忘れた頃にやって来る
新しい出会い二つ。
その日の授業時間が終わった時、その人はやって来た。
ジャンフランコは相変わらず授業は上の空で、その日は礼拝堂の屋根材の構造に夢中であった。
元々木材だったのだろう。導管から繊維、更には細胞壁と木材だった頃の構造が薄っすらと残っていた。その隙間が水や空気ではなく木属性の樹脂のようなものでビッシリと埋められていて、魔石のような強固でそれでいて軽量な素材に変わっていた。
前世でいうところの、炭素繊維の隙間を樹脂で埋めて強固に固めたCFRPのような構造になっている。
昨日はこれを丸まま複製というか再現していたのだが、加工技術を確立して、木材を加工して作製するようにしないと非効率極まりない。
木材を素材に木属性以外の属性を全部抜いてから、隙間に木属性の樹脂を流し込んで固めれば同じものができるであろう。
そんなことを夢想していると、気づくとフレデリカが肩を掴んで揺さぶっている。
その瞬間、「この教室にジャンフランコという生徒がいるはずだ!名乗り出なさい!」と大声で叫ぶ男性が目に入った。細いががっしりとした体格の少し年嵩の人だ。上級生を教える教師が着るようなグレーのローブを身に着けている。『何だろう?先生から呼び出しを受けるようなことはしていないはずだけれど』
少し間をおいて同じ叫びが繰り返される。
「どうします?このまま知らん顔を続けますか?」と心配そうに覗き込むフレデリカに、「いや、ひとまず返事してみよう」と答え手を挙げる。
「僕がジャンフランコです。何か御用でしょうか」
「おお、君がそうか。次からは呼ばれたらすぐに返事をなさい。時間の無駄だ」
何やら一癖ありそうな人である。
「学僧のボルツァ枢機卿猊下から面白い生徒がいるから話をしてみるとよい、とご紹介を受けていてね。どんな生徒か会いに来たというわけです」
『それ、父様にお願いしてから時間が経ちすぎてて忘れてたよ』
魔道具に詳しい人に紹介状を書いてもらってそれっきりになっていたはずだ。
「それで、今日はどのようなご用件でしょうか」生徒は下校する時間である。
「今から吾輩と来たまえ。昼食をご馳走しよう。食事を摂りながら大いに魔道具について語ろうではないか」
『いやいや。ちゃんとした大人なんだから、まずは相手の都合聞こうよ』
「申し訳ございません。本日この後約束がございまして。後日、日を改めて、ということでいかがでしょうか」
「むむむ。吾輩が声を掛けたのである。先約より吾輩を優先させ給え」
『いや、そもそも誰だよ』魔道具に詳しい人を紹介してもらえる、という以上の情報はない。
お貴族様かな?たとえそうであっても法外な要求に応える必要はないはずだ。
貴族の権威を振りかざして横車を通そうとすると「どこの田舎貴族か」と嗤われるのが今のリモーネである。
「相手のあるお話でして。先方の都合もございますので本日は失礼させていただきたく存じます」
「むむむ。君のその丁寧な物腰に免じて今日は遠慮するとしよう。それで、いつであればよいのだね?」
「週明けであれば大丈夫です」
「よし。では週明け授業が終わったらここへ来給え」カードを渡される。
『バルター・ローレ 教諭 魔道具教室 魔道具発掘』裏には教室の略地図のようなものが描かれている。
「週明けの放課後ということで承りました、ローレ先生。あの、知人を同伴しても?」
「構わぬよ。では吾輩はこれで失礼する」
返事を待たずクルリと踵を返すとツカツカと大股で教室を出ていく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
メディギーニ商会には朝の時点で先触れが届いており、予定が合えば、ミルトンの旧スフォルツァ辺境伯領で魔道具を扱った経験があり、その後リモーネに拠点を移した商会を紹介してもらえることになっている。
メディギーニ商会に到着し、ダイニングルームに案内されるとやや恰幅の良い紳士が着席していた。
「メディギーニさん。今日は魔道具についての商談、というお話でしたが、こちらの小さな紳士淑女もご一緒ですかな?」
「ロンギさん、こちらは当商会の出資者のご子息でジャンフランコ君。もう一人はフレデリカ嬢です。魔道具についてはなかなかお詳しいですよ。ジャンフランコ君、こちらはロンギ商会のロンギ会長。ミルトンからリモーネに移った魔道具商です」
挨拶を交わして着席する。
ロンギ商会長はメディギーニ商会が旧スフォルツァ辺境伯家臣団の隠れ蓑だと知っている。まさにロンギ自身がミルトンを脱出し商会の基盤をリモーネに移す助力となってもらったのだから当然である。
そのメディギーニが「出資者の子息」と言えば誰のことかも想像できるが、さすがに口に出すことはしない。
その後は魔道具業界の動向を中心に会話が進む。
前年末の「インク転売ヤー」騒動の話題からメディギーニ商会のインクビジネス参入に話題が移る。
「それにしても、あのタイミングでまるで困窮する商会を救済するのように動かれたのは慧眼でしたな。おかげでインク市場にもほとんど影響が出ることもありませんでした」
