お祖父様の成果と首都ミルトンのマッピング
空からの情報は粗方集まったので、今度は地上からの情報を取りに行きます。
ジャンフランコが半ばは悪夢(?)としか言いようがない女神の託宣を受けてからの二日間は、その恐怖から逃れるためか、ひたすらピエレッタから届けられた映像記録を取り込んでは神測で分析する作業に没頭していた。
映像記録からの分析で首都ミルトンの大まかな姿が浮かびあがる。
それは静止画に描かれた地図ではなく、日夜動き続ける巨大都市の営みの表れであった。
兵士と思われる一群の者たちが広い練兵場と思しき場所に出ては整列し汗を流していく。あるいは城壁と行き来する者がいるのは警備を交代するのであろうか。
技師か何かであろうか城壁の上に並べられた砲台に群がっては何事かして次へと移っていく。これは砲台の点検か整備か。少なくとも城外から不用意に攻め寄せたらこれらの砲台により少なからぬ被害を受けるということでもある。
驚いたのは城壁に囲まれた中でも比較的広い一角で広範囲の魔法の発動と思われる巨大な炎や氷といった現象が記録される場所があったことだ。それだけの力を持つ杖の天恵持ちをまだ残していたのか。
商品を積んで門から出入りしたり商店で盛んに買い物客の相手をする商人の姿が見えないのは、長らく首都ミルトンがスフォルツァ家により攻囲されている結果であろう。
食糧品を積んだと思しき荷車がミルトン各所の広場で止まり、その周囲に人が集まっては散っていく様子からは食糧品が商店を通じての流通ではなく配給制になっていることが窺える。
また、農業に従事すると思われる人々が農地に出て冬支度を済ませていく。
その中で十数人だろうか、気になる動きをする者たちがいた。
農地に出て労働する者たちの周囲に武装した数人の兵士が必ず随行しているのである。
そして、農地に出ている者たちのうち何人かは兵士らしき者から少なからぬ回数暴行を受けている姿が映像に残されていた。
遠目に映像に映っただけであるが、その顔は昏く絶望に満ちた表情に見えた。
ジャンフランコはそれらを地図としてまとめ、人の動きから大まかに敵兵力の配置について推測し、攻め込む際にどこにどのように戦力を振り向けるかの算段を始める。
だが、「斬首作戦」の要となる共和国政府要人と思われる者の動きはまったく不明であったため、それはなかなかに確定しない。
何せ王宮と思われる建物からそれらしき人物が一歩も出てこないのだ。
'11'に強要して共和国政府の要人の人相は強制的にダウンロードしていたが、合致する人相の者は一度たりとも映像に映ってない。'11'も王宮に入ったことはないらしく内部についての情報は彼からは得られなかった。
王宮が今もミルトンの中心として機能していることだけは、杖の天恵持ち達のうちの何人かが王宮に出入りしていること、少なからぬ人数の兵士が同じく出入りしていることから間違いはなさそうである。
そのミルトンであるが、夜の様相は同じ都市とは思えないほど異なっていた。
歩哨が決められたルートを巡回する以外はどこにも人の動きが見られない。
何より驚くのは歩哨が持つ松明以外にはどこにも灯りが見えないことだ。
王宮の窓のどこからも室内の灯火が漏れ出ている様子は見えない。
灯火管制が敷かれているのであろうか。冬に入る直前であり、冬を避けて攻勢に出る場合はここ数日がヤマであることから、今まさに攻撃を受けるリスクが極大化していると怖れていると推測される。
「まだ手は出さないよ」神測に映し出されたミルトンの姿に向けてジャンフランコが呟く。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして二日間分析を続けた翌日の深夜、ジャンフランコとフレデリカが乗った【幽霊馬車】がスフォルツァ城を出発する。
「ジャンフランコの外聞」に配慮するよう釘を刺されたこともあり、フレデリカは念のために男装してはいたが、隠密状態で進む【幽霊馬車】に搭乗する彼女を誰が見咎めるというのだろうか。
前回と同じ廃墟に【幽霊馬車】を停めた後、ジャンフランコとフレデリカの二人が【幽霊馬車】から降りてくる。今回は二人ともが潜入するため、【幽霊馬車】の警戒には写し身を残している。
