規格外であることを実感する
魔道具工房をゲットするまでにもひと悶着ありそうです。
※ 手に呼び出した魔道具由来の魔法陣のことを「【疑似】魔道具」と表記
することにしました。
※ 少々長すぎるのでキリがいいところで二分割しました。
その朝の朝食の席に現れたジャンフランコは、紙より白い顔色でニヤニヤ嬉しそうにしているという、傍目から見て非常に危うい姿であった。
侍女の一人が「不死人が現れたのかと思った」と怯えるくらいには不気味である。
顔色の悪さは、明らかに前日のジョヴァンナ式訓練が原因であろう。
神学校初年度の子供に魔力回復薬をガブ飲みさせながら同年代の杖の天恵持ち見習いがひく勢いで魔法を撃ち続けさせるなど、明らかにやり過ぎである。
ニヤニヤ笑いの方も原因は昨日の出来事であり、専用の魔道具工房が完成したとの知らせに彼の頭は多幸感で満たされ、自身の体調など気にも止まらないほど。
『ようやく。僕の魔道具工房が完成した。これからは多少見た目が残念であっても魔道具を持ち帰っても叱られないし、何となれば外装を分解して中の【魔法陣】を調べても誰にも文句は言われないんだ』
実際には、『誰にも文句は言われない』などということはあり得ない。
工房に籠ることを許される時間は決められているし、それ以外の時間に工房に籠っていたら叱られることは確実である。そもそも、今現在魔道具工房の鍵をもらってすらおらず、未だ"オアズケ"状態である。
朝食の時点でジャンフランコの自制心に不安を感じたジョヴァンナは、一日の予定を真面目にこなすことを工房の鍵の前提条件に設定する。「メディギーニ商会での勉強と訓練から戻るまでは魔道具工房のカギは渡しません」
そこまで言われてなお、ジャンフランコの頭の中は一日の予定ではなく魔道具工房で完全に占められていた。
『手持ちの魔道具を保管するスペースはどんな風にしようか』
『魔道具を分解したり組み立てたりする大きな作業台が欲しくなるな』
『【魔法陣】を修理したり、細かい作業をするための作業机が別に必要だな』
『シュナウツァーさんから課題をもらって練習するためにも作業机は使えるね。課題はフレデリカも同じようにもらうから作業机は二つ必要か』
これらの妄想が映像付きで何度も何度も頭の中でリフレインしている間、ジャンフランコの顔はだらしなく緩み、二つの目の焦点は彼の顔の前のそこかしこをさまよい続ける。誰かに何かを問われても返ってくるのは生返事だけ。
ジャンフランコの今の状態を一番的確に表す言葉は「上の空」である。
間の悪いことに、インク生成を題材にした練習に始まり、前日に丸一日実戦形式で魔力操作の鍛錬を受けた結果、彼の【神測】【実証】の魔力制御は洗練を極めてしまっていた。必要な魔力の属性・属性間のバランス・魔力量を諸元として発動時に指定すれば、あとは維持することを意識せずとも指定したとおりの魔力を流し続けられるようになっていたのである。
要はスイッチを入れたが最後、オフにするまで一定の魔力が流れ続けるのだ。
「上の空」状態でも魔力を流し続けられるようになったジャンフランコに何がおこるかというと……
ジャンフランコの体調を考慮して予定より少し遅れて始まった魔力操作の訓練は、インクの【疑似】魔道具を使うもの。魔力制御の巧拙が出力されるインクの濃淡に直結するため、鍛錬の成果が"目に見えて"わかることが採用理由である。
「ジジ、ここに"壺"を置いておくから、この中めがけてインクを出力するのよ」
「はい、母様」
「集中が乱れたらインクの出方が乱れてすぐに分かるからね」
「分かってます。母様」
「壺四杯分、指示通りに魔力を流してインクを出力出来たら合格です」
「問題ありません。母様」
「では、最初は【金】属性一属性だけ。始めて」
ジョヴァンナの合図でジャンフランコの右手に顕れた【インク生成】の【疑似】魔道具が光り、ゆっくりとインクが壺の中に注ぎ込まれていく。
「次は、二属性 で高品質のインクの方ね」
「了解です。母様」
一杯になったインク壺が空の壺と入れ替えられると、即座に魔力の流れ方が変わり、今度は【土】と【金】二つの属性の魔力が同時に流れ、インクの品質も濃厚で高品質なものに変わる。
「次は一属性で」
「次は二属性で」
ジャンフランコの魔力操作が洗練された証左 に、一属性・二属性を自由に切り替えて魔力を流し、【疑似】魔道具に流れる魔力量には僅かな揺らぎさえ見せない。指導するジョヴァンナはその完成度に見惚れた。
…が、それもインクを受け止める四杯目の壺が溢れそうになるまでのことだった。
「ジジ。そろそろ容器が一杯になるわ」
「はい。母様」
「もう十分です。魔力を止めなさい」
「わかってます。母様」
「もう溢れるってば!」
「問題ありません。母様」
