後背を突かれないためのケア
潜入任務から戻ったジャンフランコは報告もそこそこに寝台に倒れ込む。
今回は夜明け前に城に戻れたため周囲からの余計な詮索はなかったものの、ミルトンの地下に入り口を偽装した部屋を作り上げるなど、魔力もかなり使ったため疲労度から言えば前回朝帰りとなったミルトン偵察任務よりキツい。
それでも今回は夢も見ずに熟睡したおかげか、昼前に起こされた時点で肉体の疲労も随分と回復していた。
そのまま領主夫妻とフレデリカが同席するだけの報告を兼ねた昼食会に臨む。
隠し通路にスフォルツァの者が潜める場所を作ったこと、空中からの偵察結果を分析してミルトン全体の詳細な地図が作れそうであること、お祖父様から得られたデータでミルトンの王宮内の詳細な地図も作れそうであること、お祖父様にスフォルツァにおいで頂くための【魔法陣】の手配をしていることまでを報告する。
続けて王が存命であることの報告をしようとしたら【魔法陣】にジョヴァンナが喰い付いてきた。
「この間の報告にはありませんでしたね。どのようなものなのですか?」
「【死】の女神から教わりました。亡くなった方の想いをこの世に止めておきたいなら、多くの人から功績を讃えられ祈りや感謝を捧げられる存在とならなければならないと」
「お待ちなさい。今聞いた限りでは、それは『神』と呼ばれるような存在なのではありませんか?」
「まずはその手前『鬼神』と呼ばれる存在を目指すのだそうです」
「『鬼神』ですか」
「『神』の見習いのような位置づけでしょうか。母様は何年か前の【怨霊】騒ぎを覚えていますか?」
「貴方の身に危険が及んだ事件ですもの。覚えていますよ」
「彼は元々は多くの人から尊敬を集める集落の長のような人だったそうです。旧ソフィア教会への恨みのために道を踏み外し【怨霊】のような存在に成り果てましたが、最後は【調伏】によって怨念から自由になり本来の『鬼神』としての姿を取り戻しました」
「その報告も聞いてないけれど、いいでしょう。それで『鬼神』となるとどうなるのでしょう」
「『鬼神』として人の願いに応えたりしながら徳を積み、いずれは土地や集落を守る神となるのだとか。お祖父様が同じようにスフォルツァの城、あるいはスフォルツァ領を守護する土地神を目指していただけるなら、この世に留まることも可能だ、と女神はおっしゃいました」
「分かりました。非業の死をとげるまでは、父上は正にそのような方でしたからね」
祖父についてはスフォルツァ領に残っていた資料などから読み取った情報しか持ってなかったので、母親からこのように祖父の評価を聞くのはある意味新鮮だ。
「今のお祖父様では集まっている尊敬や祈りが不足しているので、足りない分を我らスフォルツァ家の者でお助けするための【魔法陣】を授かりました。こちらは母様から家中の者に周知いただければ」
人気キャラクターの選挙に勝つために組織票を集めるような話だが、ジョヴァンナから領主としての了解をもらえたので、この件はスフォルツァ家として取り組むこととなった。家中に配れるように投票用紙、もとい、【魔法陣】を用意することを頭の中の「やること」リストに追加する。
旧ソフィア教会における女神との距離に辟易していたロドリーゴが「そうか、神とは本来身近にあって親しみをもって接する存在なのだな」と呟くのを純粋に過ぎると思ってしまうのはジャンフランコの心が汚れてしまっているからかも知れない。
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「それにしても、わたくしとしては二、三度言葉を交わせれば十分と思っていたのですけれど、随分と大袈裟な話になりましたね」
「お祖父様は囚われたままのミルトン王を何とかお支えしたいとのお気持ちが強すぎてあの地を離れがたいのだそうです」
「お待ちなさい。王がご存命なのですか?それは一番に報告すべきことですよ」
「申し訳ありません。お祖父様についての報告と併せて報告しかけたところでした」
政変時に捕らえられた王族と貴族が最下層の奴隷のような環境に押し込められた上に強制労働と思想教育を課せられていること、途中で亡くなった方もいて生き残りは二十人に満たないことなどを報告する。
「ならば首都ミルトンを攻める際にはその方々の救出も考えなければなりませんね」
「救出の算段はつけられそうですが、お救いした後の処遇なども併せて考える必要がありそうです」
「あまり大っぴらに城に迎え入れるのも難しいであろうな。シビエロ侯爵かチェラート伯爵にお預けするのがよいかもしれない」