礼拝堂跡の入り口から隠し通路に侵入すると、フレデリカが前に立って警戒を続けながら暗闇の中を進んでいく。もちろん、二人とも【身体強化】で視力を強化しており、暗闇の中でも視界は確保された状態だ。
「この辺かな」隠し通路の奥の扉の少し手前でジャンフランコが小声で呟き両手を壁に当てる。一瞬壁面が光った後には、ちょうど大人が一人~二人入れる程度の小空間が出来上がっていた。
ジャンフランコの【神具】が壁面とその向こうの土砂を一度【土】属性の魔力として取り込み、それを材料に、今度は出来上がった空間の壁面を形成する。
フレデリカを小空間の中に招き入れると、新しくできた壁面に魔道具らしき小箱を押し付けて固定する。
それぞれを起動すると、先ほどジャンフランコが穿った穴が見えなくなり周囲の壁と区別がつかなくなる。認証を受けた人間以外の通過を拒む【結界】の魔道具と隠された入り口の存在を隠す【認識阻害】の魔道具である。
これで誰も隠し通路に横穴があるとは認識できない。
「では、先を広げていこうか」そう呟くと、斜め下向きに階段状に壁面を掘り下げていく。途中に踊り場を設けながら二階層分くらい下ったろうか、その先に五メートル四方くらいの空間を作り出す。
埋まっていた土や岩は【土】属性の魔力に還元され、空間の壁面や天井、床を強化するのに使われていく。多少余ったのか、余らせたのか。一部はテーブルと椅子二脚に変わる。
「ひとまず、これで隠し通路を気まぐれに通る人間がいても鉢合わせのリスクはかなり減ったね」ジャンフランコが暗闇の中でニッコリ笑う。
フレデリカは通路につながる階段の入り口に立って警戒に当たる。
「では、お祖父様。お待たせいたしました。ジャンフランコが参りましたよ」
呼びかけて返事を待つ。
暫し待つと、『おお。息災であったか』とフランチェスコから返事が返ってくる。
「では、お祖父様。この二日間の成果をいただけますでしょうか」
応、という返事とともにフランチェスコの行動履歴が情報の塊としてダウンロードされてくる。
行動範囲が広い上に意識的に重要そうな場所を注意して巡ってくれたのであろう。以前"リモ"からリモーネ王宮内での行動履歴を受け取った時よりも圧倒的に多い量のデータを受け取ることができた。
「お祖父様、ありがとうございます。これは分析のし甲斐がありそうです。今回はもう一つご用事がございますので、宜しければ先日おいでいただいた地下室までご足労願えますか」
『何だ他人行儀に。少し待っておれ』
隠し通路に戻り、【魔法陣】を壁に押し当てて扉を開くと、ちょうどフランチェスコが壁をすっと抜けて地下室に入ってきたところであった。
ジャンフランコに合わせてフレデリカが音もなく動き、今度は施錠された地下室の扉の前に立って警戒する。
「何だ。今回は木偶ではなくヒトを護衛に連れてきたのか」
「はい。フレデリカと言います。腕は立ちますよ」
「それで?爺をここまで来させたのは何のためじゃ?まさか美人の護衛を見せびらかすためでもあるまい」
「いえ、御用はこちらになります」先日夢の中で女神から賜った、“フランチェスコをこの世に留めるための”【魔法陣】を差し出す。
「こちらの【魔法陣】に触れていただけますか」
「何じゃ。そんなことお安い御用」フランチェスコが【魔法陣】に触れると、一瞬【魔法陣】が光を放ち、少しだけ書き換わる。
「ありがとうございます。これで母上も喜ぶかもしれません」
「年寄りを脅かすではない。何のための【魔法陣】なのだ?」
「母がお祖父様にお会いしたいと申しておりまして、今はお目にかかること叶いませんが、少しでもお祖父様を身近に感じるための魔術を行う、そのための【魔法陣】なのです」
ジョヴァンナのため、と言ったことで納得したのか【魔法陣】の使途についてそれ以上の追及はなかった。
「そうそう、其方の祖母と叔父叔母だが、死んだ場所からは動けぬようでな。其方の話をしたら酷く羨ましがられた。あ奴らも儂と同じように使役して縁を繋いではやれぬか?」
「そうしたいのは山々ですが、ここは死霊が多すぎて、ここからだと見分けるのが難しいのです。近くまで行くことができれば分かるとおもうのですが」
「そうか。ならば無理は言うまい。少しでも早く其方がここを自由に歩けるようできるだけのことをしよう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、ひとまず先日其方に言いつけられたことは終わったが、この後は何をすればよい?」
