礼拝堂に眠るものへの誘いー神々を奪われた者の想い
明日から新学期です。
冬休みが終わり明日から新学期が始まる。そんな日のこと。
ロドリーゴはあれから「書庫」について何も言わなくなっていた。
ただ、「目録」は手元においたまま。何事か考えていることは確かだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【魔法陣】を読み解くことが出来るようになって以来、ジャンフランコは一人になれる時間を見つけてはひたすら生活魔導具の【魔法陣】を解析していた。この頃は馬車の移動中などに考え事をするフリをして解析をしていてもフレデリカが見て見ぬふりをしてくれるようになっている。
お陰で、「せせらぎの神」「霜焼の神」とか「隙間風の神」のような身近にいそうだけれどご利益も大仰ではなさそうな神々の名前を知ることができた。
ジャンフランコが生活魔法に注力するのは、ジョヴァンナに付き合っての【魔導書】解読が大詰めになっていたことが大きい。【魔導書】由来の複雑・大規模な【魔法陣】ばかりを目にしていたことの反動で、一人の時は軽い【魔法陣】に触れて気分転換したいのだ。
『いきなり神格の高い神様の名前が出てきても戸惑うだけだしね』
【魔法陣】の解析を進めた結果、魔法とは神様を勧請してその権能を行使するのだと知って以来、ジャンフランコは神々の存在を身近なものと意識するようになっている。
生活魔法で頻繁に呼び出しに応えてくれるくらいの神様なら親しみやすそうだ、とか、多少は気安くお付き合いできるかも、と想像するくらいには。
頻繁に呼び出していると馴染みが深くなって神様が仲良しになってくれるかも、くらいの下心もある。歓心を買う目的で、支障が出ない程度に相生になる属性の魔力を重ねて【魔法陣】に流して魔法を発動させたりもするし。
また、単純な【魔法陣】であれば一部を少しばかり書き換えたりといった細やかな改造をして遊ぶこともできる。出てくる水の量を増やすにはどこを弄ると効率的なのか。神様に捧げる魔力を増やすのか、出力部分の魔方陣を弄るのか、などなど、ちょっとした試行錯誤は楽しい。
工房に籠もる時間が取れた時には、年末にシュナウツァー工房から壊れた魔道具を大量に譲られたので、生活魔導具くらいならと神測の能力を活用してせっせと修理したりもしている。コレは【魔法陣】の理解が正しいかを、実際に修理して使ってみて検証する意味もある。
なお、ジャンフランコが天恵で魔道具を修理できることは家族以外にはまだ秘密である、修理した魔導具を外部に売却することはもとより、シュナウツァーにすら見せていない。
ジャンフランコの魔導具工房内で使うだけに留めているのだが、お陰で彼の工房は随分と快適な場所に変貌しつつある。作業場は明るく照らされ、冷暖房が完備し、部屋は清浄な空気で満たされ、冷水も温水も思いのままだ。魔道具の見た目だけは壊れたり欠けたりしたものをそのままにしてあるのであまり見栄えは良くないけれど。
最近フレデリカが外装の直し方を考えるようになっているのは、ジョヴァンナの目を気にしているからだ。そこがクリアになりさえすれば、いずれはスフォルツァ本邸にも修理済みの魔道具を持ち込める可能性もある。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
冬休みも後半になると、夕食後の時間はジョヴァンナによる魔法戦術の講義に変わっている。
最小限の魔力消費で最大限の戦果を得るには?
先手を取るには?先手を取られた時の挽回方法は?
