間が悪い枢機卿と幻の書庫:【神具】 256bit → 296bit
「幻の書庫」いろんな意味でヤバそうです。
新年最初の日の夜。
ロドリーゴ含む教会関係者にとって、年をまたぐ何日間かは様々な神事が予定されている謂わば掻き入れ時である。息つく間もなく次々と移動に次ぐ移動、神事に次ぐ神事をこなしていく。家族と共に新年を祝うなどそんな贅沢な時間はほぼ残されていない。もっとも、聖職者は僧籍に入ると同時に俗世と縁を切っており、そもそも家族を持つことは禁じられているわけだが、何事にも「原則」と「例外」はあるのである。
その夜遅くになってロドリーゴがスフォルツァ邸を訪れた。多忙な中で少しでも時間を作って妻子の顔を見たいのだろう。
侍女がロドリーゴのために用意してあった夜食を並べ、ジョヴァンナとジャンフランコもお茶を用意してもらいテーブルを囲む。
溜まり切った疲れから抑制が効かなくなったか、次から次へと愚痴が口を突いて出てくる。
「ほんと、女神ソフィアに捧げる神事といってもただただ祝詞をあげるだけで何かが光るわけでも音が聞こえるわけでもなくてね。寂しいものさ」
「今まで7年近く坊主をやってきたけれど、女神のお声を聴けるのは【神具】を授かる神事の時だけなのだよ。ほかの神事には意味なんてないのかもね」
「そんなお疲れの父様にちょっといいご報告が出来そうなのです」芝居がかった口調で告げると、ロドリーゴがカトラリーを置いて、どこか誇らしげなジャンフランコを見つめる。「続きはお夜食が終わってから、母様の執務室でいかがでしょう」と誘う。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「父様、僕は本日『幻の書庫』を見つけたかもしれません」
『目録』と表紙に書かれた冊子をおずおずと差し出すとロドリーゴの顔色が一瞬で変わり、ひったくるように冊子を手に取る。間違いなく、それはロドリーゴの好奇心を満たすに十分な「報告」だった。乾ききったスポンジをバケツ一杯の水に浸すようなものである。
「それは、『ちょっといい』では済まされんな」
パラパラとものすごい勢いでめくりながら、
「現代の言葉に近いけど、ところどころ古い文字がある」
「これは先日『禁書目録』に入った書物だ」
「これもか。最近あいつらは仕事しすぎなのだ」
うめくような呟きがずっと聞こえてくる。
ひととおり冊子に目を通し終わると、顔を上げてジャンフランコの目をまっすぐ見る。その目つきは平素ジャンフランコの報告を受ける時の偏執的研究者風ではない。目尻がキリキリと上がっていく音が聞こえそうだ。
「どこで見つけた?」
低い声が聞こえたかと思うと、さっきまで疲労困憊していた男とは思えない勢いでジャンフランコにとびかかり胸倉を掴む。
「父様、苦しいです」
「どこか、と聞いている」
ぐいぐいと締め上げられ、次第に息苦しくなる。
神学校の...裏手の...」それだけを絞り出すように告げる間にも次第に目の前が暗くなっていくが、ロドリーゴの締め上げる力はますます強くなる。
「ロドリーゴ様!そこらでおやめください!ジジが死んでしまいます」ジョヴァンナの声が聞こえ、ハッと我に返ったロドリーゴが腕の力を緩める。
ジャンフランコは意識を失う寸前だった。ジョヴァンナが魔法をぶつけてでもロドリーゴを止めようとしていたようで、こちらも【魔法陣】が宙空に形作られる寸前である。
ジョヴァンナに背中を支えられ何度か深呼吸を繰り返した後、ジャンフランコはようやく普通に息を吸い、吐くことができるようになった。横目でロドリーゴの様子を窺うと、ひとまず先刻のような鬼気迫る表情は消えているように見える。コチラも落ち着いたようだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ほかに書庫の存在について知っている者は?」
「フレデリカだけです」
「教会関係者で知る者はいないな?」
「今日はフローレンスさんから依頼の任務で教会に行きましたが、この件については彼女は知らないと思います」
ロドリーゴが顎に手を添えて、暫し黙り込む。
「まず、この件が教会関係者に知られるのはマズい。下手をするとジジが異端として処分される可能性すらある」そもそも私が教会関係者だが、それは考えないことにしよう、と冗談めかして付け加えるのを見る限りでは、いつもの冷静なロドリーゴが戻ってきているようだ。
「この『目録』を見る限り、君の見つけた『書庫』は教会が指定する『禁書』の宝庫だ。むしろ『禁書』だけを所蔵した『書庫』だと言ってもいいくらいだ」
そこまで説明されれば、ジャンフランコにも理解できる。
教会にとって都合の悪い事実が、あの書庫にはギッシリ詰まっているのだ。その事実の一部でも知る者が現れたならば、教会関係者は全力を傾けてその知識を頭脳ごと抹消しようとするだろう。
「この目録自体が『禁書』指定を喰らいかねない代物だよ。ほら、ここを見てご覧。『八百万の神々との邂逅』だの『女神ソフィアとその眷族』なんて表題、『唯一神 女神ソフィア』しか認めないアタマの硬い坊主どもが見たら、それだけで心臓が止まりかねない」
