結婚式と就任式と
雪の中、ジョヴァンナとロドリーゴの晴れ舞台にはせ参じます。
「ここより先は皆様、騎馬での移動は困難となります。城までの移動には当領がご用意する特別な馬車に乗り換えていただきます」
コルソ・マルケ砦の城壁の上から城門の先に広がる雪原を指差してジャンフランコが告げる。吐く息は口から出るそばから白く微細な氷の粒に変わっている。
ジャンフランコは母ジョヴァンナのスフォルツァ辺境伯就任の式典に出席するためにスフォルツァ城に向かう途上、国境を越えたすぐの中継地コルソ・マルケ砦で同行者を説得するために城壁にのぼっている。
式典への来賓として彼が随伴しているのは、リモーネ王国王女レイチェルとその護衛たる王国騎士たち。その護衛たちの長が実現不可能な要求に固執するため、それならばと説得のためにここに同伴してきているのだ。
「しかし、それでは我らが護衛の任務を果たすことはできぬ」
リモーネ王国騎士団のメービユス騎士団長が抗弁する。砦までの街道は除雪されていたため馬車の周囲に騎馬を展開する護衛スタイルでも問題はなかった。
対して、スフォルツァ城方面を望む眼下には一面に雪原が広がり、街道らしきものは痕跡すら見えない。騎馬での護衛は砦を一歩外に出たが最後、馬が雪に脚を取られ、そこで終了となることが一目瞭然である。
そこで、現実的な解決策として「特別な馬車」に同行者全員が乗車しての移動を提案するのだが、メービユス騎士団長は騎馬での護衛にこだわりがあるらしい。
「どうしても、とおっしゃるのであれば、雪解けまでこの砦でお待ちを願うことになります。僕は先に出立しますし、足手まといを待つだけの猶予はないのでリモーネの方のお供はかなわなくなりますが」
「あら、この雪の中ですよ?領主のご子息が乗る馬車を襲う酔狂な賊がいるなど考えられませんわ」
「姫様!お寒うございますので早く屋内にお戻りください」
いつの間にか背後に立っていたレイチェル王女にメービユスが慌てる。
「騎士団がついてきてくださらないのなら、わたくし一人でもお父様の名代のお役目は果たせます。ねぇ、ジャンフランコ様」
「この雪の中です。レイチェル殿下には多少ご不快な道行きとなるかもしれません。陛下からの書状だけをお預かりし、皆様には砦でお待ちを願うのがよ 「あら、ジャンフランコ様までそんな意地悪をおっしゃるのね。わたくし、決めましたわ。わたくしはジャンフランコ様の馬車にお席をいただきます。メービユスはお留守番でも馬でついてくるでも、好きにすればよいのです」 」
メービユスが額に手を当て天を仰ぐ。
「仕方ありません。ジャンフランコ様、我らご指示に従いご用意の馬車に同乗させていただくこととします」呻くように答える。
「了解いたしました。ここは寒うございますので子細は階下にて」ニンマリ笑いながら客人二人を階下に誘導するジャンフランコには、メービユスの「この腹黒めが」という呟きが聞こえる。
『来賓の護衛なんて名目で探りを入れようったって、そうは問屋が卸さないよ。皆様には目隠ししたまんま城までおいでいただく以外の選択肢はないんだから』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
城門の手前にある馬場では二両の幽霊馬車が待機している。
いずれも、無限軌道には布が被せられ、偽装のため、ダミーの馬が二頭ずつ繋がれている。
フレデリカとピエレットが先行して乗り込むと、王国騎士のうち三名も後に続く。
「多少、奇異な見た目ではありますが、こちら雪の中でも走破出来る『特別な馬車』にございます」ジャンフランコがレイチェル王女をエスコートし、座席まで誘導する。
ジャンフランコの左右にフレデリカとピエレット。テーブルを挟んで対面する座席にはレイチェル王女と女性騎士二人。その後ろにメービユス騎士団長が乗り込むのを見届け、アンジェロが扉を閉ざしジルベルトを伴って運転席に着く。なるべく「御者席」に見えるよう、屋根が開閉式となっているが、もちろん客人の目がなくなれば屋根を閉じ、透明な樹脂製の窓を閉ざして風雪を防げるようになっている。
王女を護衛する王国騎士の残りと王女の近侍が二台目の馬車に乗込むと、扉が閉ざされる。守備兵が互いに頷きあってから、その手によって無限軌道から覆いが取られ、馬が外される。