机上演習の形式で課題を次々と出され、解を示し、使用する魔法を並べて書き出し、ダメを出され、見直し、それを繰り返していく。
ジャンフランコは、ジョヴァンナによる机上演習であっても実戦と同程度の気付きを得られていた。
本職の杖の天恵持ちの机上演習では実際の魔法の発動に変えて【魔法の名前を書き出す】だけなのだが、彼の場合は神測固有の魔法発動の仕方により【魔法発動のための【魔法陣】を用意する】けれど、【実際の発動まではしない】という演習の仕方がとれる。
【投影】まで実行して【実証】は止める、というやり方である。
このやり方だと、前後に使う魔法との相生相克の関係を意識するといった、より実践的な気づきを得やすい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
新学期が始まり、生活リズムが変わることによって1日の予定も変わる。
「明日からは学校が始まるから、午前中の予定は別の時間に振り分けないといけなくなりますね」
「ジジは我が家にある【魔導書】もほとんど読んでしまいましたからね。週末ごとに読んでいくので問題ないと想いますよ」
一時と較べると、ジョヴァンナが【魔導書】の魔法を覚えさせようとジャンフランコに強いて迫る勢いは落ち着いてきている。
「夕食後の机上演習の時間はどうしますか?」
「時間を減らして、その分を領地の文書を読む時間に充てましょう。ある程度把握出来たら、貴方は一度領地を見に行く機会を持つ方がいいでしょうし」
「私達が国境を越えてミルトンへ入っても大丈夫なのでしょうか」
「商人に紛れて行動して、イザとなったら【隠ぺい】の魔法で誤魔化せば大丈夫ですよ」
『不穏だなぁ』
ミルトンに関しては気になることもあった。目で合図してジョヴァンナを誘い、執務室に入って防諜魔法を展開する。
「ところで母様。スフォルツァ領の文書の中に過去ソフィア教会といろいろあったことが書かれた文書がありました。...ああ、これですね」『【投影Ⅱ】
神測で、以前読み込んだ「ソフィア教会による強制改宗」や「ソフィア教会による秘伝の書の略奪」の顛末が書かれた文書をプロジェクターよろしく壁に投影する。最近新たに獲得した能力の中でもお気に入りのものだ。
「もう何百年も昔のこととはいえ、無理やり改宗させられた恨みがあの地には今でも根深く残ってたりするのですかね」
「ミルトンにあるソフィア教会の建物のいくらかが政変のあおりで破壊され、中には他に被害はなくても教会だけ酷く破壊されて今でも再建されていないとか、あの地では教会の影響力が落ちている、という噂は聞きますね。布教の尖兵である修道僧達もリモーネの国外では活動できる範囲が狭まっていると聞きますし、少なくとも疑わしい信者を片端から捕まえては異端審問して回る、なんてことを好き勝手に行うのは難しい土地になっているそうです」
「なるほど、でしたらソフィア教会に睨まれそうなことは、国境を超えてから試すのがよさそうですね」
「また不穏なことを。この間の『書庫』の話の続きですか?」
「まぁそうですね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジャンフランコの言動に不穏なもの~ソフィア教会への反発〜が混じるのは、鍵の疑似魔道具の先で見つけた、古代文字で書かれた一枚の古い羊皮紙の内容の影響である。「古代文字の考察」の内容が頭に入った結果、ジャンフランコはその内容を理解できるようになっていた。
こうである。
「これを読む者へ。
ソフィア教会の強奪者どもに奪われてはならない我らの宝をここに秘す。
ここに入るための鍵も魔石の魔力を抜いてから迷宮の奥深くに隠しておく。
奴らは闇の魔力を補充する術を持たないから、たとえ奴らが鍵を見つけてもここへは至れないわけだ。実に痛快だ。
さて、これを読んでいる君は少なくとも闇を操れる者であるだろうし、その限りではソフィア教会の破落戸どもに与する者ではないと信じる。
その上で叶うなら我らの宝を使い、我らの仇を討ってもらいたい。
ソフィア教会の坊主どもは所詮欲の皮の突っ張った守銭奴どもだ。
あ奴らは我らの神々を奪い、知識を奪い、歴史を、財産を奪い、妻子を奪ったのだ。
あ奴らを少々害したところで心が傷むこともあるまい?
