完璧なサボりと神々への事情聴取
あの遺跡に眠る何者かの正体について、神々にお伺いを立てたいのですが、まずは回復です。
シュナウツァー工房からスフォルツァ邸に戻る馬車の中、神測を起動しようとしたジャンフランコの右手を押さえ、フレデリカは首を横に振る。
「今日は朝から騎士団本部訪問に続くアポ取り会議でお疲れの上に、魔石への魔力充填や魔道具の作製などで魔力も大量に使ってしまっています。これ以上はお身体に障りますので自重してくださいませ」
知識や経験は神測で四十年近く生きた成人男性のものであっても、身体は六歳にも満たない男児のものでしかない。フレデリカに言われてみれば 、確かにジャンフランコの体力はそろそろ限界に近付きつつあった。
「フレデリカの言う通りだね。確かにそう言われて思い出したけれど、今日は本当に疲れる一日だったよ」
「それに忘れちゃいけないことがあります」
「何だい?」
「明日は学校ですよ?このままいけば朝起きられずに遅刻するか授業中の居眠りの危険もあります」
これもすっかり忘れていたが、ジャンフランコは学生の身であった。
学校が休みとなる【闇】曜日と【光】曜日をそれぞれ魔道具のお披露目とその後のフォローに使ってしまっていたので、疲労を残したまま週の始め【木】曜日を迎えなければならない。
そして、今は【光】曜日の深夜と言っていい時間に差し掛かっている。会議から抜け出してシュナウツァー工房に連れ出されたのが完全な誤算だった。
『あとで母様からシュナウツァーさんに苦情の一つも言ってもらいたいものです』
そんなことを考えている内に、心地よい馬車の揺れもあいまって、そのまま寝入ってしまっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジャンフランコが次に目を覚ましたのは、翌朝、苦笑交じりのフレデリカにたたき起こされた時であった。馬車の中で寝入ってしまったまま、自室の寝台に運びこまれて着替えまでさせられていたようだ。
「思っていたとおり睡眠時間は足りていないご様子。ですが、もう朝ですよ。お支度をして朝食を摂られませ」
登校する途中の馬車の中で、ジャンフランコは「写し身」を出して代わりに授業を受けさせようか迷う。それくらい、昨日の疲労は色濃く残っていた。
...であるが、結局は真面目に登校して教室の自席に座っていた。ただし、『眠ってる間も天恵が発動して記録の能力と【認識阻害】の魔法がずっと動いていればいいだけのに』と願った結果、久々に能力が増えた。午前中の授業はずっと天恵任せで熟睡である。
寝ていても誰にも見咎められない上に、授業の記録は完璧に取られているという、これ以上なくサボりに特化した天恵の使い方である。
後で説明を受けた学友たちが「何という天恵の無駄遣い…」と嘆いたとか羨ましがったとか。
午後は一旦メディギーニ商会に立ち寄って用意された軽食で昼食を済ませる。
午前中にアポの整理は終わったようであり、午後からはジョヴァンナがメディギーニを伴って最初の見込み客の屋敷を訪問する予定らしい。
慌ただしく訪問先に持ち込む壁材やそのほかの魔道具を積み込む商会員を横目に、ジャンフランコはフレデリカを伴ってシュナウツァー工房に向けて馬車を走らせる。
昨夜完成させた、コルソ・マルケ砦に送ることになっている魔道具と併せて、遺跡から持ち帰られた魔道具も引き取ってくるのが目的だ。
シュナウツァー工房に到着して早々、シュナウツァーを訪ねるが工房にはいないという。仕方なく工房にいる職人に声を掛け、地下工房から魔道具を持ち出す準備をしてもらう。用意してもらうのは魔道具を運び出すための木箱と梱包材、それに梱包と運搬のための人手だ。
そうこうしている内にシュナウツァーが工房に戻ってきたので声を掛ける。
昨夜のことを引き摺って落ち込んでいるかと思ったが、何やらせいせいした顔になっている。
「おい、坊ちゃん。俺は決めたぜ。俺のコレクションしている闇属性の魔道具全部あんたに売ろうじゃないか」
一晩で心の整理がついたのだろうか。
「考えてみれば、俺が自分の顔を出してこのヤバ気な魔道具を売り捌くことに何のメリットもないしな。何よりもこのリモーネの中で悪だくみに巻き込まれる不幸な人間を増やすより隣国であんたらに役立ててもらう方がよっぽど気が楽ってもんさ」
悪だくみに使われるのはミルトンであっても同じではあるが、確かに平時のリモーネと戦時のミルトンではシュナウツァーの心情的には違うのかもしれない。
「そう言って気持ちよく譲ってもらえるなら、代金の方もしっかりはずませてもらいますよ」
