スフォルツァ領ブレスト大会
今後どうするか、お話合いです。
スフォルツァ城の一角に設けられた領主の執務室では夜遅くまで議論が続いていた。議論とは言っても堅苦しいものではなく、人数を絞る代わりに形式を排して率直な意見を出し合う場である。
執務室に置かれた会議宅に座るのは領主夫妻、城代であるダラヴィッラ、領主として返り咲いたシビエロ、チェラート、そしてジャンフランコである。ジャンフランコの副官としてメディギーニ、護衛としてフレデリカも同じ部屋の中にいるものの、メインテーブルには座らず、あくまで陪席者としての立ち位置である。
最初にダラヴィッラからミルトン包囲網の完成について報告が行われる。
「秋の防衛線で敵主力をせん滅した上で冬の間にミルトン周囲の拠点を確保してしまったのは大きいですな。ミルトンの狂信者どもにはひたすら閉じこもる以外の選択肢は残してやってませんぞ」
「おかげで、最低限の監視だけで包囲網を維持できるのですからね。一点突破で包囲網を突き崩そうなんて気を起こされたら面倒でしたが」
「奴ら当分の間食うには困らないですからな。死に物狂いで打って出ようなんて気は起きんでしょう」
報告された戦況に満足してジョヴァンナが頷く。
「リモーネとの間に結んだ不可侵の約定がここに来て生きてきましたね。共和国政府をミルトンに封じ込めてしまえば当面の間はスフォルツァに敵対する勢力への心配事はないということ、納得です」
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「これで我々は『時間』を得ました。領民の生活を立て直して、リモーネからの食糧や資金に頼らずとも生きていける力をつけるための」
「戦乱で荒れた土地の回復~これはスフォルツァ城の周辺がもっとも酷かったのですが、農村跡地それぞれに建設した【中継局】を中心に、仮設の住居を用意し、土壌の改善に向けた魔道具の設置も進んでいます。あとは領民が戻ってきてくれれば順調、といったところですが」
「コルソ・マルケ砦の近辺に避難していた領民の帰村も始まりますし、そちらは心配しなくても大丈夫です」
「各軍閥が押さえていた領地はどうなりましたか」
この問いはシビエロが引き取って答える。
「まがりなりにも農地での耕作は行われていたので、農地や村落はそれなりに残っておりました。最低限の食糧生産はできる状態ですね。僭主に働き手が兵士として徴発されたことで生産量が落ちていましたが、必要最低限の人数を残して帰農させるようにしています。こちらは今年の収穫から効果が出てきそうです」
順調なようであるが課題がないわけではない。
「領主も僭主もいなくなったので、各地を統治する体制をどうするかが悩みの種です。旧領主の血縁者を探させてはいますが、領民も領主の不在を当たり前のように思っている風なので、ほかの統治者を置くのがよいかもしれません」
「代官のような者を任命して派遣するのではどうでしょう?」
ジャンフランコがおそるおそる提案する。
「領主のような、領民からの支持を受けて統治する者を新たに置くのは難しいでしょう?それなら、母様、ではなくご当主の名代として働く者を派遣するのも一案かと思います。ミルトンからリモーネに避難した各商会に人が育っているので、人を出してもらうようお願いするのではいかがでしょう?」
「メディギーニ、今の提案は現実的なのかしら?」
「高齢のため各商会の第一線で働くのは難しいので引退したい、という人材はそれなりにいますね。補佐役をつけてやれば旧男爵領や子爵領の代官程度であれば任せられそうです」
「そういう人材なら我が領にもほしいぞ」とこれはチェラート伯爵。
「メディギーニはじめ家臣団としてリモーネ国内で頑張ってくれた皆それぞれ領地に封ずることも考えたのですが」
「それは、ミルトン共和国政府とやらを亡ぼしてからお考え下さい。まだまだご当主や若様の下を離れるわけにはいきませんよ」メディギーニが即答するが、これは家臣団として長くジョヴァンナの亡命先であるリモーネで働いた者の総意だ。
敵対勢力を心配しなくてよい時間を少なくても数年は確保できたのだから、これを好機と捉えて内政の充実に注力する方針は出席者の共通理解となったようだ。
スフォルツァ家の勢力範囲は、旧スフォルツァ辺境伯領から一気にミルトン全土にまで広がっており、それに合わせた体制の整備が急務だ、ということも。
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「そのミルトン共和国をあと何年生かしておくおつもりですか?」
ダラヴィッラの発言で、現在唯一直面している敵対勢力への対応方針へと話題が移る。
「ミルトンの防備を甘く見てはならない。あの城壁はうまく設計されていて、一か所が破られても左右の城壁から応援が駆け付けて侵入者を撃退できるよう考えられている。若様の【睡眠】魔法を使った戦術を使って無力化しても城壁の中に侵入するのは至難の業だと思う」シビエロ侯爵は、どうやら城壁内に攻め込む方法を検討中のようだが、現時点の結論は「容易ではない」らしい。
「どれくらいの兵力を割くか次第ですが、領地の整備の進み方を考えると最低でも三年は待ってほしいところですね。まだまだ余裕はありません。ミルトンと事を構えるには、最低限リモーネの食糧が必要なくなるくらいまで領地が回復するのが条件です」とこれはジャンフランコ。
ここで、これまで口を開いていないロドリーゴが参加する。
「ミルトン城内の情報があまりにも少なすぎます。それに政変時に王都にいた王族や大貴族がその後どうなったかすら誰も知らないのですよね」
「確かに。スフォルツァに対して前領主の身代金の交渉はありませんでしたから、既に殺されたものと思っていましたが。何も公表されていないのでしょうか」
