免罪符の効用
一難去ってまた一難…
ジャンフランコは王宮を辞したその足で学生の本分を果たすべく神学校の敷地内ローレ教室に向かう。最近は教室にいることの多いローレ教諭に挨拶だけして、すぐに与えられた個室に籠る。
フレデリカと二人、リモーネ王国内の遺跡の分布を確認していると来客が告げられる。渡された来客の名刺には「ソフィア教会 オグルディ枢機卿」とある。
作業を中断し会議室に向かうと、聖職者の衣装をまとった恰幅のいい壮年の男が待っていた。メディギーニ商会ではまだ把握していない名前であったので、つい最近ロドリーゴの還俗でできた空席を埋めるように昇進した人のようだ。
挨拶を交わすと早速用件に入られたが、何と免罪符の売り込みである。
アポ無しで学校に押し掛ける用件がそれか、と頭を抱える。
「申し訳ありません。こういうことは商会でお話いただけませんか。ここは学業の場であって、商いのお話をする場所ではありません」
そもそも違法な商品・違法な取引に手を染めないメディギーニ商会は免罪符とは縁がないはずである。
「わしに商会まで足を運べと申すか。不遜な奴め」
「商会に伝言を残していただければ、私の方から教会まで足を運びます」
「同じ教会の敷地内にあるのだ。神学校で話しても障りはあるまい」
『何だこの人。枢機卿になったばかりで舞い上がっているのかな?それとも皆がありがたがって免罪符を買うと勘違いしてる?』
頑としてこの場で免罪符を売りつけようとするオグルディ枢機卿に溜息をつくと、【防音】の魔道具を動かす。
「ご存じのように、メディギーニ商会は明朗と正直がモットーでして、顧客を騙すようなあくどい商売は一切してませんよ。それに、つい先日も使い道のない免罪符を一枚購入したばかりです」
『暫くは免罪符に用はないはずだけど』
「教会に逆らうか?異端審問官を派遣してもよいのだぞ?」
『交渉も何もなくいきなり脅しにかかるとは。どんなど素人だよ』
この手の輩は前世でも多く見かけた。交渉ができないから適切な「落としどころ」を設定することができない。端的に言うと「無能」なのだが、得てして決裁権限を持ったりするから始末が悪い。どんなに時間を掛けたところで、相手の言い値を呑むか、交渉を決裂させるか、の二択しかないのである。
これ以上交渉を長引かせても結果は変わらないと踏んでクロージングに向かう。
ただし、タダで相手の要求を呑むのも癪だ。
この機会を捉えて昨日取りっぱぐれたアレを手に入れるくらいならバチは当たるまい。
「あなたの熱意には負けましたよ」と一旦は相手に花を持たせる。
「最初からそう言っておけばよいのだ」と相手が相好を崩すのを見て、そこにつけ込もうと試みる。
「ただ、当商会としてもこの短期間に二枚の免罪符というのは無理をしていることをご理解いただければと思います。ついては、無理を押しても猊下のご要望に応える代わりに、女神の【聖具】を一度見せていただけませんか?」
「女神の【聖具】を見て何とするつもりだ?」
「わたくしもソフィア教会に何人か知己を得た方がおりまして、その方々から伺っている限りでは、【聖具】を使っている瞬間にこそ女神ソフィアを最も身近に感じるとのことです」
「だから何だというのだ」
「免罪符は女神ソフィアに伏して赦しをいただくためのものではございませんか。せめて慈悲深い女神ソフィアのお側にいると感じる機会を得たいという望みでございます」
あれを持ち出すにはいろいろと手続きがあるのだ、と呟くオグルディの首を縦に振らせるために、ジャンフランコはトドメの一撃を加えることにした。
「次からはオグルディ枢機卿猊下を優先して免罪符を購入いたしますよ」
「む。であるならばこちらとしても折れねばなるまいな」
オグルディが傍らに控える従者に何事か囁くと、慌てたように会議室から走りだす。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どうやら、「次もあなたから買う」というのは殺し文句になったらしい。
そこから推察されるのは、免罪符の売上がソフィア教会内での聖職者の地位確保に影響すること。世も末である。
しばらくすると、先ほどの従者が大仰な装飾が施された箱を捧げ持つようにして入室してきた。
ちょうど同じタイミングでメディギーニも会議室に入ってくる。
こちらはフレデリカが伝言の魔道具で呼び出したのに応えた形だ。
面倒ごとの気配を少しでも感じるのなら彼を呼んだ方がよい、というのは完全にフレデリカの独断だ。
ジャンフランコが目配せすると、【魔法陣】を取り出して【防諜】の魔法を発動する。
オグルディが従者の横に並んで何やら小声で話すのが見える。
二言三言、であろうか、ようやく話が終わったのかオグルディがジャンフランコ達の方を向く。
「こちらが女神ソフィア様の【聖具】である」
「箱を開けていただいてもよろしいですか?」
従者が横から手を出して箱の上蓋を持ち上げ、すっと横に滑らせる。
箱の中には袱紗のような布が敷かれ、その真ん中に置かれているのが【聖具】らしい。父ロドリーゴからジャンフランコが聞いていた通り、ジャンフランコの二の腕ほどの長さの棒に鈴がつけられたような形をしている。
「このまま手に取ってもよろしいですか?」
興奮を隠しきれないジャンフランコの問いに、オグルディは重々しく頷く。
従者がぎょっとした顔でオグルディの方を見るが、特にジャンフランコを止めるようなことはしない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【聖具】に右手の平を添えて、そっと包み込むようにして持ち上げる。