事ここに至って、ジョヴァンナはジャンフランコの様子がおかしいことに気づき、悲鳴のような声でフレデリカに指示を飛ばす。
「フレデリカ!大きな入れ物をもってきて!急いで!」
その間もジャンフランコの右手の【疑似】魔道具からはインクがニュルニュルと流れ出し続けるままである。
フレデリカは急いで室外に出ると侍女を呼び寄せて大きな桶を複数部屋の前まで持ってきてもらう。それを室内に持ち込むと、インク壺ごとジャンフランコの右腕を桶の上まで動かす。その間もジョヴァンナとフレデリカはジャンフランコに声を掛け続けるが、呼びかけも虚しくインクの流れは止まらない。
ジャンフランコが我に返った時には、既に用意された大きな桶五杯分のインクが生産されてしまっていた。これはそのまま市場投入されると魔法のインクの相場を崩壊させかねない量に相当する。
後にその影響を想像して頭を抱えたジャンフランコは、そのインクをやむなく工房に押し込んで市場に出さないことに決めた。
ジャンフランコが我に返ったのは単なる偶然に過ぎない。工房についての妄想からふと我に返り「そういえば、母様に鍵貰わないとだっけ?」とジョヴァンナの顔を探し、ジャンフランコを必死に制止する顔が目に入らなければ、インクが満タンに溜まった桶があと五つ~六つは作り出されていたであろう。既に常人なら複数回魔力枯渇を起こして倒れるインク量の数倍を産出しておきながら、彼の魔力はまだ半分以上残っていたのだから。
工業用原料のスケールで生産されてしまった大量のインクを前に顔を引きつらせつつ、それでもジャンフランコはジョヴァンナに確認をする。
「それで、母様。僕の魔力制御はいかがでしたでしょうか」
「"上の空"の状態でも完璧に属性の制御・魔力量の制御ができていたのです。基礎訓練は合格と言わざるを得ないでしょう」ジョヴァンナが溜息交じりに応える。
「では、魔力操作の訓練の時間は別のことに使ってもよろしいでしょうか。例えば【魔法陣】の解せ…」ジョヴァンナが満面に貼りついた笑顔を浮かべながら首を横に振る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「今日から貴方に新しい課題を与えます」そう言って【防諜】魔法を解除すると、ジョヴァンナは邸の書庫にジャンフランコを連れていき、彼が手を触れたことのない一角を指し示す。そこには本ではなく筒状に巻き取られた古い羊皮紙が、何本も無造作に積み重ねられている。
「あなたは筋がいいから、これも全部読み解けるか挑戦してみてほしいの」一本を取り出して広げて見せる。以前、ティツィアーノから『読めないけど繰り返し目で追っていくと魔法が【神具】に登録される』と聞いていた書物。つまりは【魔導書】である。
「昨日はメディギーニ商会の地下演習場が耐えられる威力までの魔法を覚えてもらったけど、それ以上となるとさすがに目の前で発動して覚えてもらう、って訳にはいかないでしょう?」
なら、別の手段が必要になるの、とジョヴァンナが続ける。
「貴方が【魔導書】から魔法を覚えられたらすべてが解決でしょう?」
「ですので、まずはあなたが【魔導書】を"読める"かどうかの検証をお願いします。あなたはほかの杖の天恵もちとは異なる魔法の覚え方をするのですもの。【魔導書】を読める保証はないのだけれど、目に見えない魔法の流れを【魔法陣】に置き換えてしまえるあなたです。時間は掛かっても読み解く方法を発見するとわたくしは期待していますよ」
「ちなみに、母様。僕が【魔導書】を読めてここに書いてある魔法を習得できたとします。その場合の検証はどうされるのですか?メディギーニ商会の地下では試せないんですよね?」広範囲を破壊する攻撃魔法など試す場所もないはずだが。
「それはね」フフフと嗤う。
「そうですね。そろそろ何とか共和国とか名乗るゴロツキどもにご挨拶に伺ってもよい頃合いですわね」ジョヴァンナの纏う空気が急に変わる。
ジャンフランコもフレデリカも知らない。それがメディギーニ達百戦錬磨の大人達ですら恐れる『戦姫の笑み』であることを。
ジャンフランコには突然、ジョヴァンナが伝説の天災、例えばドラゴンでもあるかのような畏怖と恐怖を感じた。横にいるフレデリカも同じなのであろう。青い顔をして小刻みに震えているのが見える。
そこに、侍女が昼食の用意ができたことを告げに来た。
ジョヴァンナの纏う空気が一瞬にして緩む。
「あら、もうこんな時間。そういえばジジが際限なくインクを出し続けていたせいですよ。午前中の予定は全部キャンセルになってしまったわ」コロコロと笑う。
「では、昼食が終わったらメディギーニ商会に向かいなさい。ジジは昨日のこともあるし質問攻めに遭う覚悟をしていらっしゃい」
「はぁい」ここで既に生返事に戻ったジャンフランコにジョヴァンナが釘を刺す。
