなものを食べる時間も心躍るが、誰かと賑やかに食事を囲うのもやはり素敵な時間だなと再認識した。
「まゆ様、午後の辺境伯家との茶話会ですが、この泉へ来る際に通った庭園で行われるそうです。」
午後の服装など確認をとる。外の席は魔導具で温められ、室内と変わらない格好で良いようだ。林を通るときの移動にコートは要りそうだが、皇太子とお会いしたときのワンピースを着て、色の合うストールを用意しておこう。
「冬用にドレスというかワンピースかな、買っておいたほうがいいかな?」
「そうですね。まゆ様のお身体の問題もありますので、こちらでお作りする物よりご自身で用意されたほうが安心です。」
普段はこちらの服装とか気にせず楽なパーカーやパンツを履いているが、さすがに公式の場や目上の人と会うときにフォーマルではない格好をする勇気はない。今夜にでも携帯電話で何着か買っておこう。
「それでは、そろそろ向かいましょう。」
アルフォンス君が先導してくれ庭園に向かうと、美しく秋の花が咲き誇る中に昨夜は気づかなかった大きなガゼボがあった。そちらにはソファが置かれ、辺境伯家は揃って待ってくれているようだ。
「お待たせして申し訳ございません。」
「いえいえ!時間ちょうどですよ。まゆ様こちら息子夫婦をご紹介させてください。」
辺境伯の嫡男であるアルバートさんは、今は辺境領内にある代々嫡男が運営するための伯爵を継いでいおり、辺境騎士団の団長にも就いているそうだ。辺境伯に似た髪色で逞しく身長も高いが、婦人に似て紺色の優しげな目元が親しみやすがある。アルバートさんの奥さんであるユリアナさんは、桜のような優しいピンクの髪で、夕焼けの空の紫と赤が複雑に混ざった印象的な目をしていた。不思議で美しい目についつい顔を見つめてしまうが、少し顔色の悪さと隠しきれない目元の隈が気になった。
「立花茉優と申します。しばらくの間泉の近くに滞在させていただきます。宜しくお願いします。」
泉の傍らで清らかな空気が美味しいと述べると、こちらでの聖水について話を教えてくれた。湧き上がる聖水の泉は城に隣接する教会へ通され、領民等しく誰もが利用できるようになっているそうだ。この領地では古くから毎日聖水を飲むのが風習であり、領主家族は欠かさず飲用しているとのこと。源泉であるので保護のため警備しているが、城内の者は誰でも休憩などで安らぎに訪れたりと聖水はかなり身近な物らしい。
「ユリアナは皇都から嫁いできたので最初はかなり戸惑っていましたが、今では毎朝泉へ通うほどです。」
「あの泉はとても美しいですもんね。しばらくは私の家が景観を邪魔してしまうので申し訳ないですが、いつでも気兼ねなく家にもお越しください。」
「はい。ありがとうございます。」
視線が合わず力のない言葉と素っ気ない対応に、なんだか少し嫌われているのかと感じる。会ったことのない人なので、変な噂でもあるのだろうかと気になった。
「畔には何箇所か小さめのガゼボがあります。過去の領主が思い思いに建てたので場所によって様式が違って面白いですよ。」
「それは楽しそうですね。滞在中の息抜きに一周を目指してみます。」
「よかったら私達夫婦でお見送りさせていただきたく、不躾ではありますがついでに近くのガゼボをご案内させてください。」