ソフィア教会の立場からは、ソフィア以外の神々の存在は、たとえ彼女の眷族であっても許し難いらしい。
まぁ、止まって欲しい心臓は一つ二つじゃないがね、とニヤリと笑った後、「おお、女神ソフィアよ。貴方の信徒にあるまじき私の発言をどうかお許しください」と大袈裟に悔いるフリをするロドリーゴを「教会関係者」と言って良いかについては、やはり大いに疑問が残るところである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それで、君はどうやってその書庫に至った?」
「誰も来ないような古い礼拝堂の裏手に入り口がありました。入り口には【隠ぺい】やら【認識阻害】の他に【思考誘導】など、存在を気づかれないように何重にも術が掛けられていました」それも、今の杖の天恵持ちが使うのとはまったく異なる術式で、と付け加える。
そこでジャンフランコはあることに思い至って小さく「あ」と声をあげる。
「もしかしたら、同じ【隠ぺい】の術式を再現できるかもしれません」そう言うと、【神具】を顕現させて「蠢く【魔法陣】」を呼び出す。寸分の狂いもなく再現された【魔法陣】だが唯一の違いはそれが静止していることだ。神測の能力で、光と闇の魔力を同時に同量流すと【魔法陣】が作動すると分かる。
【魔法陣】を興味津々で覗き込む両親に「それでは動かしてみますね」と告げて魔力を流すと【魔法陣】が蠢き始める。その向こうに見える両親の表情が一瞬消えて、互いに顔を見合わせるのが見える。「ここにいた誰かと話していたのではなかったかな」「変ですね。ここにはわたくしたち二人だけしかいないはずですが」
魔力を流すのを止めると、両親が自分の方を見て一瞬の後に真っ青になるのが見えた。
「コレは心臓に悪い術式ですね。先ほどの私達は、貴方という存在自体を認識できなくなっていました」「わたくしたちに息子がいたことすら頭から消えてしまって喪失感だけが残るのです。二度とこんな想いは御免です」
『はい。この【魔法陣】は封印ですね』
「しかし、『存在そのものをなかったことにする【魔法陣】』ですか。そこまで強力な術式で護られているとすると、『幻の書庫』とはよほど存在を知られたくないもののようですね」教会関係者がなのか、教会関係者になのかまではわかりませんが、と嗤う。
禁書目録に載るような書物の存在があやふやで曖昧なのも、どうやらこの術式のせいらしい。書物のタイトルだけは記録に残っているが、内容は記憶に残ってない、ということのようだ。
「兎も角、君がどうやって書庫に辿り着いたかも想像がついたよ」神測の能力で【隠ぺい】を無効化する以外の方法は想像できないけれども。
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「さて、そうなると私もこの目で『幻の書庫』を見てみたくなりますね」
「父様をご案内すると、一月くらい出てこられないんじゃないかと不安になります」
「ちょうど思いついたので、今から出かけるのはどうですか?夜闇に紛れてであれば誰にも見つからず書庫に入ることが出来そうなものだけれど」
「今夜は、いや暫くはあの辺りには近づけないと思った方がよさそうです」
今日の「インク転売ヤー」偵察任務と、おそらく今夜実行されるであろう一斉捜査について説明する。
「この後数日ほど、神学校裏門の近辺は教会騎士団が封鎖するものと思われます。彼らに【隠ぺい】の魔法が通用するかも疑問ですし、教会騎士団の目に触れずに礼拝堂に近づくのは無理のように思います」
少なくとも僕はご免ですし、何なら母様のお許しをいただけませんよね、と付け加え、ジョヴァンナが頷いているのを横目で見る。
「私は何と間が悪いのだ」
ロドリーゴが天を仰ぐように頭を上げ、大きくため息をつく。
「僕としても、もう一度あの書庫の蔵書を読みたいですし、何となれば毎日通いたいくらいです」それに蔵書以外にもあの書庫には気になる点がございますし、と付け加える。
「蔵書以外にも、というのは?」
「『書庫』が【隔絶された時空】になってたんです」
ロドリーゴの顎が落ちる。器用にも口をアングリ開けたまま頷いて続きを促す。
「おそらく、書庫は位置的には礼拝堂の真下にあるはずです。書庫そのものには礼拝堂からは入れなさそうですが、書庫を【隔絶された時空】にするための魔術に関するもの、おそらくは魔道具ないし【魔法陣】でしょうけれど、礼拝堂を探せばそれが見つかるはずです」
「父様、あの礼拝堂の見取り図を手に入れていただけませんか」
暫し考えた後に、ロドリーゴが真顔になる。
「それは止めた方がいいな」
『どういうことでしょう?』
「教会の建物の見取り図は、全部教会本部に申請しないと見られない。つまり、即記録に残り、教会関係者から要注意人物とみなされる可能性がある」
それでも、見取り図が必要な理由があるかね?と問われる。
