雪は融けても
冬が終わりますよ
長く降り続いた雪も徐々に小降りとなり、やがて空に晴れ間が見えるようになると、それがミルトンにようやく訪れた春の兆しとなる。
「冬が終わるのはいいが、雪が融けたら融けたでまたぞろスフォルツァの鬼どもが動き出すそうじゃねぇか。まぁた面倒なことになりそうだわい。なぁ!」
やたらと体格のいい男が隣に座る小男の肩を音が出るほどに強く叩く。
「班長!痛いッス!」
「それはそうと、雪がやんだんだ。そろそろ向こうの陣地から『メシ寄越せ!』って伝令がやって来そうなもんだがな」
ここはミルトン共和国首都ミルトンを囲む城壁の一角。
城壁を護る守備兵の屯する一室。
「向こうの陣地」というのは、ミルトンを護る城壁の更に外側。街道沿いなどの要所要所に設けられた防衛拠点のことだ。
「そういや、今年の冬は奴さんたちアレっぽっちの食糧で食いつなげたんですかねぇ」
「今年は上がドタバタしてやがったせいで、冬の前に十分な食糧備蓄を運び込んでやれなかったからなぁ。大方、春を待てずに伝令の一人や二人来てもおかしかないと踏んだんだかなぁ」
「まぁ、考えてても仕方ねぇ。おい!ヒョロガリ!オメェちょいと向こうの陣地に御用聞きに行ってきな!」
「えええー?!まだ雪はたっぷり残ってて馬は動かせないっスよ?」
「バーカ!テメェなんざ歩きで十分だ!四の五の言ってないでとっとと行ってこい!」
平野部の多いミルトン周辺では、冬の間の移動手段としてスキーが多用される。雪で立ち往生する馬と較べれば、スキーでの移動の方が素早く確実に移動できる。長距離の行軍は無理であるが、陣地から陣地への連絡程度であれば、一番迅速で間違いのない移動手段となる。
「ヒョロガリ」と呼ばれた小男はブツブツ何事かを呟きながら部屋を出たが程なくして真っ青な顔をして部屋に駆け込んできた。
「班長!マズいことになった!」駆け込んできた小男は全身雪にまみれていたが、頭から血を流し、ゼェゼェと肩で息をしている。
「向こうの陣地の奴ら。何をトチ狂ったか俺に向かって魔法撃って来やがったんだ。大方メシが足りなくて腹を立ててるに違いねぇ」
「おい!落ち着け!メシが足りないからって味方を撃つなんざテメェくらいのもんだ。どうにもおかしい」
班長と呼ばれた男は、暫し腕組みして考え込んだ後に立ち上がる。
「おい!テメェら!二〜三人オレについてきな!念のため盾も用意してこい。それとヒョロガリ!貴様は案内役だ!一緒についてこい!」
「おい、マジかよコレ...」
ミルトンの城壁を出て雪の中を進んだ男たちの目に映ったのは、防御拠点だったはずの小さな砦の上に、まるで正当権利を主張するかのようにひるがえる、スフォルツァの紋章が縫い取られた旗だ。
「それだけじゃない」見ると砦の階上に並べられた砲門はミルトンの方に向けられているではないか。
「テメェら、戻るぞ。コイツは城壁勤めの騎士様に報告しとかなきゃならん事態だ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
雪解けとともに、各方面の城壁の守備隊から共和国政府に次々と報告が入る。
曰く
・ 首都周辺の防衛拠点との連絡が途絶えている。
・ 全部の防衛拠点がスフォルツァに寝返った。
・ どの防衛拠点にもスフォルツァの旗が翻っている。
・ 防衛拠点の砲門がミルトンに向けられている。
共和国政府は一時パニックに陥る。
冬に入る直前スフォルツァ城攻略に向かわせた一軍は一兵たりとも戻って来なかった。
すぐに雪が降り出したことでせめて追撃を心配しなくて良いと安堵し、防御拠点と城壁の堅牢さをアテにしてひたすら城壁の中に閉じこもっていたのが、冬が明けると首都の目と鼻の先にある防御拠点がすべて敵の拠点に変わっているのである。
「なぜ?」「いつの間に?」「誰のせいだ?」会議室で飛び交う悲鳴に似た怒号は、だが、一つとして現実的な次の一手を示せない。
「同志諸君!」辛うじてパニックから抜け出せたと思しき青年が、その場に集まる面々に自分の考えを述べる。
「防衛拠点の向こう側には軍閥がいくつかあったはずだ。街道を避けて使者を送り、防衛拠点の背後を襲わせて挟撃するよう申し入れるのはどうだろう?さすれば、補給を断たれた防衛拠点はいずれ力尽きるのではないだろうか」
ついこの間までいがみ合っていた軍閥を書状一つで動かせる、というのはあまりにもムシのよすぎる提案であったが、共和国政府の他の面々も他に有効そうな手段も思いつかなかったことから青年の案は採用され、各地の軍閥に向けた書状が用意される。
隠密行動の経験が豊富な者が使者として選抜され、共和国政府の期待を込めた書状を託されて首都ミルトンを出発する。
ミルトン共和国政府は知る由もなかったが、彼らがアテにしていた軍閥はすべて、先の冬の間にスフォルツァに恭順するかあるいは占拠され、結局すべてスフォルツァの支配下に収まってしまっているのである。
冬というのは、本来はあらゆる移動手段が封じられ、軍隊にとってはひたすら春を待つしかない季節である。その冬の間にミルトン全土を転戦し軍閥の支配地域を勢力下に収めたのは、幽霊馬車という非常識な移動手段をスフォルツァ家が有していたからこそ実現できたわけであり、およそ非常識な戦果と言うほかない。そのような事態を想像できなかったからといってミルトン共和国政府を責めるのはお門違いというものであろう。
とはいえ、直視せざるを得ない現実というものは存在する。
結局一人の使者も帰ってこず、ミルトン共和国政府は再度パニックに陥る。
少なくとも首都ミルトンの周辺には助力を期待できる勢力は存在しない。
ミルトンは完全にスフォルツァ辺境伯の勢力に包囲されてしまっていたのだ。
少なくとも防衛拠点の先の軍閥に期待できないことだけはわかった。
だが、わかったからと言って何だというのだ。
自分たちの気づかないうちに周囲の環境がまったく変わってしまうというのは恐怖でしかない。
周囲の環境についての情報収集すらままならないのではなおさらである。
ことここに至っては、ミルトン政府内で積極策を唱える声などあがるはずもない。
「残された手段は『堅守』しかない」
「幸い、ここミルトン自体は元々王族の直轄地だ。城壁の中だけでも伯爵領程度の土地を持っている。城壁の内側には広大な農地もあり、都市内で自給自足が果たせるのだから無理に外に打って出る必要はない」
「各地から略奪した食糧備蓄も数年分はある」
「スフォルツァの奴ら、急に勢力を拡げたツケはコレから効いてくるぞ」
「イナゴのような軍閥に食い荒らされた土地にしがみつく農民どもの叛乱に怯えるがいい。軍閥どもの昨日はスフォルツァの明日だ!」
「我らは堅固な城壁の中でスフォルツァが自滅するのを待っていればよいのだ」
幸いにも?ミルトンには消極策を許容するだけの備えはあった。
ただし、それが保証する未来は長くて数年、という事実に彼らは自ら目を閉ざしている。
冷静に考えれば、「なぜこうなったか。」を知るための情報収集とかするべきなんでしょうけれど、ダメな組織って往々にして「無難な」行動を選択しがちだったりします。
今回の新要素:
・ 特になし
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