雌伏の極み
現状維持を選んだジャンフランコ達はどうなったでしょうか
「さて、諸先輩方。本日よりお世話になるジャンフランコと申します」
神学校の一角、教諭の研究室が立ち並ぶ通りの端、ローレ教諭の研究棟の中の会議室に、ジャンフランコが挨拶する声が響く。
【怨霊】とその走狗に脅かされる事件が解決してから五年と少々。
基礎教育課程を修了したジャンフランコは、今日から研究を中心に行う専門課程に進む。
ジャンフランコとフレデリカ、それに「ご学友」一行はなぜか揃って魔道具課へと進んだ。見回すと、担当教諭のローレ教諭のほかはアルミーネと十数名の上級生の姿が見える。
【怨霊】事件に関して公式にはローレ教諭への処分はなかったようだ。複数の生徒の失踪などが生じた責任を問う声もあったが、どこからともなく遺族に見舞金が支払われたせいか、責任を問う声は次第に小さくなりやがて消えてしまっていた。アルミーネは専門課程を卒業後、そのままローレ教室に残ったようである。身分的には補助教員ないし講師というところであるが、実質的には学生時代に引き続きローレ教諭の個人秘書としての業務を行っている、というところか。
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元々の予定では、ジャンフランコの卒業と同時に家臣団の拠点をスフォルツァ辺境伯領に移すはずであったが、拠点の移動は少し先延ばしとなっていた。
ジャンフランコと学友たちが共に学ぶ環境が、想定以上に人材育成の上で成果を挙げていたことも理由の一つではあったが、ジャンフランコの天恵が思いもよらぬ成長を遂げていたことにより家臣団の目標が変わったことが一番大きい。
スフォルツァ辺境伯領の回復に向けて当初家臣団が想定していたのは、戦略級の攻撃魔法を扱えるジョヴァンナを戦力の中核として勢力圏を拡げるというものであったが、ジャンフランコも戦略級の攻撃魔法を使えるようになったことで、単純に手数が増えた。
「一騎当万」と評されるジョヴァンナと同等の戦力である。新たに一軍を加えたに等しい。
加えて、ジャンフランコが供給する魔道具による家臣団兵力の底上げもあり、旧スフォルツァ辺境伯領の回復にとどまらず旧ミルトン王国内に残る脅威となる勢力の排除までも視野に入るようになっていたのだ。
戦略目標が変わると、戦力を展開する範囲も拡がる。戦力を展開する範囲が変われば必要となる人材の数も変わる。ジャンフランコの卒業までの人材育成計画では小隊~中隊指揮官クラスの人材不足の解消が課題になることがわかり、家臣団の中で議論が何度か交わされた結果、時間をかけてでも人材育成を行うべしとの結論に至り、引き続き家臣団の子弟をリモーネ王国内の学校に送り込むこととなった。ジャンフランコの「学友」を中心として互いに切磋琢磨する体制を当面維持することとなったのだ。
ジャンフランコ達は基礎教育課程が終わっても専門課程に進学して引き続き神学校に籍を置きつつ、将来部下となる後輩たちの指導にあたることになる。
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ジャンフランコ達は専門課程に進む際に在籍する教室としてローレ教室を選んだ。
【怨霊】事件で弱みを握っていて使い勝手がいいのが理由として大きいのだが、やはりリモーネ王国内の遺跡に関する情報量ではローレ教諭の右に出る者はいない。また、「遺跡探索」の名目でリモーネ王国内を比較的自由に移動できることもまた、ローレ教室に籍を置く大きなメリットとなる。
メディギーニ商会の資金的バックアップと引き換えに、ジャンフランコ達の教室での振る舞いに目を瞑ることをローレ教諭が了承しており、両者は緩い共犯関係とでも言うべき状況にある。
資金面で不安がなくなり無理に魔道具を持ち帰ることが不要になったため、教室の活動においても魔道具の回収の優先順位が下がり、遺跡の構造把握や分析に注力するようになった。
数人で1つのチームを作り、遺跡を訪問しては時間をかけて各遺跡の構造と罠など危険の有無を把握する活動を時間をかけて行う。焦って手あたり次第魔道具を掻っ攫ってさっさと引き上げるというかつてのローレ教室の活動からは大きく様変わりしていた。
既に何度も探索され魔道具が残っていないような遺跡も対象に入れて探索を行う。目ぼしい魔道具のある場所までだった探索が、遺跡の隅々までの把握に変わる。フィールドワークだけでなく教室に戻ってからの分析や資料化などにも時間と人員を割くようになり、堅実で学術寄りの活動が主になったおかげか、冒険を好む学生の足が遠のき、代わりに落ち着いた研究を好む学生が籍を置くようになった。
ローレ教室の活動がリモーネ王国内の遺跡の情報収集・蓄積に変わったことは、ソフィア教会成立前の状況を把握するにも役立つ。少なくともトロフィー代わりに魔導具を持ち帰っては価値も知らずに切り刻んでいた時代からはローレ教室は大きく様変わりしている。
