王室も無視できない力の源泉
ジャンフランコの、というよりはスフォルツァ辺境伯領の資金は、いまやこんな感じで動いてます。
メディギーニ商会の一角。
六年前は中庭だった場所に、新しくこじんまりした建物が建っている。
建物の二階部分はフロアいっぱいの一続きの広い部屋になっており、そこでは数人の商会員が忙しなく働いている。
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部屋を入って左手側にはところ狭しと新聞の切り抜きやメモ、手紙の写しなどが貼り付けられている壁がある。
ジャンフランコがその部屋に入って最初に歩いて向かうのはその壁の正面だった。左から右へと古い順に目を通していき、初見の紙片、つまりは二週間前より新しく起こった出来事を書いた紙片に目を留めると、神測を右手に顕現させる。
右手を壁面に翳すと、次々と貼り付けられた紙片の内容を読み取っていく。
「この秋はやはりどこの領地も不作気味かな。予想との乖離はどれくらいになりそう?」
「ジャンフランコ様の予測との乖離であれば誤差の範囲かと。ですが、先物市場は豊作〜平年並みの予想で動いてまして、多めに先物を押さえたのが功を奏し、穀物の先物は予定以上の利益が出そうです」
市場に流布する予想や予測とは異なり、メディギーニ商会独自の予測は気象や気候、肥料や農機具の流通量をはじめとした膨大なデータを元にしており、抜群の精度を誇っている。
一方、市場に出回る予想の精度はまちまちであり、その差が正にメディギーニ商会の稼ぐ利益の源泉ともなっている。
ジャンフランコがよく言うように「ヘボ占い師はコチラの懐を豊かにしてくれる」のである。
「要注意はある?」
「継嗣争いの混乱で来季の収穫に影響の出そうな領地が一つ」と書き付けの一つを指差す。この丁寧で優美な手跡はロドリーゴのものだろう。
ジャンフランコが首を傾げて考えている間に、神測が先ほど読み取った雑多な情報を仕分けし、評価を下していく。
複数の商会の情報網にロドリーゴによる教会の内部者情報が加わり、今やリモーネ国内のありとあらゆる情報がメディギーニ商会に集約される。それらを集約・分析して情報の価値を高めるのは、ジャンフランコの【神具】神測の権能だ。
壁の紙片のいくつかに手書きでメモを書き加えると、反対側の壁面に向き直る。
そして、次のステップで情報は資産に置き換えられる。ここで活躍するのも同じく神測である。
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書棚いっぱいに並ぶのは手形や出資の約定を記した契約書などを出資先ごとに整理した箱。
ジャンフランコが前世の記憶に倣って作り出した文書整理のためのフォルダやファイリングボックスのような形の箱が並ぶ。
出資先ごとに分類された箱の一番に目に付く場所に累計の出資残高のほかに業績予想や市場に関する特記事項などのメモなどが"表示"されているのは、それが資金管理のためにジャンフランコが作り出した魔道具のひとつであるからだ。
隣には同じような箱が並ぶ書棚があるが、そちらは出資先が商会ではなく有力貴族となる。業績予想の代わりに領地の農産物の作況から資産の状態などが表示されている点が違う。
ジャンフランコが書棚の並ぶ一角に入ってくると、女性の商会員が声を掛ける。
「おかえりなさいませ。ご不在の間に変動があったのはコチラです」
机の上に積み上がったファイリングボックスの山を指差す。
ジャンフランコが上から一つ手に取って右手の神測に翳す。こうすることで、神測に残された出資の記録と現実の資金の動きを同期させる。
電子化されている現代の金融業と違い、すべての情報が紙で管理されているため、神測に投資判断を委ねるにはこの工程が必要不可欠となっているのだ。
「特筆すべき事項は?」
「運用成績が予想を下回ったために出資を引き揚げた商会が二つ。逆に上回った商会が四つ。コチラは追加出資の稟議を付けてるのでご確認を」