「ては、救出も含めたミルトン攻略は引き続き僕の方で立案しますので、事後対応の検討はお願いします」
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昼食を終えたら、準備もそこそこに慌ただしくリモーネに向け出発する。
領主夫妻が暗殺の難を逃れたことについて、ローレンス王子から報告を受けたリモーネ王室から見舞いが届いている。その返礼のため、ジャンフランコが名代として書状を携えて向かうのだ。
「見舞い」の体裁は取っているものの、要は重大な事案について情報共有の督促である。
流石にメディギーニやフローレンスを派遣してお茶を濁すわけにもいかないので、領主の名代としてジャンフランコが派遣されるわけである。手ぶらという訳にもいかぬとして、今回は献上品付きである。
この微妙な時期に後背を脅かされる訳にもいかないため、丁寧に対応する必要があるのだ。
今回は献上品として簡略化版の【幽霊馬車】を一台持ち込むのに便乗して、ジャンフランコ一行も堂々と【幽霊馬車】でリモーネに乗り込む。
献上品の方が豪奢に見える装飾付きの豪華な車室を載せただけの通常市販スペックであるのに対し、こちらは使い込んだ傷や汚れをそのままに一見みすぼらしく見えるが、【防御強化】から隠密に【看破】と実戦仕様のフルスペックである。
高級乗用車と戦車とも言うべき対照的な二台の後ろにはもう一台、こちらはアレックスたち特命チームが乗る。こちらもスペックはジャンフランコが乗る車両に準じたもの。外装は偽装のためにやや趣向を凝らしたものであり、「道化のようだ」とアレックスが毒づいていたが...これについては別稿にて。
国境を越えた後、首都に入る手前で三台目は別行動となりフッとその姿を消す。
残る二台は街道沿いの人々の注目を集めながらユックリと進む。
こちらを指差し大騒ぎする人々を車内から眺めながら、ジャンフランコは最初に【幽霊馬車】でスフォルツァ城に入った時のことを思い出して肩の力を抜く。
今のジャンフランコには移動を移動としてノンビリ過ごす余裕は、実はない。
一見ただ座席に座っている風であるが、神測をフルに回してフランチェスコの行動履歴データを解析中である。
ついつい「禁呪」の納められた部屋の周辺を気にしてしまうが、それよりもミルトン王宮内で高付加価値目標である要人の立ち寄る可能性の高い部屋の位置やそこに至るまでのルートなど攻略のための情報分析に集中しなければならない。
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「卿よ、健やかな顔をまた見ることが出来て大変喜ばしい」
大袈裟に喜ぶリモーネ王にジョヴァンナから預かった書状を差し出す。
「後ほどご拝読賜ればと思いますが、内容は今回難に遭ったことにお見舞いいただいたことの返礼、国賓としておいでいただいたローレンス殿下への非礼に対するお詫びに加えて、今回お持ちした献上品についての口上でございます」
「ほぉ、献上品とはローレンスが絶賛していたアレであるな」
「御意にございます。不整地や降雪時でも移動できるよう工夫した、『馬がなくとも動く馬車』にございます」
「スフォルツァでは【幽霊馬車】と呼んでいるのであろう?ローレンスから聞いたが、なかなか楽しげな由来ではないか。わが国でも【幽霊馬車】と称して販売することを許そう」
「ご許可いただきありがとうございます。こちらはスフォルツァ領内で春から夏にかけて生産のための態勢を調える予定でおります」
「リモーネでは作らんのか?」
「リモーネでの生産は工房に余裕がなく...やや大掛かりで特殊な魔道具であるため工房も新たに立ち上げねばなりませんので。メディギーニ商会を代理店として輸入販売する予定です」
「相分かった。動かし方の手ほどきをする者を手配いただきたい」
「かしこまりました」
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謁見の間での公式な対面が終わった後は、場所を王室の私的なディナールームに移しての晩餐会にも招待される。
「式典での事件の際には卿もその場にいたのであろう?狼藉者が自ら爆死したとローレンスの報告を聞いてレイチェルが心を痛めておった」
「幸いなことに爆発物が腹中に隠しておけるほどの大きさであったため、被害そのものは大したことはありませんでした。私としては警備の穴を突かれた上に犯人から情報を取ることもできなかったことは甚だ遺憾ではありますが」
「私の目からは襲撃がある前提で整えられた手順通りに粛々と対処されていたように見えたがな」
