魔道具について調べてみよう
ちょっと本筋に関係ないダラダラした部分を見直しました。
魔道具の探求という名のリバースエンジニアリングです。
地下の演習場の一角、そこだけ暗くなっている場所に、数人の人だかりができていた。
その中に商会長を務めるメディギーニを見つけたジャンフランコが声を掛け、振り向いたメディギーニに何が起こっているのか尋ねる。
「ああ、照明の魔道具が壊れていたんで新しいものと交換していたところだよ。」
「壊れた魔道具って直せるんですか?」
「いや、魔道具を直せる人はここにはいないから、予備の魔道具と交換するしかないんだよ。」
「もしかして、壊れた魔道具って捨ててしまうんですか?捨てるなら是非僕にいただきたいんですけれど」とおねだりしてみるジャンフランコだったが、壊れたからといって魔道具が無価値になってしまうわけではないらしい。
「いや、ジャンフランコ様のお願いでも、それは無理かな」
壊れた魔道具は捨てるのではなく、中古魔道具店に持っていくと、新品の半値で買い取ってくれるのだという。
「ちなみに、おいくらですか」
「照明の魔道具は、魔道具の中では安い方なのだけれど、それでも大銀貨1枚と小銀貨5枚で買い取ってもらえるんだよ。」子供のオモチャにしてしまうには 値が張る、ということだ。
半値でその値段なのであれば新品は大銀貨3枚か。
メディギーニ商会では新品を扱っているものの、照明の魔道具の仕入れ値は大銀貨2枚と小銀貨5枚で、諸経費を考えるとほとんど利益を載せられてない。自家用は売り物の新品ではなく中古を使っているが、それでも程度のよいものは大銀貨2枚は取られるとのことだ。
「では、大銀貨1枚と小銀貨5枚でいいですから、僕に売ってください!」
ジャンフランコは学用品などを買うためにジョヴァンナからお小遣いをもらっていて、使わなかった分は大事に貯めている。大銀貨1枚と小銀貨5枚はちょうど今現在の手持ちの残金ギリギリの金額だ。
でも新品には手が出ない。壊れていても魔道具の実物を手に入れるチャンスを逃すわけにはいかない。
「こんな壊れて使えなくなったものを買ってどうするんですか」と呆れ顔で言われるが、しつこくお願いしているうちに呆れ顔が苦笑いに変わっていき、
「じゃ、大銀貨1枚と小銀貨3枚にまけときますよ。中古魔道具店にもっていく手間賃の分の値引きということにしとこう。」と譲ってくれた。
ちなみに、周囲は「こんなガラクタに大金はたいて何に使うつもり?」とみなドン引きである。
実はジャンフランコはフレデリカの魔道具を見せてもらって以来、魔道具に興味津々なのだ。単なる好奇心か。いや、自分の持つ神測には誰も解明していない魔道具の作動原理を解明する能力がある、そんな可能性もあるのではないか、と期待しているのだ。
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壊れた照明の魔道具を買い取り、勉強部屋に置いて戻ると、ジャンフランコもいつもどおりの鍛錬に参加する。
ほかの「ご学友」たちと同じ走り込みと木剣の素振りの基礎体力作りメニューを淡々とこなす。
走り込みでジャンフランコが一番最初に顎を出すのはいつもどおり。
膝に手をついてはぁはぁと息を切らしていると、「ご学友」たちから大事に育てられすぎなのですよ、と声を掛けられる。
最前線であるコルソ・マルケ砦で生まれ育ち過酷な戦場で育った「ご学友」たちと生粋の都会っ子のジャンフランコに体力面では歴然とした差があるのは当然なので、無理をせず自分のペースで参加する。
「ご学友」 たちも、そんなジャンフランコが自分たちと同じ時・同じ場所で鍛錬に取り組んでいることを好意的にみているのが、その視線の温かさからうかがい知れる。
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鍛錬が終わり、風呂場を借りて汗を流した後、ジャンフランコとフレデリカは二人で馬車に乗って家路につく。ジャンフランコが壊れた照明の魔道具を大事そうに抱えている姿を、フレデリカは半ば呆れ顔で眺める。
フレデリカは ふと、魔道具がなければ役立たずの自分をジャンフランコの護衛として取り立ててくれたジョヴァンナのことを思う。
彼女の魔道具は非常に強力な武器であるが、一方で強化や改良の術がない魔道具に強く依存する彼女の天恵には伸びしろがない。
