49. 食べながら食べ物の話
案内で通された部屋は、広めの室内に長テーブルが置かれ、食事がセッティングされていた。もう他の人は席へ通され待っていたようだ。
ドア手前に立っていた初老の夫婦が辺境伯夫妻で、簡単な挨拶を交わし、席へ案内される。
「この度はまゆ様のご助力を賜りまして、無事皆が森を抜けられましたことここに感謝申し上げます。ささやかながら食事をご用意しておりますので、英気を養っていただければ幸いです。乾杯。」
俗にいうお誕生日席に辺境伯が座り、向かって右の角に婦人、そして案内されたのは向かって左だ。上座はどこかだったかとぱっと思い出せず少し動揺する。綺麗な白髪なので元からかお年からかはわからないが、厳格な雰囲気の辺境伯に気が引き締まる。
「まゆ様、直接の挨拶が遅くなり申し訳ございません。ロバートとアリスの母、ダリアと申します。この度は本当に……心より感謝申し上げます。」
右隣はアリスちゃんに似た美しい金髪女性で、その隣にコンラッドさんがいたので二人の母親だろうとは検討がついていた。涙ぐみながらも丁寧な挨拶をくれ、我が子を思う母の姿に感情移入して涙が移りそうだ。
「私自身、どうしようもない状況の中でロバート君とアリスちゃんの笑顔には本当に救われました。旅の途中ロバート君が教えてくれたのですが、領都では色鮮やかな美しい港があるとか。」
「はい。わが国でもなかなかない景観だと自負しております。まゆ様におかれましてはぜひお礼をしたく、セントローレンス領へお越しいただけると幸いです。」
「ありがとうございます。いろいろと落ち着きましたら観光に伺いたいと思います。」
向かいの辺境伯婦人や騎士団長らにもひっきりなしに話掛けられるが、食いしん坊の血が騒ぐほど目の前の食事が美味しくて気がそぞろになってしまう。
「ぅわ。これ美味しい……。」
「……!ありがとうございます!末裔様に伝え聞いたわが領の郷土料理でございます。お口に合われたようで喜ばしく思います。」
熱々のメインが届き、見た目ビーフかわからないが茶色のシチューに口をつけると、滋味溢れる美味しさから無意識に独り言が漏れていた。肉は繊維がほろほろと崩れシチューと絡み、芋もインカのめざめに近く、黄みの濃い栗のような甘みがほくほくと何個でも食べられそうだ。
挨拶以降無口であった辺境伯から話を聞くと、皇都の貴族にはごった煮のような煮込み料理は庶民のものという価値観があり、芋類も土にまみれた姿から受けがよくないらしい。
「この美味しさを味わえないなんて、貴族の方はなんて勿体ないんでしょう!厚かましいお願いとなりますが、この料理のレシピを教えていただくことはできますか?似た料理はわかるんですが、この旨味の元が知りたいです!」
辺境伯は顔ほころばせ快くいろいろと教えてくれた。この煮込みはこの地方で採れるハーブ何種かと、肉は魔物を使っているそうだ。この季節の森の実りを蓄えた肉は風味がよく、脂は甘みがありしつこくないそうだ。
食べられる物が少なかったこの北部で、過去の末裔により齎された料理方法や生活の知恵など多くの恩恵に感謝し、この地域の者は代々語り継いでいるそうだ。料理談義で盛り上がり、領城ではお互いのレシピの交換会ならぬ料理教室を開こうと決まった。市場も護衛付きならば自由に出歩いてもよいらしく、滞在期間中は楽しく過ごせそうだと期待が湧く。
「ダリア様、明日の移動中なのですが、途中のおやつの時間ご一緒できないでしょうか?ロバート君とアリスちゃんが採ったクリスタベリーなどのケーキがありまして……。」
「ありがとうございます!ぜひお願いします!もしよければ移動の際、私も同乗してもいいでしょうか?」
ダリアさんとは一個違いで歳も近く、食べ物の話でも盛り上がり仲が良くなっていたので共食をお声がけしたのだが、思いかけず明日は移動も楽しくなりそうだ。
『家ではなかったのじゃなぁ。』
「アルナイル様!今日は砦で泊まらせてもらってるんです。」
部屋に戻り明日の服など用意してると、家にいると思ったようで本を読みに星鯨が現れた。ちょうどいいと子供達のトラウマについてお聞きする。
『そうなぁ。精神が弱っておるなら聖なる気がええんじゃが。……そうじゃ、お主白龍の鱗を持っておるんじゃろう?白龍の物なら一等霊力があろうから身につければよいよ。』
「そうだ!持ってました!……でも大きくないですか?」
『加工すればよいよ。米粒ほどの欠片でも効力は十分じゃよ。』




