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名付けと祝福

プロローグから変わり、舞台は作品世界に移ります。


・主人公の家庭の事情

・世界観の一部の紹介

・主人公にチート能力が授けられる瞬間

です。

 美しい模様の壁紙で囲まれた部屋の中、産婆と思しき年かさの女性が柔らかな布に包まれた赤子を抱いて天蓋のある大きな寝台に近づいていく。

 部屋の雰囲気は、地球でいうところの近代ヨーロッパに近いものがあるだろうか。

 貴族趣味というほど装飾過多ではないが、それでも中流階級以上と判断してもよいような、シンプルで清潔感のある上品な家具が並んでいる。


 寝台に横たわるのは艶やかな黒髪の女性。彼女がこの部屋の主であろうか。出産の疲労は隠せないが、たおやかな微笑みをたたえたまま、侍女と思しき女性が汗を拭い乱れた髪を整えるに任せている。

 最後に腰上の辺りまでが寝具で覆われると、枕元、手の届く場所に赤子が寝かされる。

 彼女は赤子に微笑みかけてそっと手を伸ばす。


 部屋の中にノックの音が響き、シンプルだが上品なドアが開く。

 清潔そうな無地のローブをまとった少年がドアの前に立ち、部屋の外、廊下にいるであろう人物を恭しく招き入れる。

 やや暗い廊下から徐々に姿が明らかになり、白地に金糸の刺繡が施されたローブを纏った青年がゆっくりと部屋に入ってくる。先ほどの少年がドアを閉じ、青年の後ろに付き従う。


「ロドリーゴ様。」寝台の上の女性が身を起こそうとするが、青年はそれを制するように左手の平を向ける。ローブと同じ白地に金糸の生地を丸めたような帽子を被っているが、少々傾いてしまっていることに気づき、まっすぐに直し整えようとする。

 寝台に横たわるこの部屋の女主人は、その姿にクスリと笑みを浮かべる。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 この部屋の女主人の名はジョヴァンナ・スフォルツァ。元は隣国の高位貴族の生まれであったが、たまたまこの地を訪れていた時に生国(しょうごく)で政変が起こり、家族は全員捕えられ幽閉される事態となった。

 一人異国に取り残され帰国することも叶わぬ彼女の立場は亡命者の元貴族令嬢へと変わる。

 身寄りのない彼女はたまたま滞在していた婚約者の家を頼った。

 だが、彼女が頼ったボルツァ侯爵家にしてみれば、生家の後ろ盾も資産も何もかもを失った元貴族令嬢を単純に受け入れることは経済的な意味でも、そして、政治的な意味でも現実的ではない。


 そもそも彼女は、ボルツァ侯爵家から配偶者を娶り(めと)スフォルツァ辺境伯家の当主となることが内定していた。

 次期当主の義務として喪われた辺境伯家の再興を目指さねばならない彼女は、非常に扱いに困る亡命者だ。彼女を庇護(ひご)する/しない、いずれの対応も隣国の新政権に対するボルツァ家の方針を示すことに繋がってしまう。少なくとも隣国の政変がどのように帰結するか見極めるまでは身動きがとれない。


 しかし、ボルツァ家は日和見(ひよりみ)に徹することも不可能であった。

 婚姻がほぼ確定していたことからくる馴れ合った雰囲気のせいか、既にジョヴァンナの胎内には2つの貴族家を結ぶ生命が宿っていたからだ。長くても子が生まれるまで、それがボルツァ家の決断のデッドラインであった。


 ボルツァ家の心情は、自家の血をひく子を孕んだジョヴァンナを庇護(ひご)する方向に傾いてはいる。しかし、せめて出産し子を養育する間だけでもジョヴァンナを庇護(ひご)し、かつボルツァ侯爵家の旗幟(きし)を明らかにしない、そんな二律背反をいかに解決すべきか。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 隣国の政変はボルツァ侯爵家にもう一つの課題を突きつけていた。本来ならジョヴァンナすなわち隣国の女辺境伯の配偶者に収まるはずだった四男の処遇だ。


 温厚で学者肌の四男は、政務・軍事いずれの面でも兄姉に劣りボルツァ侯爵家に貢献できる見込みがない一方で、有能な女当主の配偶者として深い情愛でもって彼女を支え領地経営を補佐するにはうってつけの人物であった。


 だが、隣国の政変で婚約そのものが宙に浮いた今となっては、彼自身も己の身の振り方を探さなければならなくなっている。


 何より、ジョヴァンナの胎内の子の父親である彼はボルツァ侯爵家に籍を置いたままではいられない。

 ジョヴァンナとの間に生まれた子がそのままボルツァの人間となることは、すなわちボルツァ侯爵家が隣国の新政権に敵対する立場を取ることを内外に示すことになる。一方で、子が生まれるまでの短期間に新たな相手を探し婚姻を結ぶのも非現実的である。もっとも、ジョヴァンナを突き放すことに繋がる選択は元より考慮の外であったが。


 結局選ばれたのは、四男にボルツァの籍を失わせる一方で侯爵家と同程度の社会的地位を保たせつつ、かつ、不自然ではない形でボルツァ家から財産を分け与える口実を得やすい地位であった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 出産を待ちわびたかのように部屋に入ってきた聖職者の衣装をまとった青年。彼こそがジョヴァンナの元婚約者であり生まれたばかりの赤子の父親であるボルツァ侯爵家の四男である。


