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銭と神具は使いよう 〜 元WEB屋は魔法陣を解析して異世界を知る 〜  作者: 冬寂
未来を築く ‐ スフォルツァ辺境伯領

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出立の日

季節はまだ冬ですが、領主夫妻はスフォルツァへと移動します。

「それでは、出立まで暫しこちらでお待ちください」

 ロドリーゴは近侍の声に頷き、この十数年 通い続けた邸のダイニングルームを見回す。テーブルの正面ではジョヴァンナが優雅に茶器を傾ける。別の近侍が屈みこんで何事かを彼女に囁き、ジョヴァンナはそれに軽く頷いて返す。


 今日は彼女と、そして彼女の配偶者となるロドリーゴにとって十数年越しの宿願の果たされる日。間違いなくロドリーゴにとって人生のハイライトとなるはずの日であるが、目に入る景色はこれまで過ごした日々から何も変わらず、そこからジョヴァンナと自分だけが姿を消すことが分かって、ふと寂しさが胸を過ぎる。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 思い起こせば、ここは本来得るはずだった立場を奪われ、美しいパートナーと聡明な息子に逢うにも人目を忍ばねばならない立場を強いられる、雌伏の時間を過ごした場所であった。


 今日、ジョヴァンナと私は雌伏の時に別れを告げ、本来あるべき場所、スフォルツァ辺境伯領の当主とその配偶者の立場へと戻るためにこの邸を後にする。


 本来なら晴れがましい想いで胸がいっぱいになるはずが、今、私は一抹の寂しさを覚えている。


「邸にあるものはジジのために残す、と言ってしまったけれど、いくつかはスフォルツァに運んでもらった方がよかったかしら」

「君がそう思うのであれば、愛用の茶器くらいはあちらで使い続けてもよかったのではないかい?」

 ジョヴァンナが頬に手を当て思案顔になる。

「そうね。でもそうすると他の調度品と品格が揃わなくて浮いてしまうし、何よりメディギーニに申し訳ありませんものね」

 ジョヴァンナと私がスフォルツァ辺境伯領に移るにあたって、調度品からカトラリに至るまで、すべて辺境伯に相応しい品格のものをここリモーネで調達し、スフォルツァ城に運び込まれていると聞いている。品々の選定から調達、国境を越えてスフォルツァ城に運び込む手配まで、すべてメディギーニの手腕によるものだ。


「思えば、メディギーニには世話になりっぱなしですね。彼の力は領地経営でこそ振るってほしかったのですけれど」

「彼に言われたよ。『自分以外にあの若様の暴走を止めることができる者がいるとは思えません』とね。確かにあのジジの手綱を握れる者はそうそういないしね」

 ジョヴァンナと私はスフォルツァ辺境伯領に移動するが、政変からリモーネ王国内に逃れた商会を始め、多くのものをリモーネに残していく。その意味ではリモーネ王国との関係も当面の間は良好に保たなければならない。リモーネに残る者を束ね、王室との関係を調整する役目をジャンフランコに託す。その補佐役を自ら買って出たのがメディギーニだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 旧領地のほとんどを回復したと言っても、スフォルツァ辺境伯領はまだ自力で領地経営が行えるとはお世辞にも言い難い。

 政変以降、内戦状態にあるミルトン国内は荒れ、食糧生産は低水準のまま。商流もズタズタで農業以外の産業もまともには立ち行かぬ状態である。

 スフォルツァ辺境伯領もその例に漏れず、今は農業の復興に注力している状況。特に最近になって奪還した城の周辺の領地の回復は急務だ。戦乱で土地を離れた領民が少しずつ戻って来ているとはいえ、食べるだけで精一杯で、ようやく衣料品の工房がいくつか細々と活動を始めている程度。

 多くの平民が中流以上の生活水準を保ち、魔道具や嗜好品の市場が機能するリモーネとは雲泥の差であり、そこに追いつくまでには、まだ数年の時間を要することになるであろう。


「ジジの才は、お金が動き、多くの商会の力が国を支えるここリモーネでこそ発揮できますものね。スフォルツァの領地は復興が始まったばかり。その復興もリモーネから輸入される物資抜きには立ち行きませんし」

「いつかスフォルツァ領が、ひいてはミルトン全土が復興を果たすまでは、リモーネの資金と物資は手放せないのは確かだね。聞くところによると、リモーネの資金の三割近くがスフォルツァ辺境伯領に流れ込み、食糧品についても同様であるとか」

