不機嫌な王女案件と不機嫌な辺境伯令息
リモーネの王女が不機嫌という背景を知って、ジャンフランコが更に不機嫌になります。
「【城壁】工事と伝言の魔道具の【中継局】が完成して、これから祝宴、ってタイミングだぞ。オアズケ喰らうにも理由が理由だ。納得できるわけがないじゃないか」
延々と愚痴り続けるジャンフランコを乗せて、装甲馬車は国境に向かってひた走る。メディギーニに引き摺られて装甲馬車に押し込められて連れ戻されるのはスフォルツァ城に引き続き二度目だ。
一行が国境を越えてスフォルツァ邸に着いたのはその日の夜半過ぎであった。
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ジョヴァンナが拡げて見せた手紙の文面を見て、ジャンフランコは頭を抱えたくなった。王女らしく流石に流麗な文字で王族らしい修辞で長々と言葉が連ねられているが、要は「なぜ来ない。学友なら早く顔を見せに来い」というだけのことである。
「約束では王宮の事務職員から連絡があるはずではないですか。日程調整も何もなしで早く来いって臣下扱いじゃないですか」
まだ事務職員からの連絡はないはずだ。事前の約束事を完全に無視して王族の我儘を押し通そうとしたというのは、王女の幼さ・未熟さを考えても決して許されることではない。
「よい機会です。王族というのはそういうものだと覚えておきなさい」
翌朝を待って王城にあてて使者を立てる。催促の手紙を受けてすぐにでも登城すると伝えたはずが、回答は何と「三日後、迎えを寄越す」というものだった。
これを聞いたジャンフランコが荒れること荒れること。
あまりにも聞くに堪えない暴言を発し続けるために、対処に困ったジョヴァンナとフレデリカは仕方なく彼を魔道具工房に押し込める。
本来なら今日は朝からコルソ・マルケ砦の【城壁】構築作業を始めているはずだった。今日の面会のために急いで呼び出したのなら、対応による遅延も一日かそこらで済み、まだ遅れも許容範囲に収まるはず。それが、三日間が丸々無駄となり作業復帰に向けて動けるのは早くても四日後、となるのではさすがに論外である。
「無意味な変更でスケジュールを遅延させる罪は万死に値する」と延々呪詛を吐き続けるジャンフランコに対し、「魔道具の力で解決するのはいかがでしょう」と提案したフレデリカはどんなに称賛されても称賛のされすぎではないであろう。放っておけばジャンフランコは王宮一帯を人の住めない瘴気だらけの沼地に変えてしまうところだったのだから。
彼が王族に対する呪詛の念を延々とぶつけた成果。二日後に出来上がったのは、金属性の魔力で動くモーターと無限軌道の部品一式、そしてそれを生産するための魔道具の部品一式である。
ジャンフランコは完成形を思い描くことでようやく留飲を下げることができた。
開発の続きはコルソ・マルケ砦で。これで冬の間暴れ回ってやる!と強く心に誓う。
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翌日、スフォルツァ邸に訪れた王宮の馬車に揺られ、登城したジャンフランコは前日までの呪詛を呟きながら【魔法陣】を描き続けた人物と同一人物とは思えない爽やかな少年に変貌していた。完璧な作り笑顔と流麗な所作。流石に目の下のどす黒いクマだけは彼の努力ではどうしようもなかったが、フレデリカとジョヴァンナの手によるメイクによりひとまずは目立たない程度には取り繕った。
庭園に通される、その一角に設けられた東屋にはいかにも待ちかねた、という風情の王女が着座して待っていた。型通りの挨拶を済ませて着席するものの、その知識は商いと【魔法陣】に全振りしたジャンフランコである。王女との間では会話のとっかかりにすら困る。
「あの 殿下」「レイチェルと呼んでくださいませ」
「レイチェル殿下」「レイチェル、です」
「レイチェル様」「レイチェル、ですってば」
「では 、レイチェル」「はい」
「どんなことを学ばれていますか?もしくはどんなことを学ばれたいですか?」
「それなら、ジャンフランコ様の考える商いについて教えていただけますか?」
「かしこまりました。まずは商いの前提からご説明しましょう。
「商いは、【モノを売りたい人】と【モノを買いたい人】が出会うことから始まるのです。これが実は大変難しくて、何もしなければ、売りたい人が多すぎてモノがダブついたり、買いたい人が多すぎて取り合いになったりします。そうならないよう、両者の間を取り持つのが商いであり商人です」
ここで一度説明を止めて王女の顔色を窺うジャンフランコだったが、飛んできた暴言に頭を抱えたくなった。
「売りたいモノがあるのなら、買うように命じてしまえばよいではありませんか。商いというのは簡単なお仕事なのですね」
「レイチェル、買いたくもないモノを無理矢理買わせるのは商いではありませんよ。それは平民同士であれば『押売り』といって犯罪行為の一つです」
そこから言葉を尽くして繰り返し説明した結果、ようやくレイチェル王女に【売買は命令や強制ではなく合意によって成立するべし】という基本的な前提条件を理解させたところに侍女が次の予定を告げて時間切れとなった。