「逆に犯人が捕まった後はやや供給過多になってしまって、インク生産に従事してきた関係者にはご迷惑をかけてしまいました」
「騎士団の手腕が見事に過ぎましたな。騒ぎ自体が発生から一月経つか経たないかで犯人逮捕から盗品の返還まで終わらせてしまったわけですから」
そこからは、旧ミルトンでの魔道具動向についての話題から希少な魔道具の話題に移る。
「ミルトンには比較的多くの遺跡が手つかずで残っていましてな。政変前は有能な冒険者に巡り合えた事もあって、発掘された魔道具を貴族に納める商いで、それはもう大いに儲けさせていただいたものです。それも政変で変わってしまいましたが」
「僕ら市井の者には、生活に使う魔道具に触れる機会しかないわけですが、遺跡で発掘されて貴族が秘蔵するような魔道具というのは、それは素晴らしいものなのでしょうね!」
ジャンフランコ様は魔道具そのものに興味がおありか、との問いに「ええ!魔力が切れて廃棄された闇属性の魔道具に触れたこともあるのですが、明らかに普段目にする魔道具とは違ってそうで、一度でいいから稼働する魔道具にお目にかかりたいと願っています」実は【魔法陣】の解析でほとんどの用途に目途がついているが、それには触れない。あくまで世間話である。
そんなジャンフランコの答えに、ロンギが目を瞑り息一つ。
「魔道具の神秘について興味はおありか?」
「その問いへのお答えは、食事の後に場所を変えてとさせてください」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「インクの部屋」に一同が移動しジャンフランコが【防諜】の魔法を展開する。
「これから見せる魔道具について、無断で他言しないこと、契約を結べますか?」メディギーニが低い声で問いかけ、ロンギの前に契約書を滑らせる。
「さぞ珍しい物を見せていただけるのでしょうな」淀みなくサインすると契約書の向きを変え、メディギーニに返す。
サインしてそれで終わりだと思ったのだろう。ジャンフランコが【守秘】の魔法を発動すると、驚きの表情で「若様はその御歳でそのように巧みに魔法を使いこなすのですか。戦姫の継嗣は育たれているのですね」
「僕はまだ、母のように戦場に立つということの意味を理解できてはおりませんが、鍛えられてはおりますね」
そこへメディギーニが「これを見てしまったら後には引けんぞ」とニヤリとしながら、ロンギに「屋根材」を見せる。
「これの素材が何であるかわかりますか?それなりに数を用意したいので、作り方についてお知恵を借りたいのです」
「見たところ、完全に魔石化しておりますが、元はありふれた木の屋根材ですな」
片眼鏡の形をした魔道具をかけて屋根材を凝視する。
「これは興味深い」
純粋な【木】属性以外を一切排除しており、【水】その他の成分が【木】属性で置換されている結果、軽く丈夫で腐敗も摩耗もない素材になっており、木材の構造を残しつつ他の属性が完全に取り除かれてるという。
ここまでの分析はジャンフランコと同じである。
「これを作れる魔道具は思い当たりませんな。ただ、木材を材料に純粋な【木】属性の魔力だけを樹脂として抽出する魔道具はありますが」残りは魔法使いか素材の扱いに長けた希少天恵持ちの出番だと言う。
「十分です。その魔道具をお借りすることはできますか」「古いものでよろしければお譲りしても差し支えありませんよ」その場で商談が成立し、小金貨五枚で買い取ることが決まった。中古とは言え、随分と破格値である。
この週末にも納品と支払いを終わらせるとの約束にジャンフランコは満面の笑顔である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それよりも」と言いながらロンギが屋根材を裏返す。
「こちらについては何もございませんかな?」裏側の【魔法陣】を指差す。
「果たして、これが何をする魔道具なのかご興味はございませんか?」それとも既にご存知なのですか?と問い掛けてくる。
「それを聞いてしまうと、本当に後に引けなくなるが、その覚悟はあるのか?」獰猛な笑顔で迫るメディギーニを見て、暫し逡巡する。
「その答えは、少し猶予をいただけますかな?当商会の命運を掛けるに見合う利益の匂いもいたしますが、それだけで判断のつかないことも御座いますから」
ちなみに、この場で「後に引けなくなる」の内容を知っているのはジャンフランコとフレデリカの二人だけだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
商談を終えてロンギ商会長を送り出したメディギーニに、ジョヴァンナからの手紙を渡す。
重大事の相談をしたいから明日の夜スフォルツァ邸に来るように、との文面である。
その日は、戦技の【秘伝書】が勉強部屋に置いてあるのを見つけたジャンフランコがインク部屋に持ち込んで読破し、勢いに乗って盾を使った【パリィ】に挑むも片手で盾を支えられず落ち込む、という一幕もあったが、それはまた別の機会に。
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