【移動準備の一幕】ロドリーゴの資産持ち出し
冬の間の一幕
ジョヴァンナとロドリーゴのスフォルツァ領移動準備は、単なる「引っ越し」にとどまらず、様々なことを片付けなければならない。
ジョヴァンナがリモーネ王国で携わっていた業務は、移動を検討する前々から徐々にジャンフランコへの移管が進められており実務面の引き継ぎはほぼ終わっている。
ただでさえ多忙なジャンフランコがさらに加えてジョヴァンナの業務を単純に肩代わりするわけではなく、現状のジャンフランコとジョヴァンナの業務を再整理して家臣団ないし各商会で肩代りできるよう、体制整備も併せて行われている。
家財などの物理的な引っ越しを除けば、残っているのは代表者が代わることについての顔繋ぎくらいであり、これ自体は大した問題ではない。
問題はロドリーゴである。
ソフィア教会で現職の枢機卿の地位にある彼はスフォルツァ領に移るにあたって還俗することが前提となっており、そのためにクリアすべき課題はそれなりに手間の掛かるものばかりである。
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メディギーニ商会に基金運用のためのチームが設けられ、調査・情報収集のスキルが徐々に上がってきたことで、ロドリーゴが教会内部者として収集する情報の重要度は徐々に下がってきている。貴族家の動向など、手形や商品の動きからある程度把握できるようになりつつある。
また、メディギーニ商会の手足となって動く新たな内部者の育成も進んでおり、この面ではロドリーゴの還俗にあたっての懸念はない。
問題となるのは、「ボルツァ枢機卿」としての財産の扱いである。
実はロドリーゴが枢機卿として保有している個人資産は相当な額にのぼる。
その内訳は、僧籍に入るときに実家であるボルツァ侯爵家から喜捨という形で分け与えられた財産と、十数年にわたり枢機卿の立場に見合った品位を保つために教会から支払われ続けた歳費の合計である。
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その資産をそのまま保持して還俗することができるのであれば、何の問題もないのである。が、聖職者の個人資産はあくまで教会に帰属するという建前が生きている。これは教会資産の散逸を防ぐための制度で、還俗時に持ち出しを許されるのは当面の生活に必要な最低限の財産までとかなり厳しい。
だが、その建前に異議を唱える人物がいた。
他ならぬジャンフランコである。
「あいつらメディギーニ商会にさんざん寄進だ何だとタカる癖に、その上に父様の資産まで取り上げようなんて」
何て強欲なんだ、と憤るジャンフランコをロドリーゴが宥める。
「個人資産としてはビックリする額だけれども、今ジジが動かしてる資産からみたら、あってもなくても、まぁ、誤差みたいなものじゃないか。私は無理に持っていこうとまでは思わんよ」
「金額の多寡ではなくて、ですね」
その資産を得た過程を考えれば、安易に教会に渡したくはない。
「元々は政変後の不安定な立場にあった母様と僕がこの国で生きていくために、父様が僧籍に入ることまで受け入れて得た資産ではないですか」
「すぐにジョヴァンナが旧辺境伯領の資産運用を生業としたことで、君たちは自らとんでもない金額を稼ぐようになってしまって、想定していた使途がなくなってしまったけどね」
「父様、この件は僕に任せていただけませんか」
「構わんが、あまり阿漕なことをして君の立場を悪くするのは避けるように」
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一計を案じたジャンフランコは、その日のうちにメディギーニ商会に小さなチームを作る。
最初の一手として、ボルツァ枢機卿名義の資産は複数の商会を通じて現金化され、その現金は全て、別の商会の手によって「ミルトン共和国政府」発行の「リモーネ通貨建ての」【手形】に替えられる。
【手形】自体は偽造でも何でもない、正真正銘ミルトン共和国政府がリモーネとの交易のために乱発した【手形】である。が、混迷を極める隣国政府が発行する手形を額面通り引き受ける呑気な商会などこの世のどこにも存在しない。額面上は「大金貨十枚」の【手形】で共和国政府が引き出せたのは「小銀貨一枚」限り。それが更に割引に次ぐ割引を経て、その価値は「錫貨一枚」。一千万分の一にまで割り引かれた、紛うことなき「紙屑」である。
その「紙屑」をわざわざリモーネ中の商家から掻き集められたのも、ある意味メディギーニ商会の底力と言えなくもない。
帳簿上は「額面どおりの金額で記載」された【手形】の束はキレイに体裁を整えられて、教会内のボルツァ枢機卿名義の金庫に納められる。実際には「少し贅沢な庶民の食事」程度の価値しかないものであるにも関わらず。
ちなみに、「複数の商会」はすべて登記簿上のみの商会であり、どこをどう辿ってもメディギーニ商会やジャンフランコに辿り着けないよう巧妙に偽装されている。
当然、【手形】の額面と実際の価値の差額がどこに消えたのか、誰にも追うことは出来ないだろう。
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帳簿上、ロドリーゴが莫大な個人資産を教会に残して還俗するように見えたからだろうか、彼の資産の確認をする役目を巡っては、ちょっとした諍いが起きたとか起きなかったとか。
結局、ロドリーゴの還俗の当日に訪れた財務担当の枢機卿は、帳簿上の資産残高に驚き、金庫の中身を改めて【手形】の額面と枚数が帳簿と合致することだけを確認して満足するような盆暗であった。
資産を教会に譲渡する書類にロドリーゴがサインし財務担当枢機卿がサインした瞬間、ロドリーゴがニッコリと微笑む。
ちなみに、後日その枢機卿の名前でボルツァ前枢機卿の資産をすべてミルトン共和国政府名義の手形に替えるよう指示する手紙が発見され、身に覚えのない横領の罪で彼が断罪されるまでがセットである。
ジャンフランコが「ある意味、様式美なんだよね」と悪い顔で微笑む。
こうして、ロドリーゴの個人資産はほぼそのまま、ジャンフランコが運用する基金内のロドリーゴ名義の口座に移し替えられることとなった。
「遣り口はまんま金融犯罪というか詐欺だけどね。父様の資産を父様のものにして何が悪いと言うんだい?」と開き直るジャンフランコであった。
「目的が手段を正当化する」を地で行くジャンフランコの思考は、既に法治国家たる現代日本ではなく、この世界に生きる人間のものに染まってしまっているのだ。
これは異世界にでも行かない限り犯罪です。
真似しちゃいけません。
ダメ絶対。
今回の新要素:
・ 特になし
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