彼女が強くなるには、魔力量を増やして持久力を伸ばすか武術を極めるといった常人並みの手段しか残されておらず、騎士や魔法使いが天恵 を伸ばして爆発的な成長をするのと比較すると、その強さはほぼ頭打ちと言っていい。
いずれ成人する頃には、ミルトン出身の「ご学友」より劣ることになる自分は、ジャンフランコの護衛任務から解任される可能性が高い。
それでも、とフレデリカは思う。
ジャンフランコが神学校に通う間だけの護衛でも構わない。その期間なら、今の魔道具でも戦えるから。せめてその間だけでも、主であるジャンフランコを支えたいと思うのだ。
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いつものように帰宅すると、ジャンフランコは一目散に自室に駆け込み、壊れた魔道具を置くと、何食わぬ顔で夕食の席に着く。
その夜の就寝時間。
明日は学校がお休みであり、壊れた魔道具を調べる時間はたっぷりとある。
が、いつもの悪い癖がむくむくと顔をもたげる。
魔道具が気になって眠れないのだ。
少しだけ、ちょっと見るくらいなら大丈夫。
そう自分に言い訳しながら、部屋の灯りを外に漏れない程度の明るさにして、ゴソゴソと起き出す。要は好奇心という誘惑に盛大に白旗を振ったわけだ。
魔道具を取り出して外観を眺める。
ジャンフランコの二の腕くらいの長さの細長い箱の形をしていて、長さの半分くらいを占める半透明の魔石に黒く塗られた木でできた箱がくっついている。
よく見ると、角の一つが削れていて、触るとポロポロと崩れる。
腐食して隙間ができてしまっているようだ。
試しに、スイッチだろうと思われる四角く塗られた場所に触れる。
壊れていなければ、ほとんど魔力を持たない平民でも使えるように微弱な魔力を流すだけで魔道具は起動するはずだが、壊れた魔道具に魔力を通してみたところで当然動かない。
ここで止めていれば「ちょっと見るくらい」で済むのであるが、ジャンフランコは好奇心に無条件降伏してしまっている。
『中を見てみたい』
机の引き出しからペーパーナイフを取り出す。
隙間のある角に沿って指を滑らせると、継ぎ目のような場所を見つける。
ペーパーナイフを差し込んで、抉るようにしながら、慎重に繋ぎ目を拡げていく。どうやら、板を糊で貼り合わせたような作りのようだ。
端まで繋ぎ目を拡げると、箱の底のようになっている場所がポロリと外れる。
今度は端の方から、さっきの角とは対角線側の継ぎ目にペーパーナイフを差し込んで抉っていく。
魔石の手前まで隙間が拡がると、箱がパカっと二つに分かれる。
そっと広げていくと、内側の一つの面に金色の線で描かれた魔法陣のようなものを見つけた。魔法陣の先には金色の針金のようなものが二本出ていて、その先に魔石がつながっている。
魔法陣の描かれた面には1か所 土台となる箱の一部が腐食したような場所があり、金色の線が不自然に途切れている。箱の一部が腐って隙間が空き、隙間から水が入って中の魔法陣の土台までが腐食して断線したのが故障の原因のようだ。
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とりあえず、神測を起動して、魔道具の中に見つけた魔法陣を記録しておくことにする。
ジャンフランコの右手の平に、極小の爻が無数に顕現し、そのまま右手を翳して、魔法陣の上を滑らせる。
以前もこうして右手を翳 すことで地図を読み取ることが出来たわけだけれど、今回はどこか物足りない、ちゃんと記録ができていないという感じが右手から伝わってくる。
「魔法陣はもっと精密に読み取らないとダメなのか」と思った瞬間、右手の神測 がパッと光り、驚いて記録を中断する。
神測 を強化した時の反応と同じであるが、爻の本数は増えてないようだ。
首を傾げながらもう一度、右手を翳して、魔法陣の上を滑らせると、さっきより多くの情報が頭に入ってくるのを感じる。
一通り神測 で読み取ると、情報量が膨大なのを感じる。そのままだと手に余る感じだ。目に見える魔法陣の形そのままに可視化できないだろうか?と考えていると、右手の神測 が再度パッと光る。
何が起こったのか戸惑っていると、頭の中に神測 が勝手に図形を描き出す。目の前の実物の魔法陣と寸分違わない魔法陣が頭の中に浮かんでいる状態だ。細部に注目すると魔法陣がぐっと拡大されていき、一本の線に見えていたものが、複雑に絡み合う細い線で描かれた記号のようなものの集合体であることがわかる。