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「シュナウツァーさん、ローレ教室から買い取った遺跡産の魔道具は全部預かっていきますね」
「それは構わんが、どうしたんだ、急に?」
「ちょっと確認したいことがあるのと、魔道具について急ぎ母様に相談しなければならないことがありまして」
「分かった。手伝いはいるかい?」
職人を呼んでもらって、遺跡から持ち出された魔道具を梱包して馬車に積んでもらう。そのまま工房内に用意されていた、メディギーニ商会向けの魔道具の梱包と積み込みも併せてお願いする。
積み込みを待っている間に今後の魔道具の製造についてシュナウツァーと話をする。
「魔道具の中でも規格品は【魔法陣】の型を魔道具にセットしてスイッチを入れて待ってれば魔力の多寡に関係なくどんどん出来上がっていくので、数の管理だけしていれば大丈夫なはずです。もう2~3日すれば最初の発注が入ると思うので、そしたら生産計画を立てましょう」
「2~3日ね。その間は材料にできる魔石を調達しておくとするか。魔石は注文に関わらず必要になるからな」
積み込みが終わると、メディギーニ商会へと向かう。
何をするにしても、今はメディギーニ商会を拠点に動いているジョヴァンナとメディギーニの動きが起点になるし、コルソ・マルケ砦に送る魔道具についても納品しておきたい。ついでにシュナウツァーの【闇】魔道具コレクションの扱いについても相談が必要だろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『すみません。今お話ししてもよろしいでしょうか』
馬車の中で神測を使い、【魔法陣】を通してラーマデーヴァ を勧請すると、耳元で男神の声が響く。
『昨夜見ていた魔道具のことだな。何が聞きたい?』
『魔道具が動かされた時の出来事について、神々に伺うことは出来ますか』
『ふむ』
『この後、三柱の神々を勧請して、可能な範囲でお話を伺いたいと思っているのです』
『どうせ、あの遺跡の【怨霊】 のことであろう?儂もあれ等もあまり好き好んで語りたいわけではないのだぞ』
『【怨霊】とはまた穏やかではありませんね』
自分の【写し身】を切り裂いた相手のことを思い出す。
動きを捉える捉えないどころの話ではなく、気配を感じさせないまま背後に回られていたその動きは生身の存在にできる芸当とは思えず、確かに【怨霊】と言われれば納得せざるを得ない。
『あれは【怨霊】と呼ぶしかなかろうな。ただ、あ奴を【怨霊】に仕立てたのも、あ奴を解き放ったのも人の営みだからな』
『やはり、【封印】の魔道具を持ち帰ってしまったのが原因でアイツを解き放ってしまったのでしょうか』
『そのようであるな。この後、魔道具の神々を勧請するのであろう?我に声を掛けるなら、約定を結ぶ手助けくらいはしてやろう』
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メディギーニ商会に到着すると、以前インクの魔道具を置いていた部屋を借りて、フレデリカと籠る。
神々の勧請はさすがにおおっぴらにはできないので厳重に施錠した上で【防諜】の魔法を発動する。
最初にラーマデーヴァ を勧請しフレデリカの手助けで顕現していただく。
この後の手立てについては先程馬車の中で打ち合わせたとおり。まずは「破魔の神」を勧請し、【怨霊】とやりあった経緯についてお話を伺う。
「我は其方等が【怨霊】と呼ぶ者を封じた時に魔道具を通じて権能を使わせた。我が知るのはその時のことのみで【怨霊】が再び世に放たれた時のことは知らぬ」
そう最初に断った上で語られた内容は概ね次のような内容だった。
あまりにも【怨霊】が強大であったため、調伏が可能なくらいまで【怨霊】を弱らせるために「破魔」の権能が使われた。
【怨霊】はまさしく怨【霊】で、物理的な攻撃ではまったく力を削ぐことができず、逆に調伏にあたった者達さえ、生命を奪われると【怨霊】の軍門に下り生者に仇なすようになったというのだ。
結局、「破魔の魔道具」と少数ながら参戦していた【破魔】の約定を交わしていた魔道士によって、【怨霊】の力を削ぐことに成功したらしい。
「その後のことについては【調伏】に聞くがよい」そう言って顕現を解こうとする神に少しだけ余計に留まっていただき約定を結んでいただく。
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続く「調伏の女神」にも、自分は「封印」までの経緯しか知らないと最初に断られる。
