口裏合わせ
国教の女神降臨というのは、それなりに衝撃的な事件ではあります。
予期しない女神の降臨に呆けている間も、ドアをノックする音は続いている。
ドアを開けるとローレ教室の生徒が数人。
会議室から何度か光が漏れたことで騒ぎとなったらしい。
フレデリカの【防諜】魔法は秘事の女神仕込で、範囲内で行われることはすべて外部に漏れることはないはずだが、どうやら女神ソフィアの顕現する光は【防諜】魔法の許容量を上回ったらしい。
床にへたり込んでいるジャンフランコを見て、何人かが息を呑む。
「ご覧のとおり、ジジが限界を超えて魔力を放出してしまっているの。このままご自宅まで送るから、ローレ先生にその旨お伝えして」フレデリカが学生達に簡単に事情を話してその場を収め、メディギーニに目配せする。
オグルディが何かもの言いたげに近づくのをメディギーニが制する。
「あんた、見てわかるだろう?魔力枯渇だよ。あんたらの信奉する女神を」
勧請したんだからな、と言いかけて、その先に言及してはマズいことに気づき言いよどむ。
「兎も角、今日はこれ以上の対話は無理だ。今日のことについての話し合いは後日メディギーニ商会から連絡をするから、あんたも今日は引いてくれないか」
「わかった。連絡を待つことにする。なるべく近いうちに機会を設けてくれるとありがたい」
そう言うと昏倒している従者を起こしてオグルディも会議室を出ていく。
メディギーニが荒い呼吸を繰り返すジャンフランコの前にかがみ込み、そのまま肩を担ぎ上げると教室の前に停めてある馬車へと急ぐ。
馬車に乗り込むと、ジャンフランコはすぐに眠りに落ちてしまう。
ジャンフランコの規格外の魔力量をもってしても、短時間顕現させただけでほぼ魔力枯渇の直前まで魔力を吸い出されたことから、女神ソフィアの神格の高さが窺える。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、あらためてメディギーニ商会の一室でオグルディとの面会がセットされる。
ジャンフランコの体調も万全とは言えないが、内容が内容だけに慎重に口裏合わせをする必要があるため無理を押して同席している。場所をメディギーニ商会としたのは、第三者、特に教会関係者の耳目を考慮してのことだ。
オグルディはと言えば、いまだ衝撃から回復していないようで、挨拶もすっ飛ばして開口一番自分の疑問を口にする。
「あれは本当に女神ソフィアが顕現した姿なのか」
「女神の【聖具】から顕現したのだから間違いないでしょうね」
「ただ、あのような…女神が一言『暴虐の限りを尽くした』と語られたソフィア教会の過去の所業がどのようなものか、私はそのことを何も知らないことに不安で仕方ないのだ」
異端審問官をチラつかせて免罪符の押し売りをしてた人と同一人物とは思えないほどオグルディが豹変していることに驚く。
ただ、それを言うなら、異端審問官による拘束・拷問も、免罪符と称して信徒から金品を巻き上げるのも、十分「暴虐の限り」にカウントされる所業である。
ただ無自覚なだけなのか、それとも女神の顕現というのはそれ程に衝撃的だったのか。
少しくらいなら罪悪感を刺激してみてもバチは当たらないだろう、と意地悪く嗤うジャンフランコを代弁するつもりか、メディギーニが口を開く。
「私のような商人の目からは、『異端』に対する過度の敵視も、有無を言わせず拘束して拷問を加えることも、十分に『暴虐』な所業と思えますがね」
それを国の単位で徹底的にやったからこそ、何百年にも渡って呪いを振りまく【怨霊】のような存在を生み、ミルトンでは教会に対する怨嗟が燻り続けたのだ。
「そうですね。女神がおっしゃった「所業」がソフィア教会成立前後の出来事を指しているとするなら、ソフィア教会は最初から女神のご不興を買う行為を続けてきたと言えるでしょうね」
「それが何であるかは我ら枢機卿の立場にある者にも知らされてはおらんよ。だが、歴代の教皇にならひょっとすると...」
「不安になる猊下のお気持ちもわからんではないですが、教皇猊下に直接確かめるのはお勧めいたしません。ソフィア教会が異端審問官を抱えている意味を真剣に考えることをお勧めします」
「異端審問官」を抱える組織を統べる以上、必要最小限の知識として代々の教皇には真実が伝わっているはずである。そして、教義と異なる「真実」を求める者のもとに何の躊躇もなく「異端審問官」を向かわせることもまた確実だろう。教会内の人間である枢機卿であってもその対象とならない保証はない。
「だが、教会が女神ソフィアにも背くようなことをしたと知ってしまった以上、わたしは今までと同じ顔をして教会勤めはできない。これまで教会のため、と思ってやってきたことで女神のご意思に背いていたとは…」