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旧スフォルツァ辺境伯領は、ジャンフランコによる魔道具支援が功を奏してか、五年の間にジワジワと旧領を回復していて、残るは旧城塞の周辺を残すのみ、という状況である。
敵対勢力の状況であるが、旧スフォルツァ辺境伯領に限ればミルトン"共和国"勢は旧城塞に立て籠もるのみとなっており、ほかは旧領から遠ざけることに成功している。その結果、領内の農村でも混乱が収まり警戒態勢が緩み、徐々に農産物の生産能力も回復している。領地の経営という意味ではかなり旧に復しており、リモーネ王国から流入する物資に依存する度合いも徐々に低下している。
旧スフォルツァ領の回復は近い。
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そして、ジャンフランコの魔道具ビジネスは順調そのものであった。
【魔法陣】を仕込んで魔道具として使える壁材は、量産に向かないものの高位貴族を始めとした富裕層の心をガッツリ掴んだようで、いくつもの貴族家や豪商が競って発注してくれた。何と言っても遺跡産の標準品とは異なり、よほど無理を言わない限り注文通りの色や大きさで様々な機能を備えた壁を誂えることができるのである。これほど富裕層の虚栄心を刺激する商材もそうそうない。壁材としてはもとより、魔道具としても驚くほど高価であるにも関わらず、ほぼ言い値で発注してくれるのである。
利幅も大きい。
何せ雑木と土くれにジャンフランコの魔力を加えただけのものが莫大な富に変換されるのである。
更に、一度販売すると消耗品、すなわち魔道具を動かすための魔石への魔力の再充填ビジネスがセットでついてくる。こちらも馬鹿にならない収益を生むビジネスとなっており、特に一定以上のサイズの光属性の魔石への再充填は競合相手も限られ、ほぼ独占に近い形で市場を押さえることができるため、こちらも利益を取り放題である。
メディギーニ商会を通じての取引であったが、実質的にはジャンフランコの個人資産でタダ同然の原材料を購入し、収益はほぼそのままジャンフランコの個人資産に積みあがる。商会へは人件費などの実費は支払われていたが、得られた収益と比較すれば微々たる金額にすぎない。
実質的には富裕層が死蔵していた富がジャンフランコの個人資産に移動していたことになる。
ちなみに、ジャンフランコの個人資産は、五年の間にリモーネ王国の国富の1/10近くに相当する額を保有するに至った。ただし、新たに設立された複数の基金に分割して運用 されており、その結果そこまでの資産が個人に集中していることに気づいた者はいない。
死蔵されるだけでリモーネ王国の経済を停滞させていた富裕層の資産は、ジャンフランコの基金を通じて市場に流れることで循環し始めた。
額だけを見ればリモーネ王国の経済に多少なりとも混乱を生じるほどの運用益による急激な財貨の増加である。なにせ基金の運用成績は非常によい。良すぎる。そもそもジャンフランコの事業収益が次々元本に繰り入れられ放っておいても増えていく。加えて投資運用先の選定にも間違いがない。
それはそうだろう。何せジャンフランコの天恵である神測に掛かれば、投資先の事業計画から過去の取引記録まで大量の資料を一気に読み込んだ上で精度の高い業績予測など朝飯前である。
放っておけば持続不可能な投機熱がそこここで発生しそうなものだが、リモーネ王国の経済環境に大きな混乱は生じない。その原因は、基金が稼いだ運用益の大きな部分が軍需物資に姿を変えてせっせと旧スフォルツァ辺境伯領に送り込まれていたこと。食料品や被服と言った消耗品に継続して広く薄く支出されることで需要が刺激され、生産者の懐を潤した。ある意味、ジャンフランコがリモーネ王国政府に代わって輸出産業振興をしていたようなものである。
リモーネ王国は経済無策にもかかわらず空前の好景気に見舞われ経済規模も緩やかに成長していたが、それがまさか神学校に通う一学生によって引き起こされたものとは誰も想像してはいなかった。
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ジャンフランコと旧スフォルツァ辺境伯領家臣団はこの5年と少しの間、積極策に出ることなく"雌伏"を続けていただけだが、その間、"雌伏"前に打った布石が功を奏した形となり、狙っていたとおりに力を蓄えることができていた。
そして、ジャンフランコにはここから打っていくべき新たな布石も見え始めていた。
大人しく「雌伏」してたにしては悪くない成果を得ることができました。
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