窓には覆いがつけられ、外の景色は見えないが、馬車の壁面と天井が明るく光り、空調が動き出す。
「外の景色が見えないのは何とも興ざめではありますが、車内を快適に保つのと引き換えでございますので、暫しのご辛抱を願います」ジャンフランコの説明を合図に、幽霊馬車が滑るように動き出すと同乗者が気づかぬほどユックリと加速を始める。
フレデリカがテーブル上に素早く茶器を並べ【保温】の魔道具から紅茶を注ぐ。
「あら!馬車の中でお茶をいただけるなんて、わたくし初めてですわ」
「車内が暖まるまでの間、粗茶ではございますがこちらでお身体を暖めくださいませ」レイチェルの前では猫を被ってホストに徹するジャンフランコを眺め、フレデリカが笑いを噛み殺す。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
出発した時と同じく、二台の幽霊馬車は音もなくスッと城に設けられたゲストハウス前の車止めに着ける。
「雪の中頑張ってくれた馬を先に外しております。暫し車内でお待ち下さい」
ガタガタとした振動が僅かに車内に伝わるが、「頑張ってくれた馬」など最初から存在しない。振動は無限軌道に覆いを掛ける作業によるものだ。
車外からのノックを合図にジャンフランコは立ち上がり、レイチェル王女に手を差し伸べる。
馬車から降り立つとリモーネ王国の面々は驚きを隠せない。
「まあ!休憩のための宿場かと思いましたが、もうお城に到着したのですね!」レイチェル王女は移動が短時間であったことを単純に喜ぶが、王国騎士団の面々はただただ口をポカンと開けて呆然としている。
メービユス騎士団長に至っては顔面蒼白だ。
条件が良いときであっても馬車で二日の道程である。
それをちょっとした茶会程度の時間で到着したのだから、ジャンフランコの暴走を知らないリモーネ人にはもはや何が起こったのか想像することすら難しいだろう。
「寒いので屋内へお早く」とジャンフランコに誘導されるレイチェルにつられる形でゲストハウスへ向かう一行。ジャンフランコは彼らをそれぞれの客室に誘導しながら、滞在中の注意点を説明する。
「式典まで二日ほどございますが、その間、皆様にはこのゲストハウス内で過ごしていただきます。ご案内あるまでは、城の本館へのご訪問はお控えください。ゲストハウス内には広めの浴場もご用意しておりますので、どうか快適にお過ごしください」
その後は、公務の隙を見て何度かジャンフランコがレイチェルの客室を訪れ、夜には少人数で歓迎の祝宴も開かれる。
そこでの話題は主にスフォルツァの領地で採れる特産物やミルトン風の衣装、メディギーニ商会の新作魔道具と当たり障りのない話題に終止したが、途中途中で何度もメービユスが「特別な馬車」について質問しようとしてその度王女の不興を買う一幕もあった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
式典の朝、ジョヴァンナとロドリーゴは徹底的に磨かれ浄められて城の中央に設けられた講堂手前の控室に入る。
ジョヴァンナの装いは黒色に鈍く光る生地の釣り鐘型のスカートとふっくらと膨らんだ袖、引き絞られたウェストで全体のシルエットを作り、広いデコルテをはじめ各所に白銀色のレースの装飾があしらわれた、成熟した女性らしさを前面に押し出したドレス。その上からスフォルツァの紋章が大きく刺繍された白銀色のローブを羽織る。
その横に並ぶロドリーゴは膝丈の白銀色のパンツに黒く光るロングブーツ、ジョヴァンナのドレスと同じ生地のロングコートの襟元から大ぶりな白銀のタイが覗く、こちらも古典的な男性らしさを前面に押し出した衣装である。
二人に共通するのは、クラシックな様式の装いに新しい素材の組み合わせであり、これは「不易流行」本質は曲げず、ただし改めるべきは改める。けっして流行に流されることはなく、ただし変化を恐れない、という意思表明でもある。
「皆さまお揃いになりました」近侍の声にロドリーゴがジョヴァンナを舞台袖までエスコートする。
「これよりスフォルツァ辺境伯家令嬢ジョヴァンナ様とリモーネ王国ボルツァ侯爵家令息ロドリーゴ様お二方のご成婚の儀を執り行います」
壇上からダラヴィッラが宣言すると楽隊が行進曲を奏で、それを合図にロドリーゴとジョヴァンナが壇上中央まで進む。
