雪はすべてを覆い隠し、地図は人知れず塗り替えられる
幽霊馬車は、冬の間のゲームチェンジャーとなります。
スフォルツァ城の防衛戦が終わり、季節は秋から冬に移る。
除雪などの行き届いた都市部を除けば雪により人の移動が制限される冬。
馬車・騎馬による移動は雪による制約が大きいため、物資の移動や流通も最低限となり、ましてや軍事行動などは考えられない季節である。
この状況を逆手にとって、誰も気づかない中ミルトン国内全体で静かな変化がもたらされる。他ならぬスフォルツァ辺境伯領によって。
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窓の外をとんでもない速さで後方に流れていく景色。
身体に伝わる極わずかな振動から、辛うじて乗り物に乗っていることを感じられはするが、今、彼等は、雪に覆われた平原を信じられないような高速で移動している。
「久しぶりの故地となりますが、まさかこの冬のさ中に訪れることになるとは思いもしませんでしたな」外は雪で覆われ、真っ白な平原以外は何も見えないはずだが、シビエロ侯爵にとっては十数年ぶりの故地であっても地形や風景がわかり、故地であるが故の感慨があるのだろうか。
「ほら、城が見えてきました」
雪をものともせず突き進む幽霊馬車の中は魔道具による空調で快適なままである。が、シビエロ侯爵はその快適さに背を向けるように窓に張り付いたまま外の景色に釘付けである。
「ここからは【隠ぺい】を発動して近づきます」【魔法陣】を起動するのはティツィアーノ。たまたまスフォルツァ城を訪れていたために政変に巻き込まれることはなかったものの、領地を逃れてきた領主一族と共にその後コルソ・マルケ砦に身を寄せることになったシビエロ侯爵にとっては、長子であるティツィアーノを含め一族を引き連れての故地回復戦である。
「では、ジャンフランコ様お願いいたします」
「いや、ここはシビエロ侯爵にお願いできますか」
「了解です。いつまでも若様頼みというわけにはいきませんからな」
ジャンフランコが開発した範囲【睡眠】の魔法はスフォルツァ領に縁のある杖の天恵持ちの間で共有され、この冬に予定されている一連の作戦の一部となっている。
「そういえば、父上はいつの間に闇の属性を発現されたのですか?」
「いつの間にか、だね」
シビエロ侯爵が息子に向かってウィンクする。
「いつか、お前にもやり方を教えてやれる時が来るさ」
神々と約定を結んで属性を増やすやり方は、いまだに限られた人間の間でしか共有されていない。ソフィア教会の影響力が無視できるようになるまでは、その秘密を知る者が増えれば教会と事を構えることになるリスクが高まる。ジャンフランコも制限を緩めるつもりはない。
「始めますよ」
シビエロ侯爵が魔法を発動する横では、ティツィアーノが伝言の魔道具を通じて伴走する二台の幽霊馬車に乗るシビエロ侯爵麾下の騎士団に合図を送る。
「【睡眠】の発動は順調。抵抗の兆候は見られず」【身体強化】により視力を強化したフレデリカが監視結果を報告する。「【睡眠】による制圧完了」
「【睡眠】による制圧完了。突入開始」 ティツィアーノのメッセージで二台の幽霊馬車が【隠ぺい】を解除して前進を開始する。この後の手順はスフォルツァ城を奪還した作戦の再現である。
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「空き家にしていたから仕方ないとはいえ、いささか悪趣味に変えられすぎですわね」ドレスではなく戦装束をまとったシビエロ侯爵夫人が見たこともない家具や装飾品で様変わりした城内を心底嫌そうな顔で眺めながら、それでも城内を奥へと進んでいく。そもそも、あちこち魔道具による空調が止まり寒々とした城内はとてもではないが快適に過ごせる場所には思えない。
「しばらくはご不便をおかけしますが、春には家具や装飾品の入れ替えも叶いましょう」
「若様にご心配いただくなど。それに、春まではわたくしも各地を転戦しますし、この城に戻ることもそうはないはずですわ」
コルソ・マルケ砦の守将の一人としてスフォルツァ辺境伯領の将兵を率いてきた彼女からすれば、不在の間に様変わりしてしまった居城よりも、戦地に身を置く方がまだ居心地が良いそうだ。
ここまで一切の抵抗がないまま、一行は城の最深部に到達する。
「では、僭主一族の皆さまにもお話を伺うとしますか」
そこだけ空調の効いた執務室に倒れ伏す男女を起こすと、シビエロ侯爵による「平和的な話し合い」が始まる。ここも他の軍閥と同じ。困窮から将兵と僭主一族の間に軋轢が生じて指揮命令系統も崩壊しており、シビエロ達による占領はその後、むしろ旧領主の帰還として歓迎されることになる。
「では、領地のことは騎士団に任せて次に向かうとしますかな」
「このまま旧領地の立て直しに注力されても構いませんよ。母様もそうおっしゃっていたではありませんか」
「それではわたしの気が済みません。政変からこちら、当家はスフォルツァに大変な恩義を受けています。これをお返しするためにも、シビエロ家は最後までお付き合いいたしますよ」
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旧シビエロ侯爵領と同じことが、ミルトン各地の軍閥の拠点で繰り返される。
幽霊馬車の機動力は雪であろうが何であろうが障害とはならず、更に馬車を遥かに上回る速度でミルトン中を駆け回りスフォルツァ辺境伯の勢力圏を広げていく。
ミルトン各地の軍閥の拠点に幽霊馬車が出没し、ほとんどの僭主は提案された交換条件に満足して領地と手勢の放棄と譲渡に同意する。
同意しない場合も【睡眠】で無力化され拘束されるだけの違いでしかなく、こうしてミルトン各地に割拠する軍閥は次々とスフォルツァ辺境伯領の統制下に入っていく。
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同じことが、今度は首都周辺に展開していたミルトン共和国の防衛拠点にも起こる。
雪の中行軍し攻撃を仕掛ける軍隊の存在など、そもそも想定している将兵は皆無である。油断しきった守備隊は隠遁状態の幽霊馬車から放たれた【睡眠】魔法により次々無力化され武装解除され、そして沈黙していく。
本来なら、防衛拠点からの連絡が次々と絶えたならば異常事態と捉えて周辺の警戒を強めるなどの動きがあって然るべき...であるが、スフォルツァ城での敗戦で主戦力を喪ったミルトン共和国政府は混乱のさ中にあり、次々と途絶える直轄地や防衛拠点との連絡を気にする者はいない。
警戒を強めようにも、周辺に偵察部隊を回すこともできず、仮に援軍や助力の要請があったとしても対応する余力などない。
むしろ、ひたすら最低限の残存兵力で守りを固めることに注力し、外界との連絡を一切閉ざす。
冬の終わりが近づく頃には、ミルトン共和国の首都周辺はスフォルツァ辺境伯領の勢力により完全に包囲されていた。防壁の向きや大砲の配置も変わり、首都周辺の拠点は外からの侵入を防ぐための防衛拠点から、首都を封鎖するための包囲網へとその役割を変える。
冬が明け雪で隠されたものが露わになるまで、ミルトン共和国政府がその現実を目の当たりにすることはないだろう。
(補足)亡命貴族としてリモートに滞在していたもう一人、チェラート伯爵も同じように旧領の回復に自ら乗り込んでいます。
今回の新要素:
・ 幽霊馬車を用いた雪中の電撃戦
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