 ロドリーゴと呼ばれた青年は寝台の上の女性と赤子に暖かな視線を向ける。

 その眼差しは単なる庇護者(ひごしゃ)に留まらず、間違いなく父親であり夫である男性が妻子に向けて注ぐ情愛に満ちたものだ。


 しかし、彼が選んだ立場は、この部屋の外でこの母子と家族の名乗りあげることを許さない。


 ロドリーゴがジョヴァンナを庇護(ひご)する力を得るために選んだ立場は、たまたま空位となっていたソフィア教の枢機卿(すうききょう)、すなわち結婚して妻帯(さいたい)することを禁じられた高位聖職者であった。

 形式的にはロドリーゴが僧籍(そうせき)に入ることを選択した時点で二人の婚約は解消されることとなる。

 生家から喜捨(きしゃ)という形で財産を分けられ元婚約者を庇護(ひご)する力を得るのと引き換えに、元婚約者を公式に(めと)ることも許されなくなることに彼は悩んだ。


 決め手となったのは、ジョヴァンナ自身の選択だった。

 (うしな)った生家を再興する力を得るため異国に雌伏(しふく)するには、表立った場所に立つことのない「枢機卿(すうききょう)の愛人」という立場が好都合だったこともあるが、何より愛する男が生家と対立することを避け、男との間に授かった子を産み育てることが彼女にとっては最優先であったのだ。


 ロドリーゴは王都の一角にあった瀟洒(しょうしゃ)な屋敷を購入して元婚約者を住まわせ何不自由ない生活をさせ、彼自身は人目を忍んでそこに通うこととした。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 今、その屋敷の一室でロドリーゴとジョヴァンナは、愛児の誕生という、愛し合う男女の最も幸福な時間を共有する。だが、今この部屋を支配している甘やかな空気に自堕落(じだらく)に浸り続け時間を空費することは許されない。彼ら自身、そのことは痛いほど理解している。

「さて、ここから私は枢機卿(すうききょう)としての仕事をするよ。」上から赤子を覗き込む整った顔立ちの青年の声に、「はい。ボルツァ枢機卿猊下(すうききょうげいか)。おそれながら、この子に名と祝福を賜りたく。」とジョヴァンナが応える。


 ロドリーゴは、名前ではなく高位聖職者としての職位で呼ばれたことに一抹の寂しさを覚える。が、彼の息子~それも公の場では親子の名乗りを上げられない~を守るため、彼は聖職者としての職務を完遂しなければならない。今から行われるのは、息子の将来を大きく左右する「神具」を授かるための儀式なのだ。


「ジョヴァンナ・スフォルツァの息子よ。そなたに『ジャンフランコ』の名を与え、女神の名の下祝福する。」ロドリーゴは、従者から鈴がたくさんついたバトンのようなものを受け取ると、赤子の頭の上で5度・2度と振り、そのたびに鈴がシャンっと澄んだ音を響かせる。


 これは、女神の権能(けんのう)を宿した聖具を赤子にかざし、赤子が天恵(スキル)を得る資格があるかを問い、資格ある赤子の右手に天恵(スキル)の媒介となる「神具」を授かる儀式だ。


 鈴の音に呼応するかのように、ジャンフランコと名付けられた赤子の右手から光が漏れ出てくる。緑、赤、黄、金、青と光の色が増えて行き、一瞬暗くなった後、最後に眩い白い光が加わる。

 赤子の右手に7色の「神具」が顕現(けんげん)したのを見たか、「全属性...」誰ともなく漏らした一言が、部屋の空気を重くする。


「神具」はそれを通じて行使する天恵(スキル)の属性の色に染まる。木火土金水及び闇と光の7属性のいずれかであるが、中には複数の属性に適性を持つ者がおり、特に王族や高位貴族になるほど多くの属性をもつことから、属性の多さは「神具」との組み合わせによっては貴族家の家格(かかく)を上げるものとして喜ばれる。


 ロドリーゴもジョヴァンナもそれぞれの国の高位貴族の令息令嬢であるので、二人の間に生まれた子が全属性を備えることには何の不思議もない。

 たが、その右手から全属性の小さな剣あるいは杖~この国で最も貴ばれる「神具」~が(あらわ)れれば、この国の王家よりも格上の天恵(スキル)を得ていることにすらなる。


 それが王家の知るところとなればどうなるかは火を見るより明らかであった。遠からずその子は養子となるべく王家に召され、生みの親から引き離されることとなるだろう。


 そのことを知る者は皆、赤子の右手を固唾(かたず)を呑んで見つめる。


 躊躇(ためら)いがちにジョヴァンナの手が伸ばされ、やがて赤子の右手に触れられると、その手がゆっくりと開かれていく。眩い光も徐々に薄れ、手の中のモノのカタチを明らかにしていく。

 そこにあったのは、剣や杖ではなかった。

 三本の細長く棒状の真っ白い板のようなもの。よく見ると一方の面にだけ中央に黒く輝く線が描かれていた。

「はるか東方の国で使われる占いの道具に似たものがあったか。」

 ロドリーゴはほぅと安堵の息を吐きながら、昔読んだ書物の挿絵を思い出す。

 少なくとも、王侯貴族から養子として差し出すことを強要される危険のある「神具」ではない。


 最後にシャンっと鈴を鳴らす。これで自分の役目は終わりだ。最後に女神のお言葉を待つ。

 どこからともなく(おごそ)かな女性の声が聞こえる。

「祝福されし汝らの子に、この天恵(スキル)を授けます。『神測(デジタイズ)』を得た子を奪われぬよう。(うしな)わぬよう。」


初めての作品投稿です。


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