祀る神を失った教会の顛末
被害者(?)側のオグルディ枢機卿視点です。
オグルディ枢機卿が居室で女神ソフィアの絵姿に跪いて祈りを捧げていると、厳重に施錠されたドアの鍵が開く音が響いた。
ドアが開くと、金糸を贅沢に使った刺繍がビッシリと入った僧服を纏った、でっぷりと太った男が後ろに目つきの悪い黒衣の男を従えて部屋に入ってくる。
「これは教皇猊下。このようなむさ苦しい場所に何用でございますか」
「とぼけるのではない。其方はこの異変に関わっているのであろうが」
「異変...と申されますか?何事か起こっているのでしょうか?」
きょとんとした表情のオグルディに、「教皇」と呼ばれた男は業を煮やしたのか、後ろに控える黒衣の男たちに目で合図する。
その内の二人がオグルディの両脇から腕を掴み、強引に立たせる。
「其方の従者から報告が上がっておる。其方は神学校の敷地内でジャンフランコなる者に【聖具】を見せ、そこで何事かが起こったのであろう」
あやつめ、裏切りおって!と心の中で悪態をつく。
この部屋には窓がなく、出入り口も分厚いドア一つのみでそのドアも先ほどまで厳重に施錠されていた。要は座敷牢であり、オグルディは従者の密告により教会に都合の悪いことを知ったと露見して拘束されているのだ。服を脱げば体中に鞭打ちの痕があることもわかるだろう。
「そのことであれば、既に小職から無理矢理聞き出されてご存知でしょう。女神ソフィアご自身が降臨されて、ジャンフランコ殿に御自らの手で【聖具】をお授けになったのです」
「ええい。まだそのような世迷言を口にするか」
そこでオグルディは首を傾げる。
「教皇猊下は何をそんなに苛立たれているのですか。古い【聖具】が一つなくなったところで、何の障りがございましょうや」
「...全部なのだ」
「全部...と申されますと?」
「とぼけるでない!教会の持つ全部の【聖具】が使えなくなったのだ!」
「教皇」と呼んだ男に睨まれたままのオグルディであるが、少しの間思案顔になる。
「お待ち下さい...今週は確か高貴な血筋のご出産が何件かあったはず...それでは天恵を授ける神事に障りがあるではありませんか?!」
「既に神事を行ってもお子が天恵を授からず、ご両親が半狂乱となる事態が起こっておる。それも三度もだ!」
「では、天恵を授かったお子は 「おらぬ!一人もおらぬのだ!異常を訴え出た貴族家があったおかげで、わしは王宮に出向いて申しひらきをせねばならん!」」
オグルディは漸く、目の前の男が不機嫌な理由に思い至った。
「猊下、王宮ということは、当教会が天恵を授けられなくなったことは...」
「王室はおろか、すべての貴族家に知れ渡っておる」
オグルディは暫し額に手を当てて考え込むが、何事かを思いついて顔を上げる。
「猊下、それではメディギーニ商会に遣いをやってはいかがでしょうか。ジャンフランコ殿縁の商会であれば何か知っているやもしれません」
「遣いをやらなかったと思うか?あ奴ら何度遣いを遣ってもすべて門前払いにしおったわ!」
オマケに護りが堅くて何者も侵入できぬ!と歯噛みする。
「では、わたくし奴が猊下の名代としてメディギーニ商会に参れば、あるいは話くらいはできるやもしれません」
そこでオグルディは彼を訝しげに睨みつける視線に気づいてたじろぐ。
「其方、何を企んでおる?言っておくがジャンフランコとやらは不在だぞ。其方を拘束した同じ日に怪しげな馬車で国境を越えおったわ」
「それでは、メディギーニ商会の商会長に会ってみましょう。小職も一度だけですが面識がございます。何か分かるかもしれませんし、彼であればジャンフランコ殿に繋いで頂けるかもしれません」
何より、こうして手を拱いている間にも王室に向かう刻限は迫っているのでしょう?と念を押す。
それから暫くの沈黙を挟んで後に、無理矢理絞り出したような声で遣いを命じられる。
「仕方あるまい。其方を遣いに出す。必ず何事か掴み取って帰れ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あんた、あの時の坊さんだろ?確かオグルディ枢機卿...猊下だっけか」
オグルディは何者にも邪魔されずアッサリとメディギーニ商会に辿り着き、屋内に招き入れられ、そのまま案内された会議室で今、目の前にメディギーニという男がいる。
「ちょうどいい時に来たね、あんた。そろそろ第二幕が始まりそうか、ってとこだ。教会の中にいちゃ、巻き込まれて酷い目に遭うとこだが、まぁ、運良くここに来れたんだ。仲良く高見の見物と洒落込もうじゃないか」
「其方、何かたく...知ってるのかい?差し支えなければ教えてほしいものだが」
