領主の(一時)帰還 (お忍び)
スフォルツァ城防衛線の時間軸に戻ります。
ジャンフランコがその知らせを受け取ったのは、王室に招かれての朝食会で談笑している最中であった。
後ろに立つフレデリカが急に持ち場を離れる。人のいない場所に向かって二歩三歩。一時こちらに背中を向けていたかと思うと戻ってきて、同じく護衛についていたメディギーニの肩を軽く叩いて手の中のものを見せる。
その動きでジャンフランコにはピンときた。おそらくはミルトン共和国の主力部隊がスフォルツァ城の警戒域に入って捕捉された、その第一報だろう。
ジョヴァンナもメディギーニとフレデリカの動きでピンと来たはずだが、王妃を相手に何食わぬ顔で最近の魔石市場の動向について話している。
「魔石の価格の動きというのは面白いのですね」
「はい。今一番取引されているのは空の魔石に魔力を込めて売られているものですね。生活用の魔道具で使われるくらいの小さ目な魔石は取引量が多い分、価格もこなれております」ジョヴァンナがチラリとジャンフランコの方を見る。目で『軽々に動かないように』と言っているのが分かる。
「少し大きめの魔石になると、属性によって値段が大きく変わります。木火土金水は比較的安く手に入りますが、光属性の魔石は大きさが変わると市場価格が跳ね上がることもございます」
「ほかに闇属性の魔石というのもありますよね?」
「闇属性の魔石は大きさによらずとてつもなく高価です。何より滅多に見ることが叶いません」
ジャンフランコとしては少しでも早く戦況を伝える第一報に触れたいところだが、今は仕草や顔色から何事かあったかと悟られぬよう如才なく振る舞うことに全力を注ぐ。
「そんなことをおっしゃいますが、スフォルツァの皆様なら何か秘密の入手方法をご存知なのではないのかな」
「まぁ!確かにそんな方法があるのでしたら大金が転がり込んで来そうですね。でも、闇属性はソフィア教会が遠ざけよと説く禁忌の属性でもあります。仮に利が大きくても危険も大きいものと存じます」
「ソフィア教会に少々睨まれてもロドリーゴ様にとりなしていただけるのではありませんか?」
「殿下、しがない学僧でしかないわたくしめにはそのような力はございませんよ」今日のロドリーゴはいつもの僧服ではなく、いかにも高位貴族の男性が着るような装飾の多い衣装を纏っている。それを言うならジョヴァンナもジャンフランコも同様なのであるが。
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その後もいくつかの他愛ない話題が続いたが、予定した時間通りに朝食会は終わり、一行は王宮を辞する。
帰路の馬車の中、【防諜】の【魔法陣】を作動させてようやくスフォルツァ城からの報せを確認する。
「『敵の砲兵隊が目の前に並ぶのはなかなか壮観ですな』(ダラヴィッラ)ですって。肝が据わっていると言うか据わりすぎていると言うか」
ダラヴィッラの人となりを知ってるだけに苦笑するしかない。
『ダラヴィッラのことだから、敵に向かって『俺を狙って撃て』って挑発しててもおかしくはありませんよ」
こちらからはメッセージを送らずにひたすら報告を待つ。現時点では現場の判断に任せる他はなく、戦場から離れたこの場から指示することなど何一つない。
そして待望のメッセージが届く。
「第一段階完了。敵砲兵隊と魔導士部隊は『消滅』」(ダラヴィッラ)
たった二行の短いメッセージにすべてが凝縮されている。
ダラヴィッラは決して戦果を誇張したり適当に表現したりする将ではない。その彼にして「壊滅」でも「全滅」でもなく「消滅」である。「指揮命令系統を喪って軍勢として動けなくした」でも「軍勢として致命的な被害を与えた」ですらない。一兵残らず消し去った、ということを伝えたいのでなければ「消滅」などという表現は用いないだろう。
「第二段階完了。敵歩兵部隊を無力化。これより第三段階に移行します」(ダラヴィッラ)
「味方の完勝の報告を受けて大変嬉しく思います。落ち着いたら被害など詳細の報告もお願いします」(ジョヴァンナ)
