9. 急務!安全確保
百メートル範囲とは、私が思う尺ではないのか。どうなっているのか、死ぬのか、という思いが頭を廻る。見たこともない、いやアニメでは見たことがある、巨大な狼が再度問いかけてきた。
『ん?聞こえないのか?』
「き…聞こえま……しゅ…………」
『人間がここに来るのは珍しい。ここは白龍の息吹が巡る地だ。殺生はするなよ。』
こくこくこくこく。頭を振るしかできない。
去っていく姿も颯爽と美しい。湖の上を駆けて行くプラチナに輝く姿は全く現実的ではなく、生物的な生々しさがない様子が幻獣や聖獣なのだと思わせる。
テンプレ展開に疲労がどっと寄せてきた。
アニメなど創作物と違うのは、会話を楽しむでもなく友好を結ぶでもなく去っていく非現実な生き物。なんだか身の丈に合うなと少し安堵した。
「とりあえずパンツ替えよぅ……」
絶大な存在への畏怖なのか、心が落ち着かずテントに引きこもる。外がわからないのも怖いので入口は開けているが、毛布にくるまり呆然としていた。
「殺生か……」
殺されなかったし、やはりアプリの注釈は正しいのだろうか。それとも、大いなる生き物のきまぐれか。殺生を禁じているのなら、この地の不文律で安全なのかもしれない。
毛布の中は安心するのか少し落ち着いてきた。
アプリをもう一度吟味しよう。昨日はテンプレチートに高揚し、見落としや思い込みでまともな確認ができていないかもしれない。よくよく調べてみると、カテゴリーやフォルダ分け、用途別などあらゆる分別方法があるようだ。
「住まいの括りがある……」
保持しているいくつかのテントとまさかの実家が含まれていた。また、それぞれに同じ注釈があり、【安全地帯】であるようだ。
「家……出せるの?まじ?」
こんなチートがあるなら、もちろん薄いテント内で夜を過ごすより、安心安全な外壁のある建造物を選ぶ。移動も視野にいれたが、どの方向へ向かえばいいかもわからず、あの狼が言っていた殺生問題において、この地が一番安全ではないかと考えた。
また、一方的ではあったが、意思疎通のできる存在は貴重すぎるのではないかと。びびりではあるがここに留まることが一番であろう。
心は決まった。
「アプリ様……やっちゃってください。」
ポンッ
と出るわけではないようだ。
実家のアウトラインというのだろうか、外枠にあたる縁が光る線となって地面に現れる。携帯電話の画面上で角度を調整ができるようで、せっかくの景色なのでリビングの窓から湖と山脈が見えるように設置した。
さっそく家へと入る。しんと静まり返り物音ひとつしない建物に、家族は今ここに、この世界にいないのだと、私は一人なのだと肌に感じた。じわじわと視界がぼやけてくる。
「へへ……景色きれー。」
窓から眺める景色は、涙のせいか先ほどよりきらきらと輝いていた。