一番長い間スフォルツァ領で頑張っていたダラヴィッラに皆の視線が向く。
「処刑されたとも幽閉されたとも噂されていますな。時間が経ちすぎているので今から確認するのも難しいと思われますが」
「王族や大貴族はともかく、あの広大な城内のどこを攻めればよいのかすら分からないでは、いざ攻め込んでも勝ち目はありませんぞ」
密偵を放ってみてはどうかというダラヴィッラをチェラートが止める。
「ミルトンの城壁は不思議な城壁でして、決して密偵を受け付けないと昔から言われているのですよ。よしんば侵入できても脱出できないそうで、王国の時代より守りの堅さだけは有名なのです」
そこでジャンフランコが「僕の方で何か考えましょうか」と言いかけるが、ロドリーゴに「頼むからやめておいてくれ」と止められる。今のジャンフランコは、どうせちょっとしたパズルか謎解きくらいにしか思ってないだろう。ロドリーゴはジャンフランコの表情からそう推察した。こういうときは決まって後でジャンフランコの暴走の後始末に追われることになる。
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「だいたい、君は週に一度は必ずリモーネ王室から呼び出しを受けているだろう。国境近くならともかく、ミルトンの首都まで足を伸ばして事を構えるのは無理じゃないかい?」
「それなんですが、あの世間知らずのお姫様のお相手も大変なんですよ。何とかなりませんかね」
「俺の方にはもう少し頻繁に足を運んでくれないかって打診がありましたがね。向こうは若様との婚姻を狙っていそうで心配ではありますな」
「そんな他人事だと思って」とジャンフランコがメディギーニを睨む。
「リモーネと言えば、ソフィア教会からスフォルツァ領で布教したいと申し入れがありましたな。今のところ紛争の真っただ中であり受け入れの余力はないと断っておりますが」
「ミルトンでは反ソフィア教会の気運が強いですからな。スフォルツァ家が協力して彼らを引き入れたとなったら、領民の反発も心配する必要がありますぞ」
「聞いてくださいよ。最近は商会に対する免罪符の押し売りが酷くって。さすがにメディギーニ商会では断りきれなくて何枚かは引き受けてますが、出資先のほかの商会では断らせてます」スフォルツァ領の立場から考えるシビエロたちにとってソフィア教会は門前払いしておけばよい相手だが、商会を預かるジャンフランコにとっては、寄進だ免罪符だと何かと無心してくる質の悪い強請りたかりでしかない。
ちなみに「免罪符」というのは、持っているだけで多少の罪状は女神からお目溢ししてもらえる、というありがたい触れ込みの御札である。もっとも、ソフィア教会がそのような御利益のある御札を作り出せる組織でないことは、皆先刻承知の上で購入するのであるが。
つい先日までその教会に所属していたロドリーゴが疑問をさしはさむ。
「はて、教会の財政がそんなに苦しいとは初耳だね?」
「聞くところによると、上層部の贅沢三昧が加速した結果、空手形を何枚も切ってるらしい。さすがに不渡りを出すと体裁が悪いとかで代わりに免罪符を売り出したそうですよ」このあたりの事情はメディギーニが商会に調べさせているらしい。
「贅沢やめりゃいいだけなのに。うちの商会に溜まってる免罪符だけで、そろそろ教会を二つ三つ毒沼に沈めてもお咎めなしになりそうなくらい溜まってるんですが?」ジャンフランコはあくまで不穏だ。
「商会の事業に影響しない範囲でお願いします。ただ、天恵授与を独占されている以上、対応は慎重にならざるを得ませんね」
なお、ソフィア教会が政変の戦乱により叩き出されて以降、スフォルツァ領をはじめミルトンでの天恵授与は滞ったままだ。このため、家臣団と主要商会の関係者は新生児が生まれるとリモーネに移動して天恵授与を受けているのが現状だ。
「ところで、天恵授与に使う女神ソフィアの【聖具】って実は魔道具だったりします?使うにあたって何か資格とかあるんでしょうか?」
『一度手にとって解析したいんですが』と言うのは流石に思いとどまった。
ジャンフランコの質問にロドリーゴが顎に手をやって考え込む。
「そういわれてみれば…特に何の資格も必要なく使えたはずだ。なんせジジが生まれた時に【聖具】を使ったのは聖職者になって一年目の私だからね!」
「ミルトンには【聖具】は残っていないのでしょうか?」
「コルソ・マルケ砦にもいくつかは残っているはずですよ。ソフィア教会の者でなければ触れられないと思って仕舞い込んだままのはず」
ダラヴィッラの発言にジャンフランコが目を輝かせる。
「今からコルソ・マルケ砦行ってきます!」
「ジジ様!落ち着いてください。スフォルツァ領以外ではどうなったんですか」
「共和国政府の奴らが略奪しまくっていた。やつら聖職者でもないのに【聖具】を独り占めして何がしたいんだか」
「【聖具】もミルトン城内のどこかに仕舞われているわけですか…」
ジャンフランコの呟きに不穏な匂いを感じたロドリーゴが「余計なことは考えないでおくれ!」と叫ぶ。
今後の領地の運営の仕方や方針について認識を擦り合わせるためのざっくばらんな意見出しのはずが、何かの弾みでジャンフランコが暴走しそうになるのをロドリーゴが押さえる会になってしまったようだ。
とはいえ、今回の会合でジャンフランコが次に暴走する先が凡そ見えてきた。
次の標的は(ジャンフランコの個人的な)宿敵ソフィア教会である。
今後ジャンフランコがここに向かって暴走するか、になってしまいました。
今回の新要素:
・ 天恵授与するための【聖具】は実は魔道具?
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