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「一旦整理しようか」とロドリーゴが壁に掲げられた黒板に向かう。
「古い礼拝堂の周辺は今は教会騎士団がウロウロしていて近づけない。少なくとも、犯罪捜査が終わるまでは無理そうだ」
チョークを手に取り、カカカっと書き出していく。
「教会騎士団の動きについて情報を得る必要があるな」
「それであれば、フレデリカからフローレンスさんに聞いてもらいましょう。我々は犯罪捜査の前段の内偵に参加して協力していますし、結果を気にしていると捉えられ疑いの目を向けられることはないと思われます」
黒板には、「フレデリカ→フローレンス」と書かれ、大きく丸で囲まれる。
「とはいえ、人目を気にしながらコソコソと何度も『書庫』に通うのは現実的ではないですね。『書庫』に近づく回数が多いほど、人目についてしまう危険が増えてしまいますし」ジョヴァンナからも助言をもらう。
「いっそ、『幻の書庫』の蔵書をすべて運び出すのではいかがでしょう。別の場所に、我が家だけの『幻の書庫』を作るのです」
ロドリーゴが顔を顰める。
「ジジよ、それは教会に対する明確な敵対行為だとわかっているかね?教会が隠しながら保持している知見を盗み出して我が物にする、または、教会が危険視する知識を大量に保有する、いずれであっても発覚したら教会は君に容赦しないよ」
「それでは、発覚しないようにすればよろしいではないですか」
ロドリーゴの表情が空白となる。
「そのためにこそ、礼拝堂を探索する必要があります。【隔絶された時空】を作る術を我が物にして、入れ物を作ってから蔵書をいただくのですよ」
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ロドリーゴが「コトは思ったほど単純ではないね」と呟き、その場は解散となった。
少なくともジョヴァンナはこの件については中立だろう。
ジャンフランコ自身も、ひとまず魔道具・【魔法陣】に関する知識だけ得られれば、「幻の書庫」の残りの蔵書については後回しにしてよいと考えている。
三人の中で最も切実に「幻の書庫」の蔵書に触れたがっているのは他ならぬロドリーゴだ。
一方で、そのロドリーゴにしても『幻の書庫』を求める危険性・困難さについては認識していた。今日明日にどうにかなる、というものでもあるまい。
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自室に戻ると、ジャンフランコは鍵の疑似魔道具を立ち上げる。
ロドリーゴには報告しなかったが、「目録」以外にも「幻の書庫」から数冊の本を持ち出している。その中の一冊、少し厚い辞書のような本を手に取り、鍵の疑似魔道具 を切る。書籍の背表紙の文字は比較的現代の文字に近い。
「古代文字の考察」
これこそがジャンフランコが最も切実に求めていた知識であり、「幻の書庫」を探し求めた原動力となった書物だ。彼自身は、これさえあれば「幻の書庫」も半ばどうでもいいとすら考えている。
部屋の外に灯りが漏れないよう、【神具】の薄明りだけを頼りに表紙をめくると、最初のページが目に入る。【魔法陣】でおなじみの古代文字の周辺に、細かい文字でびっしりと説明が書き込まれている。どうやら、古代文字というのは一つの文字に大量の情報を圧縮して記述するための文字らしい。
最初の数ページを読み込んだだけで、神測が分析を始めるが、それだけで魔力をかなり使っているのを感じる。もう何ページか読むとそれだけで魔力枯渇を起こしそうなほどの魔力消費だ。
「禁書」の扱い、その危険性について説明された今となっては、この書物を秘匿しなければならないことがは分かる。開いた状態のまま魔力を枯渇させ、この書物を誰かに見られることになると致命傷になりかねない。明日にはフレデリカにも改めて口止めをしなければと思う。
後ろ髪を惹かれる思いでページを閉じて、鍵の疑似魔道具の先に「古代文字の考察」 をしまう。
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本音では早く「古代文字の考察」を読んでしまいたい。それが【魔法陣】を読み解くための最も早い近道であるからだ。
今ジャンフランコにできることは一つ。
「幻の書庫」の扱いに目途がつくまでは、毎晩魔力枯渇起こすまで神測を強化することにしようと決意する。
今まで魔力枯渇と最大魔力量の増大を繰り返してきた。特に前回の魔力枯渇の際には最大魔力量が大幅に増大していたものの、その日は既に大量の魔力を消費していたことを思い出し慎重に進めることにする。
【爻】を256本から296本に増やした時点でクラリと眩暈がした。
ここで止めると丁度よく魔力枯渇寸前するだろうと考え、そのまま意識を手放す。
明日の夜は何ページ読めるだろうか。楽しみで仕方がない。
魔法陣研究の最大の手掛かり、古代文字に関する情報が出てきました。
次あたり魔法陣研究がはかどりそうな予感。