一方の端が白銀に輝き、それが反対の端の漆黒まで続くグラデーションとなっていて非常に美しい。ジャンフランコが持ち上げたことで金色の鈴がリン!と澄んだ音を奏でる。
「内部の構造は外からは窺い知れないな」そう思いながら左手を添える。
『【神測】【非破壊走査】』
内部の【魔法陣】を読み取ろうと闇属性の魔力を左手から流すが、闇属性の魔力を拒否するかのように左手にピリっとした感触が伝わる。それではと木火土金水と五属性の魔力を流しても同じように反発する感触だけが返ってきて、内部の【魔法陣】に到達することは叶わない。
残るは光属性だけだが、光属性は「【聖具】の【魔法陣】を流れる魔力の属性」だ。
そのまま魔力を流すと【聖具】を作動させてしまう恐れがある。
『ええい、ままよ』
ジャンフランコが光属性の魔力を左手から流すと、突然【聖具】が白銀の光を放つ。
「待つのだ!誰も【聖具】を作動させてよいなどとは」オグルディの絶叫のような声が会議室に響く。
【聖具】から漏れ出した白銀の光が段々と収束し、やがて人の姿を取る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ようやく光が収まると、そこには「慈母のような」と形容するのが一番近しい容姿の女性が立っていた。ただし、全身が薄っすらと白銀の光に包まれていることから彼女が常人とは異なると分かる。それを言うなら白銀から漆黒へと連続して変化する髪や同じ色合いの衣装もそうであるが。
【聖具】から女人の姿で顕現したのは他ならぬ女神ソフィアであろう、その場にいる全員がそう確信する。
『妾を勧請するは誰ぞ?』
落ち着いた声でゆっくりと問いかける女神に、
オグルディは慌てふためき、従者は白目を剥いておそらく意識を失っている。
フレデリカはと言えば、『またか』とでも言いたげに溜息をつき、
メディギーニはダラダラと脂汗を流している。
「わたくしは貴方様の教会で枢機卿を務めておりますオグルディと申す者」何とか体面を保とうと女神に挨拶するオグルディだったが、女神は彼を完全に無視してジャンフランコに向かう。
『其方、神測を与えた童かえ?』
ジャンフランコがぎこちなく頷くと、
『何と心地よい其方の魔力の流れよ』女神が微笑みジャンフランコの右手に両手を添えると魔力がずいっと勢いよく吸い出される。
『して、妾を勧請して其方は何を望む?』
意図せず女神が顕現した衝撃と勢いよく吸い出される魔力の勢いにジャンフランコは息も絶え絶えに、だがようやく「ただ、【聖具】について知りたく」とだけ答える。
幸いにも神測はジャンフランコの動揺にはお構いなしに【魔法陣】の取り込みと解析を進めてくれている。その魔力消費も無視できないくらい大きいのだが。
『なるほどのぅ。其方に気まぐれに与えた天恵は世の事象を象り占うばかりのものであったはずであったが』
女神はジャンフランコの答えを待つのではなく、むしろ自動で解析を進める神測について語る。
『人とは面白いものよ。使い方の難しい天恵を与えたハズが、勝手に使いこなしおる。元々の持ち主よりも上手く使っておるのではないかと思うほどじゃ』
「元々の持ち主とは?」魔力の流れに息も絶え絶えのジャンフランコには短い問いを発する余裕しかない。
『【神具】とは元々、神々の権能を人の身で振るえるようにしたもの』
『其方の天恵の元となった権能を持つ神はおる。もっとも、其方の天恵は元の 権能とは似ても似つかぬものに変わってしまっておるがのぅ』
『じゃが…妾は彼を含め神々には顔向けができぬ』
「顔向けできない、とは?」
『其方ならおおよその察しはついておろう?妾の名を冠した教会を作って暴虐の限りを尽くした者どもがおったではないか』
「ソフィアの名を冠した教会」だけで十分だった。
オグルディ枢機卿の顔色が紙よりも白くなってしまっている。
『妾だけを信奉すると言われてついついよい気になってしもうた。まさか他の神々を排除するとはの』
「女神様」フレデリカが前に進み出る。
「それ以上は、お話を伺う心構えのできていない者もこの場にはいると存じます。いずれ改めてお話を伺うのがよろしいかと」
『其方、神測の童の従者か』
フレデリカの進言を聞いてオグルディの方を見やる。
『其方の具申まことそのようじゃな。楽しかったぞ。また語り合う機会を持ちたいものだが』
「では【聖具】の写しを拝領すること叶いませんでしょうか。写しさえあれば、わが主はそれを道標に御身を勧請することも可能かと存じます」オグルディの目を意識して、あえて「【魔法陣】の写し」とは言わない。
『いっそ、其方の主に与えてしまうか』
女神の言葉が終わるか終わらないか、【聖具】 がゆらりと揺れて輪郭を失うと、魔力の塊となってジャンフランコの左手に吸い込まれる。
『これで、其方は妾の使徒。なに、既に其方を使徒にしている神々がおろう。今更一柱増えたところで構うまい?』ふふふと微笑む。が、ジャンフランコには押し掛け女神の二柱目である。
『さて、そこなオグルディとやら。其方に命ずる。ここで見聞きしたことすべて他言無用じゃ』
「ですが【聖具】が…」
『そこな者に頼め。複製くらいなら作ってもらえるであろう』
ドアを激しくノックする音が響く。
『何やら外が騒がしいのう。では妾は去ぬとしよう』
女神の姿が薄れ、やがてすっと背景に溶け込む。
魔力の流出が止まったジャンフランコがガックリと床に座り込むのをフレデリカが支える。彼の左手が仄かに白銀の光を帯びるが、その光も左手の中に吸い込まれるように消えていく。
オグルディ君って、よくある「昇進したら役職に酔って急に偉そうになるヤツ」ですね。
今回の新要素:
・ 女神ソフィア召喚
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