これは記号というよりも「文字」の集合体ではなかろうか?と考えた瞬間、右手の神測 が三度パッと光る。
おそらく、神測の能力を新しく獲得した結果であろう、 最初は線で描かれた図形に見えていた魔法陣が、実は細密な「文字」の集合体であるとわかるようになったようだ。光るたびに能力を獲得したのだとすると、3段階の成長、ということになる。
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ここから更に魔法陣の理解を深めるにはどうすればいいだろう。
魔法「陣」と言うからには、文字の集合体であっても無秩序に書き散らした雑文ではなく、何らかの構造をもって「文字」が並んでいると仮定して分析すれば理解が進むかもしれない。
そう考えた時、右手の神測 がパッと光る。4回目。
頭に浮かんだ魔法陣全体にボンヤリと薄い光がかかって点滅を始めた。注目すると、点滅している範囲の最初と最後に、それぞれ数「文字」ずつ濃い色で強調された部分があるようにも見える。
前世でWebアプリ開発を生業としていて非常に馴染み深かった文書の書き方、具体的にはHTMLやXMLのような構造化テキストの考え方に準えて
<タグ> 中身 <閉じタグ>
のような構造と考えると自分にとって一番理解や把握がしやすそうだとジャンフランコは考える。
「中身」に注目すると、薄く点滅する範囲が狭まり、「中身」の中にやはり <タグ>と中身と<閉じタグ>の構造があるようだ。注目したり注意を反らしたりすると、薄く点滅する範囲が狭まったり広がったりする。<タグ>「中身」<閉じタグ> の入れ子構造がそこかしこにあるようだ。
前世ではWEBアプリ開発の場面場面で、分析用や編集用など様々なツールを使って構造化テキストを扱っていた。そのツールと同じようなことが今、自分の頭の中にイメージとして展開している。
魔法陣の全体から細部まで、先頭から末尾まで、範囲や場所を変えながら眺めていくことで、ジャンフランコは魔法陣の構造を粗方把握しつつあった。その事実に興奮が隠せない。「文字」は一文字も理解していないけれど、構造は理解できているのだ。
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そうやって頭の中に描かれた魔法陣を大雑把に眺めていくと、薄い赤色で点滅する範囲が見つかった。実物の魔法陣と「見比べ」ると、正に腐食して途切れている場所に合致する。そこだけは
<タグ> 中身 ~途切れた箇所~
のようになっており、<タグ>「中身」<閉じタグ>の構造が壊れてしまっている。
先頭の<タグ>部分と同じ「文字」の並びはそこかしこに見つかる。では、対応する<閉じタグ>も同じものでは?対応する<閉じタグ>を「~途切れた箇所~ 」にコピペして上書きできれば、もしかしたら魔法陣を修復できるかもしれない。
右手の神測 がパッパッと光る。5回目。6回目。
頭の中の魔法陣では丁度いい<閉じタグ>が選択されて薄い灰色に点滅しており、そこで「コピーしたいな」 と考えると点滅が速くなる。次に「~途切れた箇所~ 」 に注目して「ペースト」と考えると、<閉じタグ> で置き換えられる。
先ほどまであった赤色で点滅する箇所が消えた。どこに注目してもボンヤリ薄い光の点滅にしかならない。もうどこを選択しても赤色の点滅にはならない。頭の中でだけとは言え、壊れた魔方陣を理解して修復できたのだ。
またもや、神測の能力が向上し、今度は、<タグ>「中身」<閉じタグ> の構造で魔法陣を理解できるようになり、その中で必要な「文字列」を検索し、また、任意の「文字列」を別の場所にコピペできるようになった。
これまた、3段階の成長により、である。
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さて、頭の中に思い描いている魔法陣は不具合のない状態になったけれど、ここから何ができるだろう、そう思いながら右手の神測 に目線を移すと、またもやパッと光った。7度目。
今度は右手の平の上に、頭の中に思い描いていた魔法陣がそのままの形で浮かび上がる。 半透明の金色の線で描き出された魔法陣が、右手の平の上、空中に浮かんでいるという何とも不思議な図だ。びっくりしてパタパタと右手を振ってみると、魔法陣も一緒に動く。
拡大したり縮小したり、一部に注目したら薄い光が点滅したりと、さっき頭の中で行った操作を試すと同じことが右手の平の上でもできるようだ。
