魔道具修理、はじめました
昨日手加減した分、ジョヴァンナが容赦ありません。
連日のインク騒動から明けて翌日。
昨夜は遅くの帰宅でもあり追及や指示を控えていたジョヴァンナだったが、朝食が終わると有無を言わせずジャンフランコを書庫に引っ張っていった。
ジャンフランコは逃げることも叶わず書庫に積まれた高火力・広範囲の【魔導書】を読み込んで【魔法陣】に変換して覚えこむ作業に取り組む。
前日に発見した「法則」を応用してどんどん変換する。戦術級の【魔導書】、具体的には半径百メートルくらいの範囲を灰燼と化す高温・高火力の炎の渦を呼び出す【魔導書】、触れたものを忽ち骨も残さず溶かし切る毒で満たされた沼地を生み出すと触れ込みの【魔導書】、巨大な竜巻を呼び起こし目の前のすべてを高空に巻き上げるとする【魔導書】などまでは「法則」に基づく【魔法陣】への変換が狙い通りに作用し、次から次へと使用可能な魔法として登録されていく。
『想像するだにエグい魔法ばっかだね。ちょっと物騒に過ぎるよ』敵とは言えそれだけの生命を自分一人の力で刈り取る程の割り切りは、イザとなっても自分には出来そうにないな、と思ってしまう。何より、そんな魔法が敵味方の間で飛び交う戦場に立つなど真っ平御免である。
そんな思いが通じたのか通じなかったのか、戦略級、つまりは都市一つを一瞬で無に帰すことを謳う【魔導書】では【魔法陣】への変換がパタリと成功しなくなってしまう。何度か試みてもできないものはできない。「できませぬ」とジョヴァンナに謝ると、無言で次の【魔導書】を押し付けられる。何度挑戦しても失敗するものは失敗する。【魔導書】の読み込みまではできても「法則」に基づく変換が動かない。
「どうしたのかしら?ここまでスルスルと魔道を究め、いずれ遠からずわたくしのいる高みにまで登って来られるものと思っておりましたが、何が足りないのかしら?魔力量かしら?それとも身体が育ってないからかしら?戦の経験?死地に放り込めば三日くらいで何とかなるものかしら?」
母ジョヴァンナが別人かと思うほど物騒なことを呟き始めた。同時に纏う気配がどんどんと剣呑なものに変わっていき、気のせいか周り中のすべての生き物が息を潜め気配を殺そうとしているように感じる。無音が過ぎて空気が肌に痛い。
それでも押し付けられる【魔導書】を広げては首を横に振り続けることを繰り返す中で原因と対策が見えてきた。戦略級の【魔導書】は戦術級と比べ格段にボリュームも大きく複雑に込み入っており並列で記述されている【魔法陣】も格段に多い。言ってみれば複数の【魔導書】をいくつも内包していてそれを並列で発動させるような構造になっている。要は枝分かれが多く複雑に過ぎて変換過程が最後まで到達できず途中で止まってしまうのである。
前世の経験からするとこういう場合に必要なのは変換の能力の底上げによる力技である。神測の能力をもう数段高めてやらなければ先に進めそうもない。
ジャンフランコ自身は戦略級の攻撃魔法など興味はないので積極的に後回しにする気満々であるが、ブツブツ呟きながらちょっと洒落にならないくらい非人道的な対処法を考えているらしきジョヴァンナが許してくれるとも思えない。
「あの、母様?」
声を掛けると、こちらに目線を向けてくれる。が、その目が怖い。
「おそらくですが、対処法が分かりました」
「あら」
見下ろす顔が笑顔になったが、目は何というか獲物を狙う狩人のような目のままだ。その目でジャンフランコをロックオンしたままジョヴァンナが腰を屈め目線の高さが同じになる。と思ったら両手で頭を包まれる。普通なら次に頭を撫でられたり抱きしめられたりを期待する姿勢なのだが、今は「捕獲された」としか思えない。
「どういうことかしら、言ってみて」声音は優しいが、返答を間違えると良からぬことが起きそうで生唾を飲み込む。
「僕の神測による【魔導書】の分析が、【神具】の力が足りずに途中で止まってしまっています。要は、神測の【爻】の数が足りていないのです。お時間をいただいて、【爻】 の数をある程度増やせば高度な【魔導書】を読み解くにも十分な能力となるのではないかと」
ジャンフランコがそう答えると、ようやくジョヴァンナが纏っていた物騒な空気が姿を消す。
「そうなのですね。わたくしが初めて強大な破壊魔法の【魔導書】を読み解くことができたのは一人迷宮のような遺跡の奥底に取り残された時だったのだけれど、そんな所へいかなくても【魔導書】が読み解けるのならそれに越したことはありませんね」偶然迷宮内で発見した【魔導書】を読むことが出来て、覚えたての魔法で遺跡を消し飛ばして脱出できたのだという。纏う空気は変わったけれど、発言は物騒なままだ。
「そうね。今日はロドリーゴ様はいらっしゃらないから、次にお運びいただいたときに頑張ってもらおうかしら」
「あの、僕ひとりでも何とかなるかと思いますが」