その上で語られたのは、【怨霊】は元々はその地を治めていた部族の長であり、本来ならその地を守護する土地神ともなれるような徳の高い人物であったこと。そのため「調伏」により怒りや怨みを鎮め、霊格を取り戻させ、いずれ神性を獲得できるよう調える手はずだったらしい。
それが、あまりの怨みの強さに調伏はまったく無力であり、最後の手段として封印が選ばれたのだという。
ソフィア教徒へ改宗を迫る者たちの悪辣な手口により領民・財産・家族を次々に奪われ終いに家族共々惨殺されたと聞けば然もありなん、と頷いてしまう。子供が聞いていることに慮って凄惨な手口については伏せられていたにもかかわらず、だ。
彼を部族からも家族からも孤立させるために使われた詐術や強要があまりにも悪辣で、それだけでジャンフランコの気力は大きく削られてしまう。
約定を結び、【怨霊】と対峙した際の助力を請うたジャンフランコに対し、「調伏の女神」は首を横に振る。
「あの者の調伏は諦めよ。あの者の苦悩に触れれば其方の幼き心など容易く粉々に砕けよう。神を得ようと欲張るのではなく、只々力を削ぎ、 【破魔】の権能を用いて怨みごと跡形も残さず滅するようにせよ」
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最後に「封印の神」を勧請すると、「ほぉ。光と闇両方から加護を得ている者など珍しい」と声をかけられる。「そもそも今世では神々の加護を得ている者自体見かけることなどないがな」
見れば、「封印の神」自身が光と闇二つの属性を備える神のようだ。ジャンフランコとフレデリカと同じく漆黒と白銀の髪と瞳だ。
まずは封印の際の状況を伺う。
打ち据えられ、だが絶えぬ瘴気のごとく怨みを垂れ流し続ける【怨霊】に調伏を諦めて封印に至った経緯は先に聞いたとおりだ。
【怨霊】が恨みを使い果たすか、調伏ができる術者を見つけ招くことができるまでの間、封印して時を稼ぐのが狙いだったらしい。
「だがな」と続ける。
「あの者の怨みは尽きることがなく、封印した古き石室から少しずつ沁み出していき、周囲の集落を人の住めぬ深き森へと変えてしまったのだ。あの者の怨みの深さを読み誤ったのは痛恨の極みよ。我が長きにわたって見守ってきた限りでは、あの者に光を取り戻すことなどもはや絶望的であるとしか思えぬ」
長い年月を経た後、あるとき、【怨霊】を封じた石室 に侵入する者があったという。
「ソフィア教徒というのは真に度し難い者たちよな。あの者を封印するために我の権能を勧請した魔道具を、次々と引き剝がしていったのよ。彼の者達には我が宿った魔道具が得難き宝のように見えたのであろうな。次々と引き剥がされた末に、我が最後に見たのは、ニンマリと嗤うあの者の顔であった」
封印により暫くは力を喪っていただろうが、おそらくは周囲に振りまいた自らの怨みの一部を取り込み、力を取り戻したであろう、と推測を伝えられた。
「まずは、あの者に情けなぞかけず、「破魔」の権能 をもってあの者を討ち滅ぼすがよい。然れども力及ばぬ時は我を頼れ。再びあの者が動き出さぬよう封じてくれよう」
約定とともに【怨霊】を封じるための術式を授けられた後に、「封印の神」にもお帰りを願う。
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最後に、改めてラーマデーヴァ から
「あの【悪霊】に其方ら童の力では歯が立つまい。其方らの親御の力を頼れ。あまり公には我ら神々のことを語れない事情は分かっているが、その中でも我らの存在を知る者が幾人かはいるであろう」
場合によっては、先ほどの三柱と約定を結ぶことの仲立ちをしてもよいぞ、とありがたいご託宣を賜る。
改めて事態が自分の手の届く範囲の外にあることを実感するジャンフランコではあった。が、ローレ教室の動きが読めない以上、あまり長い間放置することもできない。
正直なところを言うと、せっかく念願の魔道具ビジネスがようやく立ち上がった時期である。すべての資源を顧客の獲得と製品の拡充に使いたい時期である。自分自身はもとより、顧客との商談の主戦力であるジョヴァンナとメディギーニの力を別の所に使うのは極力避けたい。
神々の存在を知る残りはジャンフランコの父ロドリーゴとフレデリカの母フローレンスである。が、二人ともがよりによって【怨霊】の怨敵であるソフィア教の枢機卿と教会騎士であることを思い出し、二人を近づけるわけにもいかない、と思い悩むジャンフランコであった。
そりゃ確かにそんなヤバい【悪霊】退治に子供を駆り出すわけにはいきませんな。
今回の新要素:
特になし
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