分解した魔道具の魔法陣の横に右手を持っていき、二つの魔道具を見比べると、途中で途切れている箇所を除けば、そっくり同じに見える。
『へぇ、これで照明の魔道具が光る仕組みは人に見せて説明できるようになったわけだ。』
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右手の平の上の魔法陣が「修理済み」だということを説明するには、実際に動かしてみるのが手っ取り早い。実物の照明の魔道具のように光らせてみたい。でも、右手の平の上の魔法陣には実体がない。どうやって試せばいいのだろうか。
実物の魔道具では、魔法陣の先には魔石がつながっていた。
魔石が魔力を供給する電池のような役割を果たしているのだと仮定すると、魔石の代わりに自分が右手の魔法陣に魔力を流してやればいいのかもしれない。
そう考えたときに、また右手が一瞬光る。8度目。
魔力が少しずつ引き出されていく感覚とともに、ジャンフランコの手の平の上の魔法陣が光を放つ。 眩しさに思わず右手から顔を背け、魔力を止める。
ついに、手の平に描いた魔方陣を実際に動かすことまでできた。これからは、暗いところでも灯りには困らなさそうだ。ちょっとした魔法使い気分にジャンフランコはニヤニヤ笑いが止まらない。
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とはいえ、ちょっと眩しすぎる。明るさの調整くらいはしたいものだ、と考えるけれど元々の魔道具には明るさを変えるスイッチのようなものは見当たらない。魔方陣の中でどこか明るさを定義した場所を直接書き換えてやれば明るさが変わるのでは?と仮定してみる。すると、今度は、3「文字」ほどの範囲が薄く点滅するようになった。<タグ>と<閉じタグ>で囲われた「中身」に相当する3「文字」だ。
ここを書き換えると明るさが変わる可能性は大いにありそうだけれど、問題は3「文字」が例えば数字だったとしても、どの「文字」が何の数字を表すかまではわからない。
少し頭を悩ませた末に、単純な方法を思いついた。3「文字」を3桁の数字と仮定するなら、どれか一文字を消すと3桁から2桁になり、10進数なら1/10に近い数字になると考えられる。
我ながら名案!文字を消すのはコピペの延長でできそうだ。
3「文字」のうち、右端の1「文字」分を選択して「切り取りたいな」と思うと、選択した1「文字」が消える。
一部を改変した魔方陣に魔力を流すと、魔法陣が放つ光もすっと暗くなる。辛うじて灯りが点いていることが分かる程度の暗さだ。成功だ。
「ペースト」を選択すると、消えた「文字」が元の場所に復活し、明るさも元に戻る。
では3「文字」→4「文字」にすると10倍になるのかもしれない。何も考えずに、もう一度続けて「ペースト」と念じると明るさを定義した場所が1文字増える。
何が起こるかは予想しておくべきだったが、後の祭りである。
今度は魔法陣が激しく光り始めて本当に目が眩む。明るさが10倍になったということか。同時に、魔力も半端ない速度で引き出されていく。
慌てて魔力を流すのを止めると、魔法陣の発光も止まった。辛うじて魔力枯渇を起こす前に止められたみたいだ。
驚いたのと、予想外に魔力を引き出されてふらついたのとで、ジャンフランコは思わず尻もちをついてしまい大きな音を立ててしまった。
そのまま床にへたり込み、はぁはぁと荒い息を吐いているとドンドンと激しいノックの音に続いて、返事をする前に勢いよくドアが開かれる。
「何事ですか!」フレデリカが飛び込んでくる。何かを警戒しているのか短剣を構えているのが見える。
僕の右手の上にはうっすら金色に光る魔法陣が浮かんだままだ。
フレデリカは短剣を構えたまま、僕の顔と右手、交互に視線を動かした後、固まってしまった。
彼女の後ろには夜着をまとったジョヴァンナが駆け寄って来る姿も見えた。
久々の天恵攻略になってしまいました。
久々のやらかしでもあります。
魔法陣の解析は、ツールを使ってWebページやスクリプトなんかを解析していくイメージですね。
神測の能力発現についての考察は、次回以降で。
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初めての作品投稿です。
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