「それはダメ。大事な一人息子をうっかり魔力枯渇で死なせるわけにはいかないわ」さっきは本気で死地に送り込もうとしてなかったっけ?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジョヴァンナの前を辞して、ジャンフランコはフレデリカを伴って工房へ向かう。前日にシュナウツァーから与えられた新しい課題に二人で取り組むことにする。図形を正確に何個も同じ大きさで描く課題には合格をもらったので、段々と図形の大きさを小さくしていく課題を貰って帰ってきた。黙々と二人で練習するが図形の大きさが肉眼で確認しながら描ける限界に到達してしまった。ちょっと壁に突き当たった感がある。フレデリカと顔を見合わせる。
「このくらいで合格をもらえるだろうか」
「おそらくは。その次は拡大鏡を渡されて、より小さな図形をより正確に描く練習ですね」
ここまではシュナウツァーさんから与えられた課題を順調にこなしてはいる。
『でも、実際に魔道具の修理ができるようになるためにはまだまだ先が長いんだよね』何せ遠目には細く描いた線にしか見えないくらい稠密な文字を細密な線で描かなければいけないのだ。そこまでに何度課題に挑み合格をもらわなければいけないのだろう。それに、そこまでの腕を身に着けたとしても修理できるのは【照明】の魔道具とか【暖炉】の魔道具など比較的単純な魔道具まで。
シュナウツァー商会長の闇魔道具コレクションの多くや、修理できず魔道具墓場に捨てられた魔道具は更に緻密で細密な【魔法陣】で作られていて、これはおそらく人間の職人技では修理不可能だ。
そして、気づいているけれどフレデリカの魔道具も人間技では修理不可能なレベルの細密な【魔法陣】でできていた。これが多分複製されて庶民でも買える値段で魔道具店で売られている魔道具と、お貴族様が手放さず使いつぶす魔道具との違いなのだろう。
このところ母ジョヴァンナの暴走に巻き込まれたことも大きいが魔法に関することばかりが伸びていて魔道具についてゆっくりとしか成果が出ていないことが歯がゆい。神測 の能力を試すつもりで、半ば悪戯心で魔法を覚えてはみたけれど、自分は魔法使いを目指したいのではなくて、自分の手で魔道具を直せるようになって、ゆくゆくは自分で魔道具を作れるようになりたいのだ。
『職人技てのが一朝一夕で身につかない、ていうのは分かるんだけどね。魔法のときみたいに天恵で何とかできないものだろうか』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
神測 を立ち上げて、右手に【疑似】 魔道具を呼び出す。今現在の目標にしているフレデリカの壊れた魔道具の【魔法陣】だ。
魔道具修理の修行に行き詰まるジャンフランコの心情を察したのか、フレデリカは「修行でお疲れなら少しお休みして、楽しいことをなされませ」と微笑む。笑顔に背中を押され、予定を変更して魔導具の分析を始める。
左手に壊れていない【疑似】 魔道具を呼び出して右手の【疑似】 魔道具と比較する。次々とフレデリカの魔道具由来の【魔法陣】を比較していった結果、二つのことが分かった。
一つは、【魔法陣】はどれも大きく二つの部分に分かれていて、それぞれの魔道具固有の部分にはまったく共通点がなく【魔法陣】の大きさもマチマチである一方、ホルダーのような魔道具に接続される部分に近い【魔法陣】はすべての魔道具で共通であった。
そしてもう一つは、魔道具の故障部分がすべてその共通部分に集中していたことだ。ホルダーに接続される部分の基板の割れや欠け、こすれて【魔法陣】が薄れたり剥げたりなど、多分ホルダーとの付け外しに起因する接続部の不良が故障の原因と推察された。
ここまでわかれば修理の方針は立てられる。故障していない魔道具から共通部分をコピペするだけで修理ができそうだ。
試しに、左手の正常な【疑似】 魔道具から、右手の壊れた【疑似】 魔道具に共通部分の【魔法陣】をコピペする。異常を示す赤い範囲選択が消えたことを確認する。
『【実証】』右手の【疑似】 魔法具に魔力を流すと、【疑似】 魔道具の先から【金】属性の魔力が塊となって漏れ出てくる。
フレデリカが頷き、ジャンフランコの背中側に回って右手を【魔法陣】に添えた。手の平で魔力の塊を覆うようにすると、彼女の【神具】が反応し、右手に魔力でできた武器が形をとる。太い棒が伸びていくと先に握りこぶしより少し大きい球体が生まれ、そこから無数の鋭い棘が伸びていく。
「モルゲンステルン」フレデリカの口から武器の名前が告げられ、彼女はジャンフランコから離れ、武器を右手に構えたまま何度か軽く振ってみる。
「振った感じも問題ないです。これが使えるならばジャンフランコ様の護衛任務でできることが増えます」長剣ほどのリーチがない一方で近距離でも振りぬくことができ、短剣よりも殺傷力が高いため狭い場所での護衛に最適なのだとか。