ジャンフランコの右手が離れるとファイリングボックスの表示が数カ所変化している。先程の商会員に手渡すと、次のファイリングボックスを渡してくれる。
神測と実物の同期をとるだけでなく、先ほど取り込み分析を行った情報群と照らし合わせて、資金の出資先の評価を見直し、追加出資あるいは資金の引き揚げについて次々と判断を下していく。
小一時間ほどで机の上のボックスの山はなくなり、ふぅと息をつくジャンフランコの前に別の商会員がお茶を置いてくれる。
「ありがとう。ここ最近は出資判断の精度が随分上がってきたね。予実の差異も大きくないし、成績も大分上向いて来てる」
「ありがとうございます。最初は半信半疑でしたが、若様の分析と予測がことごとく的中するのを見せつけられて目から鱗が落ちました」
「むふぅ。気分がいいからもっと褒めて」
「これだけの膨大な指標や情報を全部把握して、すべてを見通して分析や予想をし、利に換えていく。『神測』でしたか、商人を志す者にとって若様の【神具】は至宝と言っても良いもの。本当に羨ましい限りです」
「コレばかりは女神ソフィアの采配に感謝してもしきれないね」
「そうそう、ソフィアと言えば、ソフィア教会から新たな寄進の打診があります。大金貨二枚をお願いしたいと」
「また?前は半年前だっけ。そろそろ教会に乱入して暴れても赦されるくらい免罪符貯まってない?」
「またまた不穏なことを。外で聞かれたらどうするおつもりですか?」
もちろん、この部屋は壁に【防諜】の【魔法陣】が刻まれており、まず情報が漏れることはあり得ない。
「まぁいいや。交渉人にロドリーゴ枢機卿が出てきたら、絶対に断ってね」
免罪符の売買などという教会による強請り同然の行為の場に父ロドリーゴを居合わせさせることは、その名声を毀すことに繋がる。絶対に避けなければならない。
「それと、手形の繰り延べを申し入れてきた上位貴族が二つほど」
「不作の影響かな?仕方ないね。母様のご都合を伺って、繰り延べの交渉に同行いただくよう手配を。スフォルツァに下げる頭の低さで上乗せの金利が変わることを相手に理解させてあげて」
「かしこまりました」
手形の繰り延べ(要は借金の返済期限の延長)と引き換えに母ジョヴァンナに借りがある貴族を増やしていく。これが、ジャンフランコ流の資金力を別の力に置き換える活動である。
「スフォルツァに出す穀物の状況は?」
「必要量は揃えたはずでしたが、先ほど追加できないかとの手紙がスフォルツァの方から」
「ゴメン。それ僕が原因です。想定以上に領地の回復が速くてさ。食わせなきゃならない相手が予定より増えちゃった」
「相場に大きな影響が出るほどではないのでご安心を」
「買い付けを任せる商会の数は足りてる?」
「約定済みの優先買い付け枠の八割程度で収まりました。誰も若様がお一人でこれだけの穀物を買い付けているなどとは気づきますまい」
「しーっ!それ極秘だからね」
メディギーニ商会の一角、この部屋で行われる活動によって、スフォルツァ領の資産を元手にしてジョヴァンナが運用してきた基金と魔道具の売上を元手にジャンフランコが運用してきた基金はいまやリモーネのありとあらゆる経済活動に資金を提供し、莫大な運用益を計上するまでになっている。
そして、その運用益の大きな部分はジャンフランコの個人資産に繰り入れられるが、その更に一部を使って食料品をはじめとした様々な軍需品をリモーネ国内で買い付け、スフォルツァ領に送り込んでいる。
リモーネの統計上は輸出に該当するが、その代金はリモーネ国内に住むジャンフランコが肩代わりする形だ。
「まだ暫くはリモーネなくしてスフォルツァ領は立ち行かない、かな」
残念ながら、ね、と独り言ちる。
ちょいとばかり悪徳商人風味ですが、スフォルツァの縁者がその影響力を増すために使える手段は全部使っているだけのことです。
今回の新要素:
・ メディギーニ商会のとある一室
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