リモーネ王国とは異なり、政変後ソフィア教会の影響力が極端に小さくなったミルトンでは「神に誓う」という形の結婚式が行われなくなって久しい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最初にジョヴァンナからロドリーゴへ求婚の言葉が述べられる。
貴族的な修辞を除いて大意を要約すると、「貴方はご自身の苦難の時も変わらずわたくしの手を取り支え続けてくれた。これからもその知恵と器量で変わらぬ献身を捧げ続けてほしい」となる。
続けてロドリーゴからジョヴァンナへの返礼だが、
「貴方は自分にとっての光であると同時に、遠く離れた地にありながら苦難の時を耐え忍ぶ領民にとっての希望の星であった。領民に迎え入れられこの地を統べる今この時より後も、自分は傍らにあって支え続ける存在でありたい」というものであった。
参列者の席から花が投げ入れられる中、ジャンフランコが折り畳まれた白銀の布を捧げ持って舞台袖から入場する。
「母様、こちらを」
受け取った布をジョヴァンナが拡げると、それはスフォルツァの紋章が刺繍されたローブであり、紋章を参列者が見えるように高く掲げるとロドリーゴの肩にかける。
「今よりこの者をスフォルツァの者として迎え入れる!異議のある者はこの場で申し出よ!」と宣言し、参列者の席からは「異議なし!」との声が返る。
ジョヴァンナが講堂の中を見渡し頷いた後、結婚の契約書に両者がサインすると、ジョヴァンナがその場で高く掲げ結婚の成立を宣言する。
軍楽隊が一小節ファンファーレを奏でると、ダラヴィッラが片手を掲げて制し、次の式典に移る。「続けて、ジョヴァンナ様の領主就任を宣言する」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
政変の影響で君主不在となったミルトンでは慣例通りの「君主の命」による領主就任という形式が取れない上に、先代からの継承、という形も無理である。
そこで、この場では新領主ジョヴァンナが領民に対し領主就任を宣言し、領民代表が応えるという形で式典が進行する。
「あの政変の以降、長きにわたってスフォルツァ辺境伯が不在であったこと、誠に心苦しく思います。その中でも侵略者に屈することなく領地を支えてくれた皆を誇りたく思います。侵略者に奪われた土地を奪い返した今、スフォルツァを名乗る者としてこの地に帰り、領地を統べる辺境伯の座に就くこととしたい。皆はこのわたくしを領主として認めてくれるだろうか?」
「政変により領地を導くご領主様が喪われ、我ら領民は何もかもを奪われました。ですが、遠くリモーネの地にあっても領地の窮状に心を砕き、遂には捲土重来を果たして下さった方をお迎えできること。まことにありがたく存じます。我ら領民一同、再びスフォルツァの紋章の下に集うことを喜び、微力ながらご領主様の支えとなりましょう!」
軍楽隊が一小節ファンファーレを奏でる。
「では、これより私ジョヴァンナ・スフォルツァはスフォルツァ辺境伯として政変で荒れた領地の復興を果たすため最大限の努力をすることを誓う。周辺の不穏な状勢を鎮め、領民が安心して暮らせる領地とし、いつかは隣国リモーネのような豊かな領地にすることを目指すとここに宣言する!」
ここで後ろに立つジャンフランコがジョヴァンナのローブに仕込んだ【魔法陣】にこっそり魔力を流し、ジョヴァンナのローブが強化重ね掛けの光を放つ。傍らに立つロドリーゴも同じだ。
「おお!新領主様ご夫妻には神々のご加護があるぞ!スフォルツァに栄光あれ!」
領民たちの席から何やら聞き捨てならない言葉が聞こえたような気もするが、その後に続く万雷の拍手でかき消された、のだとジャンフランコは自分に言い聞かせた。
まぁ、「スフォルツァ辺境伯領が異端だ!」と叫ぶ度胸のある教会関係者はそもそも参列していないでしょうけれど。
今回の新要素:
・ 特になし
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めての作品投稿です。
誤字・脱字など見つけられた場合は、ご指摘をいただければ幸いです。
気に入っていただけたらブックマークなどしていただけたら励みになります。