「これが魔道具としていつでも使えたらよいのですが」そう呟きながら右手を見つめる彼女を見ていると、何とかして修理できないものかと考えてしまう。
『頭の中や手の中に呼び出す【魔法陣】と同じように、現実の魔道具にも【魔法陣】をコピペできればいいのに』そう思った瞬間、右手がパッと短く光る。【具現化】
はっとなりフレデリカの顔を見つめる。
これで彼女の魔道具を修理できるようになったのかもしれない。ただし、ぶっつけ本番はなしだ。フレデリカに頼み、保管庫から最初に分解した【照明】の魔道具の残骸を持ってきてもらう。【魔法陣】と魔石の付いている方だ。基板部分の欠けは樹脂を使って埋めてあった。テーブルに置いてもらい、右手には【疑似】照明の魔道具を呼び出す。
【疑似】魔道具の修理済みの部分を選択しコピーした後に、左手を意識する。『【具現化】』左手の指先に光が灯る。これが正しい手順だと確信できるけれど、まだ確認する術はない。
「フレデリカ、魔道具工房用に購入してもらった拡大鏡があったよね?持ってきて魔道具の上にかざしてくれないかな?」
拡大鏡を通して【魔法陣】の故障部分に左手の指先を持って行って軽く当てる。
が、何も起きない。左手の指先には光が灯ったまま。貼り付けるはずの【魔法陣】も、おそらく残ったままのはずだ。
何かが足りていない。考え込むジャンフランコを見てフレデリカがハっとなって魔道具修理の練習用に使っていたインクの小皿を持ってくる。
「魔道具の修理には材料が必要よね?」
ジャンフランコの左手をそっと掴んで左手の指先をインクの液面に軽く触れさせる。すると左手の指先がちかちかと点滅を始める。点滅する光の色もインクの属性、すなわち【金】属性の貴色である金色に変わっている。おそらくはインクがコピーした【魔法陣】の形を写しているのであろう。
壊れた魔道具の【魔法陣】の上に近づけていくと、光が指先を離れ、すっと吸い込まれるように【魔法陣】の上で定着した。便利なことに細かい位置合わせや大きさの調整もなしである。
インクが乾いて定着するのを今か今かと待つ。
スイッチ部分に触れると、壊れていた【照明】の魔道具が、【疑似】魔道具と同じように点灯した。
「信じられるかい?魔道具を直せるようになったみたいだ」
「おめでとう!ようやく一つ。ジジの願いが叶ったね!」
二人で顔を見合わせる。二人とも泣き笑いである。
「さて、次が本番だね。何を直すかだけど」
「もう!意地悪をおっしゃらないでください!」
実物の魔導具も修理できることが確認できたので、いよいよフレデリカの魔導具修理に取組む。
涙を拭いたあと、フレデリカは故障している自分の魔道具の外装の隙間にそっと薄刃を添わせて分離させ【魔法陣】を露出させていく。それを受け取ったジャンフランコが基板の欠けた部分を探しては樹脂で埋めていく。
「せっかくだし、最高のインクで修理しようか」
新しいインク皿を用意して、その上に二属性の魔法インクを用意する。
樹脂が乾くまでが待てなくて、基板部分が壊れていない魔道具で最初に試すことにする。【魔法陣】が擦れて薄くなっただけであれば、上から【魔法陣】を上書きするだけでいいはずだ。
右手に正常な魔道具の【魔法陣】を呼び出しコピーする。共通部分の【魔法陣】を丸ごとコピーしているので、ちょうど人差し指の先くらいの大きさの光が左手指先に灯る。インクに浸けるとコピーされた【魔法陣】の隅々にインクが行き渡るのが見える。ペーストすると、元の掠れた【魔法陣】の上に綺麗に上書きされているのがわかった。
樹脂よりもインクの方が先に乾いたので、フレデリカがそっと修理済みの魔道具を左手で摘まんで先端を右手の平に向け魔力を流す。正常に動作していることを示すかのように魔力の塊が右手の平に顕れると、彼女が天恵を発動し、【金】属性の魔力が円形のバックラーシールドのような形をとる。
「『シルト』をまた使える時が来るなんて」フレデリカが涙を堪えているのが分かる。しばらく天恵 が形作った盾を見つめていた彼女だったが、ふっと盾を消すとジャンフランコの右手を取って両手で頭上に捧げ持つようにし、その前に跪く。
古式に則った主従の誓いの形である。
「ジャンフランコ・スフォルツァ様。貴方様を我が主として生涯の忠誠を誓います。この忠誠は死が二人を分かつまで続きます。どうか我が誓いをお受けください」
ジャンフランコは目を瞬かせしばし呆気に取られていたが、すぐに顔を引き締める。
「フレデリカ・ロイックス、あなたの忠誠を受け入れます。末永く私の盾となり剣となってください」
とりあえず、魔道具修理にも天恵活用の目途が立ちました。
ずっと読み込んだり取り込んだりとインプットばかりしていた神測ですが、新たに【具現化】の能力が増えてアウトプットの仕方も幅広くなります。
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