32. 読書好きに悪い人はいない
結局昨夜は三時間以上も、異世界へ来てからのお互いの身上など語り合った。
魔物との遭遇話には肝を冷やし、子供達との出会いにお互い癒されたと共感した。また、異世界事情のすり合わせも行い、疑問点や不明点を話し合った。そして、あちらの子供達が多いことからも、身軽なこちらがリュクスの街へ向かい合流しようとなった。
有意義な話し合いと、同士をみつけた興奮に通話のあともなかなか寝付けなかった。
「まゆたーん、あちゃよー。おきちぇーくちゃーい。」
「アリス、しー。ねかせてあげよう?」
可愛い囁き声にふと目が覚める。
「ふぁっ。おはよう。寝坊しちゃった。」
「まだねててもだいじょうぶですよ。」
「んー。朝ごはん用意しなきゃね。」
「ぜんぜんなくてもだいじょうぶです!」
ぐぅ〜
お腹の合唱が聞こえてきた。ふんと気合いを入れた言葉をくれた優しいロバート君は頬を赤らめていた。
「ふふっ、二人のお腹の虫は我慢できないみたいだよ。私もお腹減ったし、今日はホットケーキにしようか!」
お腹が盛大に不満を唱えているアリスちゃんを抱き上げ、ロバート君と手をつなぎキッチンへ向かう。今日は救助隊での話し合いがいつ終わるかわからないので、自宅で待機するように言われている。
「おはようございます。」
「あ、アルフォンス君おはよう。」
「今日は簡単にホットケーキ作ろうと思うからお手伝いはないや。」
「そうなんですね。あの、簡単であれば、私が作ることは難しいですか?」
いつもお手伝いをしていて器用さはわかっているので、ここはやる気のある若者に任せてみよう。
「ほんと?んじゃお願いしようかな!」
材料を説明しながら並べ、あとはカウンター越しに手順を伝える。今回は本当に簡単なミックスを使うので、失敗の危険性も少ない。
「上手だね!綺麗に焼けてるよー!」
子供達はホットミルクを飲みながら待ち、自分とアルフォンス君にはミルクティーを作り、出来上がりに拍手喝采を贈る。
「混ぜて焼くだけなので本当に簡単でした。」
照れた表情ではにかみながらアルフォンス君は謙遜するが、調理器具は初めて使ったらしく、手伝いの時に見ていただけで扱える器用さに驚いた。
皆で美味しい美味しいとアルフォンス君をベタ褒めし、食後はアニメを観たり、おもちゃで遊んだりとリビンクで寛ぐ。
ふと、空気の揺れを感じ目が覚めた。ソファでうたた寝してしまったようだ。
『お邪魔するの。昨日ぶりじゃな。幼子たちは少し大きゅうなったか?』
「アルナイル様!こんにちは。一日じゃまだまだ大きくなりませんよ。」
『そうかそうか。そうだ、手土産は中には入らんくての。外に置いておるから、あとで取りに行くんじゃぞ。』
「ありがとうございます。お酒の時間には早いですが、何かありましたか?」
『おぅ。わしは本が好きでな。お主の持っておる本を見せてもらえんかとな、本の匂い釣られて来てしもうた。』
「本の匂い……?あ、うちにあるのって、私の世界の日本語で書かれたものばかりなんですが、読めます?」
『この神器の中じゃと読めるよい。大丈夫じゃよ。』
実は携帯電話は神器であり、それで使える自宅もまた神器と化しているそうだ。生き物は魂の時、神界にて神より力を授けられ、世界へと生まれ落ちる。神は世界に降り立ったあとの生きるものへは干渉できないが、神気に耐えうる器があれば無機物を神器へと換える御業は稀に行われるそうだ。神界に行った記憶もなく、神に会ってすらいないが、世界に降りた後に神が神器にしてくれたのだろう。とても嬉しいが、自身に力は授けられてないので、魔法チートの夢は潰れたのではないかとうっすらと感じた。
実際にリビングに置いてあった雑誌も読めるらしく、それはアルフォンス君やロバート君も同じであった。山田さんと、アプリに関することはあまり確認していなかったので、神器の説明も含め文字のことも、メッセージを送っておく。
「ぼくはまだわからないことばがあります。」
しょぼんという効果音が聞こえてきそうなほど、落ち込んでいるロバート君に、一緒に勉強しようと持ちかける。
『勉強するのはえらいのう。たくさん本を読むんじゃよ。』
「はい!がんばります!あ、アルナイルさま、かいていには、ほんとうにとしょしんでんがあるのですか?」
『神殿ではないが、わしの家はあるのう。本がたっぷりとあるぞ。今度遊びにおいでなあ。』
ちなみに手土産は、バランスボールサイズのウニが六個玄関に転がっていた。