「これは、実際に城に赴いた方がよいかもしれませんね」
「何を言うのですか、ジジ。何日も邸を空けるわけにはいきませんよ」
「いえいえ、コルソ・マルケ砦に置いてある僕の幽霊馬車を使えば今日のうちに行って帰って来れますよ」
そこへ「味方の被害はほぼ皆無。【城壁】には傷一つありません」(ダラヴィッラ)とのメッセージが入る。先の「消滅」と合わせて、このメッセージの破壊力は相当なものだった。ジョヴァンナが馬車を操るメディギーニに行き先の変更を命じたのだから。
「今からそちらに向かいます。受け入れの準備をお願いします」(ジョヴァンナ)
装甲馬車は追尾防止のための【認識阻害】に加えて【隠ぺい】を発動した上で国境へ向かうべくルートを変更する。
走り続ける馬車の中からジャンフランコがメディギーニ商会に向けて指示を飛ばす。
「スフォルツァ城の防衛戦勝利。これを前提に情勢分析を再評価し、一週間後の市場の動きを前提に投資計画と出資計画の見直しを。なお、本情報の連携範囲は商会内でも必要最小限とすること。一日長く気取られずに先手を打てば、それが一日分の利を生むことを忘れないように」(ジャンフランコ)
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コルソ・マルケ砦では着替えの時間すら惜しんでそのまま幽霊馬車に乗り換える。
幽霊馬車に乗り換えてからはジャンフランコの本気の全開走行に同乗者の顔が引きつるが、彼は全くお構いなしだ。同乗者たちもそのうちにフレデリカと同じく慣れることになるのだが。
その間も、防衛戦に参加した将兵からの直接の報告も次々と飛び込んでくる。
「敵歩兵部隊の捕縛完了。眠りこける敵兵を縛り上げるのは簡単すぎますな」
「『回廊』が敵勢力の空白地帯になっていることを確認。前線を押し上げます」
「『回廊』入り口に簡易な防衛拠点を構築。後ほど補強と防衛のための部隊展開をお願いします」
ふと装甲馬車の窓の外を流れる景色に目をやったジョヴァンナが「この辺りはこんなにも荒廃しているのですね」と呟く。
「次は復興ですね。【中継局】を中心にした復興の計画もまとまりつつありますからご安心下さい」政変後の混乱を避けて各地に散らばった人たちを呼び集めるのは大変だが、そこまで完遂して始めて旧スフォルツァ辺境伯領を回復したと言えるのだ。
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幽霊馬車に乗った一行がスフォルツァ城に到着したのは太陽が中天にかかる少し前であった。
城が正面に見えた時点でジャンフランコも馬車の速度をおとす。
城門の手前、跳ね橋が下りたところには騎士たちが左右に整列しスフォルツァ城の本来の主を迎え入れる。そのまま跳ね橋を渡り城門をくぐると、急いで用意してくれたのだろう、城壁の上から紙吹雪が降ってくるのに気づき、幽霊馬車の一行の表情が緩む。
騎士の並ぶ列の間をゆっくり進んでいくと正面にダラヴィッラが仁王立ちしているのが見え、ジャンフランコはそこで馬車を停める。
最初にメディギーニ、続いてジャンフランコとフレデリカ、最後にロドリーゴにエスコートされたジョヴァンナが降り立つと、並び立つ将兵たちからワッと歓声が上がる。正面のダラヴィッラがジョヴァンナに向かって跪くと、将兵達もザッと音を立てて一斉に跪く。
「仇敵を退け、この城の護りの堅さを誇る今日この日に、城の本来の主であるご当主をお迎えできたこと、歓喜に堪えません」
ジョヴァンナにそう告げるダラヴィッラの目に光るものが浮かぶ。
ジョヴァンナがダラヴィッラの前に立ち、手を差し伸べて彼を立たせる。
「これまで我がスフォルツァ辺境伯領を支え続けてくれた皆の献身に深く感謝します。政変で一度は狂信者どもの勢いに呑まれかかったにもかかわらず国境の手前で踏みとどまり、ついにはここまで押し返してくださいました。また、領地に財をもたらす商人たちを保護して隣国に逃がし、ついには領地を回復する力となるまでに育てていただいたのも皆さまです」
