29. う〜み〜はひろい〜な〜大きい〜な〜
「……海……ですね…………。」
「海だね……。」
眼前には悠然と波打つ大海原が見えた。窓を下ろすと潮風が髪を揺らし、波の音が目の前の光景は現実に存在しているのだと訴えかけてくる。右手側は岩場が続き秋の色づく山々に連なり、左手側は白く色づく森と奥向こうにフォーマルハウト山脈の端っこが見えた。
「はっ、まゆさん!とりあえずご自宅を出しましょう!森を抜けたので魔物が出るかもしれません!」
アルフォンス君の言葉に衝撃から意識が戻り、アプリから家を呼び出す。
「夜に、レグルス様が来たら聞いてみようか。」
「そうですね。申し訳ありません。自分が最初にもっと詳しく聞いていれば。」
「いやいや!私も森を抜けるってことしか頭になかったし!どの方角とか確認するのすっかり忘れてたよ。……とりあえず、変な汗もかいたしお風呂入ろう!」
順番にお風呂へ入り、二日ぶりのお湯でリフレッシュしたので、晩ごはんも美味しいものを食べて気持ちを一新していこうと思う。
『邪魔するぞ。』
「「「レグルス様!!!」」」
『うおい!なんだ?すごい顔して。』
「ここはどこなのでしょうか?」
「他に道はないんですか?」
「帝国側へ行きたいのですが。」
『一斉に話してなんなんだ。希望通り森は抜けられたであろ?』
「湖から見て帝国側に抜けたかったのです。」
『あぁなるほどな。そちら側は通らんな。』
「そうですか……。森の中歩かなくてすむと思ったのに。まじかぁ……。」
『ん?なんだ?お主ら好きこのんで森を散策しとったんじゃないのか?』
「散策……?いえ?森を抜けるために移動してたんですよ?」
フェンリルと一緒に皆頭をかしげ、なんだかお互いに齟齬があるのをじんわり感じた。
『おー!そうか、お主聖女じゃなかったな。転移はできんか。』
ぽんっと手を打つような気づきの声をあげ、フェンリルは納得したようだ。転移すればいいところを車や徒歩で移動する話をしているから、わざわざ散策したいのだと思っていたそうだ。
『そうであれば我が送ってやろう。よく馳走になっておるからな。』
転移は少しトラウマを感じるが、目的地に着いたと思ったところの落胆と、精神的な疲れを考えるとかなり助かる。今日は本部に一報を入れ、明日は辺境伯に取り次ぎ、日にちの確認が取れてからお願いすることになった。
一息ついて、ご飯作りに本腰を入れる。しゃぶしゃぶ鍋の仕込みの際、アラで和風スープストックならぬ潮汁を作っておいた。パスタ以外の麺を提案していたので、潮汁うどんを作ろう。ゴボウと人参の金平を副菜に、茄子とかぼちゃの天ぷらを揚げる。じゅわー!との音にびっくりして皆集まってきたが、危ないのでお箸やフォークを並べる手伝いをしてもらった。うどんだけで足りない人用に、アラからほぐした身と青じそにゴマを混ぜ込んだおにぎりもあるので満腹度は完璧だろう。
「「「「いただきます!」」」」
「おいち!」「おいしいです!」
「ダイヤモンドフィッシュの旨味がすごいですね!」
『骨を煮込むとこのように旨いのだな。』
「ダイヤモンドフィッシュは臭みが全然なくて出汁を取りやすかったんですよー。ほんとに旨味がおいしー。」
湖の環境か、息吹の関係か、ダイヤモンドフィッシュのアラは臭みがほとんどなく、処理がしやすかったので大量にストックしてある。骨も食用可能となっていたうえに、大きな身体からは信じられないくらい柔らかさがあったので、一部骨せんべいも作っていた。
『おう、そうだ。あやつにも挨拶せねばな。食後少し外に出るぞ。』
「え?あ、はい、外ですか?」
『そうだ。近くに来た際声をかけんと煩いのだ。お主らも一応挨拶しておけ。』
食後のお茶を飲み、皆で上着を羽織り外に出る。今夜の空は大きい方は満月で、小さい方は三日月のよう欠けていた。方位はわからないが海に浮かぶ月が綺麗で、自然と携帯電話のカメラを構える。