「お祖父様のおかげで、王宮内の詳細な地図が作れそうです。次は、この共和国を動かす要人を洗い出してほしいです。名前と行動に一定の癖や習慣があるならそれを知りたいのです」
リアン、シャル、デリク、ミラの名前を挙げて他にもいると思います、と頼む。
「ふむ。あ奴らじゃな。分かった。取り巻きを含め行動を全部洗って置く」
「ありがとうございます。お祖父様が精力的に活動されているので情報が濃密で分析にもじっくり時間をかけたくなるくらいです」
ジャンフランコの誉め言葉に気をよくしたのかフランチェスコの声も明るい。
「要人のみでよいのか?奴らの手足となって動く宮廷魔導師団の動きも押さえられるぞ。先の政変はあ奴らの裏切りで起こったようなものじゃからな。動きを押さえるならば奴らも必要じゃろうて」
演習場と思しき場所で炸裂する魔法に、まだこんな戦力を残していたのかと驚いたのを思い出す。
「ありがとうございます。そちらも併せてお願いしてもよろしいですか?」
応よ!と力強い返事が返ってくる。
「それと、ミルトン王をはじめ、王族・貴族の縁故の方々の消息はご存じないですか?大まかな位置の推定はできているのですが」
「そうだな……一箇所に固められて寝起きしておる。あのような荒屋、最底辺の奴隷でももっとよいところに住むであろうに」
「場所は分かりますか。おおよその場所は分かるのですが念のため確認したく」
ジャンフランコが示した位置にフランチェスコが頷く。
「何とかしてお救いしたいところだが、常に歩哨が立ち警戒にあたっておるので簡単にはいかぬであろう。奴ら選りすぐりの屈強な兵を見張りに立たせておる」
「大丈夫です。何とかして出し抜きましょう。手段はあります」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「大まかには以上でしょうか。詳しくは戻って分析するとします」
「いや、すまんが一箇所どうしても入れん場所があったことを言っておかねばな。結界が張られていて資格のないものは入れん場所じゃ」
「資格とはどのようなものでしょうか?」
「これは王から直に伺ったのだが、『全属性を持つこと 禁呪を唱えられるほどの魔力量を持つこと』つまりは禁呪の【魔導書】を保管した場所じゃよ」
ふっとフランチェスコの顔に影が差す。
「王はそのことでご自身を責めておるのじゃ」
どういうことだろう?
「王はこう宣った。『ここ何代かの王の誤った婚姻により自分たちの世代には属性も少なく魔力も劣った王族しか残らなかった。自分は禁呪を唱えられない劣った王である』とな」
そういうとフランチェスコが黙り込んでしまう。
禁呪を唱えられない故に、劣った王として家臣にも侮られることがあったとか。
その心の隙を共和主義者どもに突かれ、政変に繋がってしまったと今でも悔やんでいるらしい。
以前、ジョヴァンナから禁呪とミルトン王家の関わりについて聞いていたのだが、禁呪を唱えられなかったここ数代の王は王家の権威を少なからず損ねていたのは事実らしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
では、そろそろお暇を、とジャンフランコが重い沈黙を破る。
「次はいつ来られるかの?」
「一週間ほど後に」
「それでは雪が降り始めてしまわぬか?そうなったら春まで来れぬであろう」
「いえ、とある魔道具がありまして、雪の中でも動けるようになりました。いつかはお見せしたいものですけれど、冬の最中でも馬車よりも速く動けるのですよ」
「何と、それは楽しみが増えたわい」
今回の新要素:
・ 宮廷魔導師団という戦力がまだ残っているらしい
・ 王族・貴族の生き残りは虐待されている
・ 禁呪を保管している部屋に入るには全属性と魔力量が条件となる(あれ?)
・ 禁呪に触れられない王族の存在が政変の遠因だった模様
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めての作品投稿です。
誤字・脱字など見つけられた場合は、ご指摘をいただければ幸いです。
気に入っていただけたらブックマークのほか、評価・リアクション・感想などいただけたら励みになります。