将兵たちが一斉に立ち上がる音が城内に響く。
「その皆さまのご助力は、我が子ジャンフランコの類稀なる発想力を育み、遂には狂信者どもに奪われた我が始祖の地、このスフォルツァ城を取り戻す力を得るに至らせたのです」
将兵たちの視線が一斉にジャンフランコに集まる。
「そして、改めてこの城を目にして、わたくしは深く感動いたしました。この城はただの苔生した石積みで出来上がった古城ではありません。この地に満ちた様々な恩恵を宿した祝福された城として生まれ変わりました」
将兵たちの間から「応!」と声があがる。
「皆さまもご覧になったでしょう!狂信者どもの放つ凶弾を弾き返し、彼ら自らを焼く炎へと変えた様を! 城壁から撃ち下ろした砲火が天をも焦がす炎と変じ、遂には彼らが存在した痕跡すら残さず消すに至った様を!」
将兵たちの間から再び 「応!」と声があがる。
「まずは旧スフォルツァ領をすべて回復しましょう!そして、いずれはこのミルトンの地すべてを狂信者どもの暴政から解放するのです!そしていつかはかつてのような豊かなミルトンをスフォルツァ家の手で取り戻そうではありませんか!」
ジョヴァンナの答礼は、歓声と万雷の拍手でもって歓迎された。
政変で異国に一人取り残された領主の令嬢が、スフォルツァ辺境伯領の将兵たちから新たな領主として迎え入れられた瞬間であった。
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戦勝を祝う宴席ではジョヴァンナとロドリーゴ、そしてダラヴィッラを将兵たちが囲む。十年と少しの不在から帰還したジョヴァンナを迎え、古参の将兵が思い出を語り、旧領地の回復を喜び、あるいは奪還を誓う。宴席は夜遅くまで続けられた。
成人前のジャンフランコはスフォルツァ城奪還の際、あるいは【城壁】構築の際に顔見知りになった将兵たちの輪の中に次々と招かれ、彼の魔道具がいかに戦勝に貢献したか、彼が新たに導入した戦術がいかにうまくハマったか、身振り手振りを交えながら熱く語るのをただ頷きながら聞き入った。
自らの目で防衛戦を見ることが叶わなかったジャンフランコにとって、それは何より知りたかったことだ。
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「少し仮眠をとられますか?」主の疲労を気遣うフレデリカに「いや、皆さんの話をもう少し聞きたい」と答えていると、メディギーニが近づいて来て「また羽交い絞めして馬車に押し込められたいのかい?」と笑う。
「真面目な話、ロドリーゴ様のこともあるから遅くても明日の朝にはリモーネに戻ってなければならん。若様には今日まだこの後にも大事なお役目があることを忘れんでもらいたい」
メディギーニに頷くとジョヴァンナあての伝言を頼み、フレデリカを伴って城に設けられた自室に向かう。フレデリカに入り口の警護を頼み、寝台に横になると耳元で囁く声が聞こえてきた。
『ついにこの地を取り戻したのだな。まだまだ荒れた地が広がるこの国であるが、だからこそ其方にはこの地をいかようにも変える力がある。そのこと努々忘れるでないぞ』久々の託宣に居住いを正す。
「この地にはまだソフィア教会に屈服しない勢力が残っていそうですね」
『其方ならその者どもを束ねることも容易かろうぞ。妾は其方が教会の廃墟を別の姿に変えたことを好ましく思っておる。この地を再びソフィア教会が侵さぬよう保つことが其方の力となろう』
ジャンフランコを使徒とし、加護を与える二柱の神による祝福がジャンフランコの全身を包む。祝福が与える心地い良い熱を感じながらジャンフランコは眠りに落ちていく。
この後、ジャンフランコ君には両親を乗せてリモーネに戻るという重大なミッションが残っています。
今回の新要素:
・ 特になし
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