「それと、午後もう一度何かやらかしたら工房の鍵は当分渡しませんからね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日のメディギーニ商会での教育課程は予め決まっていたが、「学友」たちにとっては、そんな予定を吹き飛ばすほどに昨日の出来事は衝撃的だったのだろう。ジャンフランコが勉強部屋に姿を現すと、「学友」たちが彼を取り囲む。
「えーと。ジジは昨日父上たちと地下演習場で何をしていたの?」
「父上達の魔法を見せるよう、ジョヴァンナ様が命じていたよね?」
「見せてもらってたのは攻撃魔法?それも威力の高いヤツだよね?」
「昨日の午後はずーっと恐ろしい音と地鳴りが地下演習場から響いて来ていましたものね」
「父様達が来る前はジョヴァンナ様がご一緒だったでしょう?ジョヴァンナ様の魔法も見せていただいたのかしら?」
「ジジもジョヴァンナ様と同じように魔力回復薬を飲んでいましたよね。ひょっとしてジジも魔法を撃ってたのではありませんか?でも、ジジは杖の天恵持ちではありませんよね?」
「父上に何度聞いても『わたしは魔法のことはわからんよ』と教えてくれない!ジジはその場にいたから知っているよね?」
『母様が言っていたのはこれか』
「答えられることだけでいい?」
放っておくと際限なく質問が続きそうと踏んで、ジャンフランコがゆっくりと話し始める。
「まず、昨日は地下演習場に拉致されて、ひたすら母様や大人の杖の天恵持ちが攻撃魔法撃つの見せられてたよ」
『皆さん母様の前でアピールするためか威力も半端なかったよ。おかげで地下演習場が崩壊するんじゃないかとヒヤヒヤしっぱなしだったけれど』
「見せられてただけじゃないよね?」
「そのことはこれから話すからさ」ジャンフランコの天恵に関することは部分的にしか開示できない。どうしても話し方は慎重になる。
「僕の天恵は僕自身にも謎な部分が多いんだ。で、たまたまなんだけど、魔法を覚えて使う方法があることが分かってさ」
「学友」達の口が揃ってポカーンと開いたままになっている。
『そらそうだよな。母様達だって、最初の反応はそれだったもの』
「ちょっと待って!それなら普通は【魔導書】をたくさん読むんじゃないの?『魔法を見せられて』って?」
「僕の魔法の覚え方が少々変わってるみたいでね。まだ【魔導書】は読めないんだけど、代わりに発動した魔法を見るとその魔法を覚えられるみたいでさ」
「そんな!あの面倒臭い【魔導書】を読まなくて済むなんて!何と羨ましいんだ!」
「あ~、でも僕も【魔導書】からは逃れ 「はいはい、お喋りはそこまでだ!君達、今日の勉強の予定はどこ行ったんだ?勉強が終わるまで演習場での実技はお預けだぞ」 」
『どうやら話していいのはここまでだったみたい』
後ろから声を掛けてくれたのはフィオリオ子爵。昨日も弱体と強化魔法を見せてくれた。得意魔法が同じことから分かる通り、アレックスの父親だ。冬休みの間、「ご学友」の親が交代で座学と実技を見てくれることになったとジョヴァンナから聞いている。実戦経験者の視点から子供たちの弱点を見出し改善方法について提案し、成長を見守る態勢とするらしい。
『実技はお預け』の一言の効果は抜群だったらしく、「学友」達はノートを取り出して座学の復習に手を着け始める。内容は魔法学校と騎士学校の授業内容の共有なので、自然とティツィアーノとダリアの周りに子供たちが集まる形になる。
『僕はティツィアーノの方かな』魔法戦闘の組み立て方の基礎について、ティツィアーノが自分のノートに沿って話すと、フィオリオ子爵がスフォルツァ辺境伯領固有のやり方とリモーネ王国流との違いを補足するスタイルで座学が進んでいく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
座学の後は全員で地下演習場に移動し、杖の天恵持ちは全員低火力の魔法で的に正確に当てる練習である。ジャンフランコはそちらに参加してはみたものの、さすがに俄か魔法使いには荷が重かった。
ジョヴァンナにグッサリ刺された釘の効果で"心ここにあらず"状態で魔法を暴発させたりはしないものの、技術の蓄積がない状態で他の杖の天恵持ちと同じことを求められても無理である。
とはいえ、ジャンフランコもただでは起きない。【神測】【細密走査Ⅱ】を発動させておけば勝手に【魔法陣】を読み込むのをいいことに、「学友」達の魔法のサンプル取得に勤しむ。
ジャンフランコの【魔法陣】研究はまだ始まったばかり。必要なのは膨大な数の参考事例である。
ジョヴァンナ怖いです。さすが二つ名持ちです。
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