ああ、ここに置いた魔道具は大いに君の役に立つことだろう。
一つは誰にも見つからない場所を作り、一つはあらゆる隠ぺいを見破る力を与える。最後の一つは我らと同じ力を器に満たすものだ。
くれぐれもソフィア教会の冒涜者どもの手には渡らないようにしてほしい。
冒涜者?そうだったな。ソフィア教会の坊主どもは自らが信奉する女神ソフィアの教えも都合よく歪めその神格を著しく損なった。
でき得ることならば、奴らの手から女神ソフィアも救い出してほしい。
女神ソフィアに繋がる術は、彼女を信奉する者によって彼女を祀る祠に隠されたと聞いた。
女神ソフィアに縁のある地で彼女を祀る祠を探してほしい。答えの一部はそこにあるだろう。
願わくば、君が我らの神々に見えることのできる者であらんことを」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そう言えば、神測の能力が向上したことで、【隔絶された時空】からもたらされた三つの魔道具についても解析に成功したのだった。
『羊皮紙に書かれてたとおりに【隠ぺい】の魔道具と【看破】の魔道具の上位版、それと魔石に闇属性の魔力を充填する魔道具だったなぁ。どれも今ひとつ使い所が難しいところが惜しいけれど』
姿を隠す【魔法陣】としては今のところ「幻の書庫」に使われていたものが最強で、古代の魔道具といえども、それを上回る性能ではなかった。
また、闇属性の魔力を充填できても、今のところ表沙汰にした瞬間に異端審問官の要警戒対象リスト入り確実である。
『どれも微妙なんだよなぁ。強いて言えばリモーネ王国の外でなら使い所もありそうか、ってところか』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
いずれにせよ、羊皮紙に書かれた文書を読む限り、おそらくソフィア教会がリモーネ王国の周辺各国を席巻した結果、闇属性の魔石に魔力を補充する術は広く喪われてしまっているのであろう。
実際に、闇属性の魔石は枯渇している。魔力が残っている闇属性の魔道具はせいぜいが時たま遺跡で発掘されたものくらい。逆に言うと、遺跡の発掘品を手に入れられるお貴族様でもない限り、ソフィア教会の目の届く場所で闇属性の魔道具を使えば、大いに目立ってしまうわけだ。
ジャンフランコは、羊皮紙に書かれたように「ソフィア教会に仇なす者」となる決意をしたわけではないが、あの羊皮紙と共に秘されていた魔道具・魔石を大っぴらに使えば、即教会の敵と認定されるに違いない。
この上なく希少な闇属性の魔石を売り捌くことで莫大な富を得られるだろうが、そこには大きなリスクが存在する。大変魅力的なビジネスアイディアではあるけれど、ジャンフランコはそのアイディアを封印する。同じ理由でシュナウツァーが溜め込んだ闇属性の魔道具コレクションは市場には流せないだろうな、と考える。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
羊皮紙から得られた示唆がもう一つ。
「女神ソフィアに縁のある地で彼女を祀る祠 」とは、おそらくはあの礼拝堂裏の祠のことだろう。「女神ソフィアに繋がる術 」または「神々に見える術」が秘された場所というのは、あの「幻の書庫」に違いない。
厳重に隠ぺいされているとはいえ教会の敷地内にある「書庫」を頻繁に堂々と訪れるのはあまりよろしくない。「書庫」の蔵書に触れる機会を増やしたいのなら、以前ロドリーゴと話したように、別の場所に「書庫」を移す算段が必要になるだろう。
そのためにも、次に自分が目指すべきは「書庫」そのものよりも新たな「書庫」を得る術が隠された場所なのかも知れない。それはすなわちあの礼拝堂なのだろう。
教会関係者に目をつけられずに礼拝堂に至り「隔絶された時空」を作り出す方法を手に入れる。
すべてがうまくいけば、ロドリーゴに宣言したとおり、あの「書庫」の中身を持ち出し、別の場所に新たな「書庫」を設けるのだ。ひとまずは礼拝堂を目指し、後に「書庫」から必要な知識を得るのだ。
新たな「書庫」を設けるべき場所は、おそらくソフィア教会の目がそこかしこに光るリモーネ国内ではないだろう。母ジョヴァンナの所領にまでは彼らの手は及ばないと聞く。スフォルツァ辺境伯領こそ「書庫」を設けるに相応しい場所かもしれない。
そんなことを思い巡らしていると、いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。
初めての作品投稿です。
誤字・脱字など見つけられた場合は、ご指摘をいただければ幸いです。