『何か企んでいるのか?』と聞きかけて止めたが、目の前の男はすべて承知した上で面白がるような顔になっている。
「あんたの教会が金輪際天恵を配れなくなったのは知ってる。ああ、うちの商会は何もやってないぜ。どうやら女神様とやらはあんたの教会に愛想が尽きたそうだ。ついでに言うと、このことは主要な貴族家だけじゃなくて、商会が出資してる有力な商会全部が知ってる」
事態はオグルディが想像したよりも悪化しているようだ。
「場合によったら各商会の従業員を通じて、相当広い範囲に知れ渡っているわけだな」
「御名答。おかげでそろそろ第二幕が上がりそうだ」
「第二幕、だと?」
「ああ。さっき『巻き込まれて酷い目に遭う』って言っただろ。そろそろ免罪符がただの紙切れで、後生大事に持ってても何の御利益もない、ってバレる頃合だ。うちも早く動かないと取りっぱぐれるんだが」
メディギーニが顎に手をやって考えていると会議室のドアがノックされる。
「入れ」
その一言で商会員が入室し、オグルディを見やる。
「ああ。その御仁なら大丈夫だ。で、首尾は?」
「予定通り、神学校周辺の土地は教会本部を除いて差し押さえました。神学校の金庫もバッチリです」
「ちゃんと仕事したじゃないか。うちが買わされた免罪符分には足りそうかい?」
「少し不足が出ましたが、別の隠し金庫も押さえたのでバッチリです」
「はい。ご苦労さん。ちなみに教会本部の様子はどうだい?」
「免罪符を掲げて押し寄せる群衆に囲まれてます。敷地の外に居ても『金を返せ!似非聖職者ども!』と連呼する声が聞こえてました」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ホント、ギリギリだったみたいだぜ。商会もアンタも」
オグルディの顔色は蒼白を通り越して土気色に変わっている
「まるで何もかもお見通しのようだな」
「そりゃあ、うちの若様はウンザリするくらい優秀だからな。女神様があんたの教会を見限ったと知ってすぐ、アレに備えろ、コレを準備しろって指令がバンバン飛んできたぜ。おかげでこっちは休む暇もないくらいには大忙しさ」
ま、ちょいと噂を流したり煽ったり小細工くらいはしたかな、とニヤリと笑ってみせる。
「それで、あんたこれからどうする?」
「どう、というと?」
「懐かしの教会に戻りたいってのなら手前までは送り届けてやれるぜ。ま、その後どうなっても知らないし、教会に与するってんなら他の坊さんと同様、あんたの隠し財産は商会が差し押さえる」
「教会騎士団が黙っちゃいないぞ」
「そんなもん、貴族家に情報が流れた時点であんたらを見限って解散しちまったぜ」
「そんな馬鹿な...」
「下手に信仰心の篤い連中を集めたのが仇になったな。女神の加護を喪った教会には用がないそうだ」
メディギーニの発言に打ちのめされて、オグルディはその場に崩折れる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それで...教会に戻らない場合はどうなる?」
「暫くの間、商会で匿ってやるよ。還俗して実家に戻るなら手紙のやり取りぐらいは手伝うし、駄目なら前に言ってたようにスフォルツァ領に亡命する手助けをするでもいいぞ。あんたの隠し財産も一緒に送り届けてやるさ」
「随分と...さっきと待遇が違うじゃないか」
「そりゃまぁ、教会に与するとなりゃ、あんたは商会の敵だからな。敵でなけりゃ、俺達も鬼じゃないんだ。人並みに情けを掛けるくらいはするさ」
「敵...」
メディギーニの表情が変わる。
「聞くところによれば、当家の継嗣を尾行し隙あらば拉致しようと動いた馬車があったそうだ。その馬車はその後ソフィア教会の本部に戻っていることが分かっている。この時点で既にソフィア教会が当家に敵対行動をとったと見なす要件は整っているのだ」
いつの間にか、メディギーニの全身から魔力が漏れ出している。
空気が重さを増し、押し潰されるのではと感じオグルディは喘ぐ。
「当家は敵と見做した勢力に容赦はしない。どれだけ時間が掛かろうとも、必ず地の果てまでも追い詰めた上で、生まれたことを後悔するような目に遭わせてやる」
「当家...とは?」
「ああ、あんたは知らないのか」
メディギーニの口調が戻り、それとともに威圧感も消えている。
「国境を越えた先。スフォルツァ辺境伯家さ。若様はその御曹司だ。覚えておきな」
この口調で喋るメディギーニが一番気楽に書けます。
今回の新要素:
・ ソフィア教会はまぁ無力化されちゃったぽい
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