『どうしたんだ、このオッサン』女神の顕現には見た者を改心される御利益でもあるのか?とジャンフランコが罰当たりなことを考えている横から冷静に警告を発することができるメディギーニは大人だ。
「場合によってはお命が危険になるとお考え下さい。亡命をご希望ならスフォルツァ辺境伯領で受け入れても構いませんよ」
「スフォルツァ辺境伯領であれば異端審問に遭う心配はないというのか」
「ミルトンでのソフィア教会の影響力はないに等しいので、リモーネ国内で異端審問に怯えて暮らすよりは安全に暮らしていただけるものと思われます」
「少し考えたい。時間をくれないか」
少なくとも今すぐはオグルディ枢機卿の巻き添えで異端審問にご招待されることは考えなくてもよさそうだ。
「わかりました。なくなった【聖具】についてはどうすればよいですか?」
「瑕疵を発見したから廃棄した、とでも報告するさ。最近は【聖具】の管理も杜撰でね。予備の【聖具】が一つなくなったくらいでは騒ぎにはならんよ」
『あらら、意外だね。女神ソフィアの権能が顕れる唯一の道具だから持ち出しや返却が厳密に管理されているのだと思っていたよ』
女神の降臨と降臨の際に女神が口にしたことについては一切を他言無用とすること、【聖具】の扱いはオグルディに一任することだけ合意して、オグルディは教会に戻っていく。
ジャンフランコが女神ソフィアに「使徒」認定されたことに一言あるかと思ったが、女神ソフィアの降臨とその際に口走った内容だけでオグルディ枢機卿の許容範囲を超えたらしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「オグルディ枢機卿をどう思う?」
『そういや、どさくさ紛れで免罪符売りつけられずに済んでるな』
「そうそう秘密を明かされることはないと思いますが、何かの弾みで口が滑ってしまうことがないとは言えません。その場合、ジャンフランコ様まで巻き添えとなる可能性が否定できませんね」
「対応を考えた方がよいよなぁ」
「それよりもジャンフランコ様。またお姿が変わっております。こちらの対応も考えねばならないと思いますが」フレデリカに渡された手鏡を覗き込むと、彼の左の瞳がそれまでの黒/白銀ではなく、七色の貴色に変わっている。
「もう慣れたよ」溜息一つ。
「ますます人間離れしたお姿となられましたなぁ」ニヤニヤ嗤うメディギーニを張り倒してやりたい。
伝言の魔道具を取り出すと、フローレンス宛てに「近々報告と相談のためスフォルツァ城に向かう必要が生じた」旨を、ジョヴァンナとロドリーゴには「ソフィア教会関係で少々面倒ごとが生じたので、近々スフォルツァ城へ向かう。対応について協議したい」と送信する。
伝言の魔道具に新たなメッセージが着信するのと、ドアがノックされるのがほぼ同時だった。フレデリカが誰何した上でフローレンスを部屋に招き入れる。
フローレンスがジャンフランコの左眼を見て口元をひくつかせながら「また若様に何ごとかあったのでしょうね?」と問うのを手で制しながら、着信したメッセージを開く。
メッセージはロドリーゴからで、伝言の魔道具の画面には「明日の午後に時間を取った。昼食を摂りながら話そう」と短いメッセージが表示されただけだ。そのメッセージが皆に見えるように伝言の魔道具をテーブルに置くと、フローレンスが疑問を口にする。
「急ぎ帰領して報告しないといけないなんて、一体どんなことがあったのですか?」
「これを見れば、だいたいは察してもらえると思うのだけれど」
ジャンフランコが左手に【聖具】を顕現させるとフローレンスが息を呑む音と同時にメディギーニの溜息が聞こえる。
「若様。いくら先だっての会議で話題になったからって早速【聖具】を手に入れるとは思わんよ、普通。スフォルツァ城へ向かうのはこれの後始末だけで済みそうですかい?」
「いや、それだけで済めばいいんだけど、もっと大きな話になりそうだと思う」
当初の目論見通りなら【聖具】を手に入れた報告と、【聖具】の活用について話し合うだけでよかったはずだ。
それが女神ソフィアが降臨しジャンフランコ自身を使徒としたこと、女神自身の口から「他の神々」という言葉が飛び出したこと、更には、その場にソフィア教会の枢機卿が居合わせたことだけでも、十分に頭の痛い問題である。
『場合によったら、いよいよソフィア教会と事を構えるようになるかもね』ジャンフランコの嫌な予感はよく当たるのである。
ここは異世界なので、神々が降臨するなんてことは(本来)日常茶飯事です。
今回の新要素:
・ 特になし
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