「まぁ、それではリモーネの側から見ても、スフォルツァ領は『欠くことのできないパートナー』ですわね」

 仮にスフォルツァ辺境伯領が立ち行かなくなった場合、突然行き場を失うことになる資金と物資はリモーネ国内の市場を大混乱に陥れ、無視できないレベルのダメージをもたらすことになるだろう。


「倒れる時は共倒れ。その意味では、『属領にならないか』とのリモーネ王の申し出も理にかなってはおりましたのね。スフォルツァとしてはまったく魅力を感じませんでしたからお断りしましたけれども」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「そういえば、『メディギーニ商会』の看板も掛けかえず、そのままにするんですってね」

「ああ。実質的にはジジが動かすジジのための商会になっているけれど、彼に言わせると『学校を出たか出てないかの若造には商会の看板は務まりません。立派な成人の隠れ蓑が必要です』だそうだよ」

「そうですわね。今のところは商会で売り出す魔道具の出所は伏せたままですしね。あの子が魔道具を開発しているなんて知られたら何が起こるか想像もできませんもの」

 市場に出回っている魔道具は遺跡からの出土品、またはその複製品というのがこの国での常識なのだ。唯一、その常識から外れる者の存在は厳重に秘さなければならない。


「ジジの魔道具はあまりにも…これまであったモノと違いすぎて時々理解に苦しむよ。今はスフォルツァの武力として使うに止めているけれど、彼はいずれ新しい魔道具を市場に出したいと思っているのだろう?」

 太陽の光を魔力に変換して魔道具を動かしたり魔石に魔力を満たしたりする魔道具など、市場に出した時のことを想像すると恐ろしくなる。

「今スフォルツァ邸で使っている馬車なんて、常時【認識阻害】の魔法を発動して目立たなくしていますけれど、馬車自体が魔道具だと気づかれたらとてもではありませんけれど外に乗っては行けませんものね」

「『空に浮かぶ雲に乗ったような』としか表現できない乗り心地だけでも王侯貴族や富豪がヨダレを垂らして欲しがりそうだものね。馬を【身体強化】する装具、隠遁(ステルス)機能に砲弾の直撃を耐える【防護】の【魔法陣】などはまぁ、別の意味で知られてはマズい代物だけれども」


「思い返せば、ジジが規格外の力を発揮し始めた切っ掛けは、壊れた魔道具を手に入れて修理を試みてから、だったね」

 忘れもしない。手紙で呼び出され慌てて戻った邸で見たのは手の平に【魔法陣】を浮かべた息子だった。

「そこからは急すぎて頭が追い付きませんでしたわ。杖の天恵持ち(魔法使い)剣の天恵持ち(騎士)のお株を奪って見せたり、動かなくなった魔道具を動かして古代の宝を手に入れたり」

「そういえば、『幻の書庫』を見つけたりもしてたね」

 ジャンフランコから渡された【鍵】の魔道具を懐から取り出してみる。先日、「父様の願いをかなえる魔道具が出来ました」と渡されたものだ。

 闇属性の魔力を流すと「幻の書庫」への入口が開くと聞いたときには口が顎まで開いてそのままになってしまった。

「あら、当分はその【鍵】を使う暇などございませんよ」

「ああ。もちろん。これからの僕は領地で君を支えるために全力を尽くすさ」

 どうだか、と疑うような目で見られるが、私は本当に最低限しか「幻の書庫」への扉を開くつもりはない。


「『幻の書庫』に至ってからのあの子は、さらに規格外に拍車が掛かった気がしますわ」

「そうだな。『存在しないはず』の神々と約定を結び、二柱の神からは手厚い加護を受けるまでになった。【魔法陣】の謎を解いて、自己流(オリジナル)の【魔法陣】を描くなんて、我が子ながら恐ろしくなるよ」

 そして、この国の貴族を虜にする魔道具を生み出して財を成し、誰も思いつかないような戦術を編み出してスフォルツァにいくつもの勝利をもたらしてくれた。

「それでも、その規格外の力のほとんどをスフォルツァ領が力を得るために使ってくれているでしょう?あの子の力がなければ、こんなに早く領地に戻れたとは思えませんもの」

「そう考えれば、この邸で過ごした時間も無駄ではなかった、ということになるね」

「ええ。領主の義務に煩わされることなく、あの子の母として、あの子を育て慈しむ時間をタップリといただけたのですもの」

 まぁ、その半分はハラハラと気を揉む時間でしたけれど、と笑う。


 ジョヴァンナの笑顔を目にして、はからずも私は先ほど感じた寂寥感の正体に気づいた。


「ここで過ごした時間は必ずしも僕や君の意に沿うものではなかったけれど、だからこそ真に得難い時間であった、と言えそうだね」

「いきなり何をおっしゃるのですか」とジョヴァンナが目を丸くするが、ふ、と笑顔が戻り、「確かにおっしゃるとおりですわね。最初は貴方お一人しか頼れない心細い場所でしたけれど、今にして思えば忘れがたい思い出がたくさん残っているように思います」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 近侍に導かれ、ジョヴァンナをエスコートしてダイニングルームを後にする。