これ幸いと「次にお会いする時まで今のお話について考えてみてください」と告げてその場を辞する。
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庭園を出るまではいかにも貴族風の優雅な所作を維持していたが、王女一行の姿が見えなくなったところで速度優先に切り替える。フレデリカと合流し、出口へ向かう。先ほどの王女との対面を思い出して暗澹たる気持ちになった。今時の貴族が平民に横暴を働くことが少なくなったのに較べて、先ほどの王女はいかにも昔の王族なり貴族の考え方そのままであった。少なくとも自分との溝を埋めるのは大変だろう。
途中で事務職員に呼び止められるが、構わず足を止めず歩き続ける。
車止めで追いついてきた事務職員に「僕は多忙なのでアポ取りであればメディギーニ商会へご相談ください」とだけ告げて装甲馬車に飛び乗る。
『来客本人を呼び止めてアポ取りを試みるとは、王宮の職員のレベルも知れているなぁ』
先に乗り込んでいたメディギーニに目で合図すると装甲馬車が出発する。近衛兵と思しき騎馬が追尾してきたのが見えたが、【隠ぺい】【認識阻害】を発動すると速度を上げて一気に振り切る。
装甲馬車に繋がれた馬には予め【身体強化】の魔道具を着けさせているので、そのまま国境へ向け全速力で駆ける。
「あー肩が凝る。お貴族様はよくこんな窮屈な恰好で一日過ごせるもんだな」
馬車の中で貴族子弟風の装飾過多の衣装を引き剝がすように脱ぐと、ようやく人心地がつく。そのまま鎖帷子を着込み、その上に簡素なローブを羽織る。ジャンフランコの鎖帷子は自身の天恵で木属性と土属性の複合素材で作った特別製なので、実は装飾過多の貴族風の衣装よりも格段に軽い。
ちなみに上に羽織るローブも見た目はシンプルだが裏地に様々な【魔法陣】が金属性のインクで書き込まれており、着るだけでさまざまな強化を得られるスフォルツァ辺境伯領独自のものである。
「あの、ジャンフランコ様も立派な『お貴族様』ではあるのですよ。王族や高位貴族との面会の機会も増えてきますし、いい加減慣れてくださいませ」
「辺境伯領ってのは元来そんなお上品な振る舞いが不要な領地のはずなんだけどな。戦装束の方がよほど落ち着けるってものだよ」
次の王女訪問はこの格好でいこうか、という物騒な呟きは聞こえなかったことにしたいフレデリカであった。
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コルソ・マルケ砦に到着した直後から、休む間もなく残りの【城壁】の置き換えに着手し、作業が遅延していることへの苛立ちをぶつける様に集中して作業を進めると、翌日の午前中にはすべての作業を完了させてしまう。
「それで、リモーネの御姫様はどうだったんですか?作業を四日も遅らせるだけの価値はあったんですかい?」作業が計画から遅延した影響を受けたのがジャンフランコだけでなかったことは、メディギーニの棘のある口調からも明らかだ。
「リモーネの王族の頭の中は百年前で止まってるんじゃないか?と疑いたくはなったね。商人に命令したら何でも言うことを聞かせられるって思い込みを捨てさせるだけで昨日の面会時間を使い切ったくらいだ。ついでに言うと王宮の職員もまともなスケジュール調整すらできない奴ばっかだね」
で、リモーネ王族の価値観についての情報は四日間の遅延に見合うかい?との問いに返ってきた答えは当然「論外」である。
【城壁】の動作チェックをメディギーニとコルソ・マルケ砦の守備兵に任せると、午後からは魔道具工房のためのスペースをコルソ・マルケ砦の地下に設ける作業に取り掛かる。内容は以前シュナウツァー商会に設けた地下工房と同じだ。
地下一階に出入り口を設け、地下二階から地下六階までの五層の地下スペースを一気に構築する。魔力回復薬を呷りながら休んでいると、その横を守備兵が生産のための魔道具類を運び設置していく。これは事前に作成しておいて装甲馬車で持ち込んだものだ。
この新しい工房は、主に伝言の魔道具、【治癒】の魔道具、【隠ぺい】の魔道具など、今後の戦術のキーになる魔道具を量産するための工房となる予定だ。今まではリモーネ国内でしか生産できず、密輸同然の方法で国境を越えてミルトン側に持ち込むしかなかったのだ。それをコルソ・マルケ砦で生産し、即前線に送り込めるようになったのは大きい。
工房での魔道具製造体制の立ち上げや生産設備類のチェックはメディギーニ配下の職人達に任せ、ジャンフランコ自身は工房の立ち上げ作業から一旦離れる。
ここまでで二日間。
ジャンフランコの時間を四日分空費させたことで、実はスフォルツァ城への魔道具の供給にも遅れが出てしまってます。レイチェル王女が意図してやったのだとすると、裏に破壊工作のプロの存在を疑いたくなりますね。
今回の新要素:
・ (まだ部品だけど)無限軌道っぽいもの
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