「ローレンス殿下、ありうべき事態を何通りか想定して、何が起こっても対処できるよう備えていたのみです。今回のことは完全に想定外でしたが、用意された対応手順の範囲内で対処できたので助かりました」
「それにしても、あのような魔術があるとは驚きであった」
インシデント対応計画の話をしていたら、話が「写し身」の魔法の方に脱線し始めた。
スフォルツァ家としては簡単に手の内を明かしたくはないので、歴史的経緯をして煙に巻くことにする。
「あれこそ、旧ソフィア教会と縁を切ったことによる効用。異端審問官によって塞がれ隠された真実に至ったことで、我らスフォルツァ家の者には天恵頼みではない魔術への道が開かれました」
「天恵頼みではない魔術とは?」
「太古の昔、人は神々と個別に約定を結ぶことで魔術を行うことが出来たようです。天恵の女神により多くの人が天恵を用いるようになってからは徐々に廃れていったようですが」
「ほう、【魔導書】などで覚えるのではないのだな」
「ええ、あの魔術は【闇】属性であることもあって、旧ソフィア教会からも忌み嫌われたようですね」
「【闇】属性か...では我が王家には使えぬ魔術だな」ローレンスが呟いた内容は厳密には正確ではないのだが、余計なことを言う必要はない。
「だが、スフォルツァ家の者は使えたのだな」
「ええ、スフォルツァ領内をはじめ、旧ミルトンの地ではリモーネほど旧ソフィア教会の力が強くはなく、領地を回復する過程で教会に抑圧され隠匿された知識などもいくつか見つかりましたから」
「その知識はスフォルツァで秘匿される...のであろうな」
何を当たり前のことを、とツッコミたくなるのを抑えてジャンフランコが微笑む。
「メディギーニ商会が現ソフィア教会に協力して、リモーネにも残っていないか調査しています。その結果はソフィア教会を通じてご報告されると思います。それに、私は未だ神学校のローレ教室に在籍しておりますし、遺跡探索を含め教室での研究成果は公開されるはずです」
王室からのバックアップ次第ではそれらの研究も進展するかも、と煽って資金を強請ることを忘れない。
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「ところで、レイチェル殿下はご健勝でありましたか?このところお顔を拝見できておらず心苦しい想いをしております」
レイチェルの顔に一瞬『心にもないことを』とでも言いたげな苛立ちが浮かぶが、すぐに頬が上気し『言葉を掛けられて嬉しい』乙女の顔が作れるのは流石だ。
「式典での凶行のお話を伺うと、国難に応るためにジャンフランコ様が益々お忙しくなるのではと悲しくなります。お仕事が忙しすぎてわたくしのことなぞお忘れになるのではないかと」
『仕事にかまけてないで、こっちのケアもちゃんとやれ』という副音声が聞こえたが、ジャンフランコも負けてはいない。
「そうですね。今すぐミルトン共和国の残党に凶行の責任を取らせろ、という声が領民からも日増しに高まっております。私はそんな血なまぐさい話よりは次に殿下とどのようなお話ができるかと考える方が楽しいのですが」
『俺だって忙しいんだ。時間見つけて会いに来てるんだから無茶言うな』をオブラートに包んで言ってみたが趣旨は伝わったようだ。
「それであれば、一日も早くお側に参じてジャンフランコ様がお心安らかに過ごせるようお支えしたいのですけれど」
『ほっとくと影で何してるかわからんから目の届くとこに置きたい』と来たか。だが、これはストレートすぎたようで王妃から咎められる。
「レイチェル、そのような無理を言うものではありません。貴女達はまだ成人前であることを忘れてはなりません」
「流石に冬の間に兵を動かすことはお互いないでしょうから、可能な限り時間を見つけてお伺いしますよ」ジャンフランコとしては最大限妥協したつもりだったが、レイチェルははぁとため息をつく。
「本当にそうであればよいのですけれど、今年の春のことを思えば望み薄ですわね」
「レイチェルよ。そもそも戦とは水物。無理を言ってジャンフランコ殿を困らせるものではない」ローレンスの助け舟にホッとしていると、そのローレンスから追撃が飛んでくる。
「この冬も目も醒めるような戦果を挙げられるのであろう?勝利の暁には戦の模様について大いに語っていただきたいものだ!」
今回の新要素:
・ 【幽霊馬車】はスフォルツァ領で量産してリモーネに輸出することになりました
(許可がおりました)
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