 もう一度だけ振り返るが、すぐに前を向く。

 傍らを共に歩くジョヴァンナと微笑みを交わし、玄関ホールまで進む。


 玄関ホールを出ると、ジャンフランコとその学友をはじめ、見送りのために集まった人が並んでいた。

 その後ろには邸で生活を支えてくれた使用人たちも並ぶ。感傷に涙を浮かべる者が一人もいないのは、彼らが次なる任務を請け負ったプロであるからだ。

 私は彼らに次なる邸の主であるジャンフランコを支える任を与えた。

 スフォルツァ領のリモーネにおける領事館としても使われることとなるこの邸を動かすのは彼らだ。


 ジャンフランコが私たちの前に進み出て短い別れの挨拶を口にする。

「母様、父様。それでは道中くれぐれもお気をつけて。次にお会いするのは就任式ですね」

「あなたも、ですよ。来賓をお連れする役目を無事果たしてくださいね」

「心得ておりますよ」

「若様はわたくしが責任をもってお連れしますのでご安心ください」

 フレデリカの母、()教会騎士のフローレンスが請け負った印のつもりか胸を叩く。

 彼女は既に教会騎士の任を辞しており、今後はこのスフォルツァ邸に常駐し、ジャンフランコの警護に始まりリモーネ王国内の各騎士団との情報交換などの責任者となる。さしづめ、駐在武官といったところか。


 ともかく、これでリモーネ王国での私の役目は終わりだ。あとはジャンフランコを支える者たちに託して行こう。これからの私はジョヴァンナを支え、スフォルツァ領を豊かな領地に変えることに全精力を注ごう。一日でも早くスフォルツァ領が独力で立てる力をつければ、それだけジャンフランコを領地に呼び戻すことのできる日が早まるのだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「では、皆さま。長い間お世話になりました。これからは愚息ジャンフランコをよく支えてくださいませ」ジョヴァンナがそれだけを告げるとロドリーゴのエスコートで馬車に乗り込む。


 馬車の扉が閉まるのを合図に、国境まで護衛するとつけられた王国騎士が数騎ゆっくりと進み始めると、続いてスフォルツァ領から派遣された騎士たち、その後ろに続いてジョヴァンナとロドリーゴを乗せた馬車が静々と動き始める。


 ジャンフランコは馬車が見えなくなるまで見送ると、邸の中に設けられた一室に入る。そこでは数人の男女が伝言の魔道具(メッセンジャー)で何事かをやり取りしては、部屋の真ん中に広げられた地図に何やら書き込みをしていく。


 ジャンフランコはその地図にさっと目を通すと満足げに微笑む。


「街道の周囲の不心得者はすべて発見し排除しております」

「不心得者が残っているとすると、国境までの王国騎士たち(送り狼)くらいですかな」そう言うと顔を見合わせて笑いあう。


 隣国の大貴族にしてはいささか心許ない人数の警護しか配置されていないにも関わらず、誰も不安視していないカラクリはここにあった。街道の周囲には隠遁(ステルス)状態の護衛が配置され、スフォルツァ辺境伯夫妻に仇なそうとする不心得者は、誰にも気づかれないまま排除されていたのだ。この部屋はその見えない護衛達を束ねる指揮所である。


 やがて、ジャンフランコの伝言の魔道具(メッセンジャー)に「無事国境通過」とのメッセージが入る。ジャンフランコがミッション完了を宣言すると、全員が安堵のためか長く息を吐き出す。

幽霊馬車が実用化したことで、春を待たずに移動が可能になりました(その辺のことは別に書こうかと思います)。当然、リモーネ王室は、「まだ雪も残っているのに、強引に移動など可能なのか?」と首を傾げています。


今回の新要素:

・ 特になし


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初めての作品投稿です。


誤字・脱字など見つけられた場合は、ご指摘をいただければ幸いです。


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