探りたいゲストと話したくないホスト
こういうときほど長旅でないことがありがたいのです。
「レイチェルから聞いてはいたが、これほど乗り心地がよいとは思わなんだぞ、ジャンフランコ殿」
隣で満足そうな笑みを浮かべて座っているのは
ローレンス・ ウィリアム・アーサー・リモーネ
すなわち、隣国リモーネの第一王子である。
現在ジャンフランコを乗せた【幽霊馬車】はコルソ・マルケ砦を出発しスフォルツァ城に向かう路上にあった。
「しかし、【幽霊馬車】とは何とも珍妙な呼び名だな」
「ええ。馬車もなしに走る様子を見た兵たちが『幽霊の馬が引いている』と怯えたのがすっかり定着してしまったのです」ジャンフランコは心の中で『不本意ながら』と付け加える。
同じ【幽霊馬車】という呼称を使ってはいるが、厳密にはこちらは無限軌道の代わりに軟質の素材を巻いた複数の車輪で駆動する民生用の仕様である。
スフォルツァ領の復興はいまだ道半ばであるが、スフォルツァ城から延びる主要な街道については石畳による舗装がされるなど整備が進んでいるため、民生用の【幽霊馬車】は街道を利用する機会が多いと想定して舗装を傷めない仕様とされている。
昨秋にミルトン共和国軍の侵攻を退け、奪還後間もないスフォルツァ城を守り切り勝利した戦いから間もなく一年を迎えることを記念して、スフォルツァ城防衛戦勝一周年を祝う式典が行われる。
ローレンス王子はリモーネ国王の名代として祝辞を述べるためにスフォルツァ城に向かう車中にある。
「普通であれば、スフォルツァ辺境伯の領主返り咲きを記念した式典を催すのではないかな」ローレンス王子の指摘はもっともであるが、ジャンフランコはスフォルツァの者にとってそれは違うのだと説明する。
「スフォルツァの者にとっては政変で奪われた城を奪還し、更には襲来するミルトン共和国軍を撃退して、旧スフォルツァ辺境伯領の全領地を取り戻したことの方が重いのですよ。領主はあくまで象徴でしかないのです」
実際に、あの戦いはミルトン共和国軍の主力を消滅させ、旧ミルトンの勢力図を一変させたという意味でも重要であった。スフォルツァ家はその余勢を駆って旧ミルトンのほぼ全土を席巻することが出来たのだから、あの一戦は今に繋がる重要な転換点である。
「それにしても、スフォルツァ領の復興ぶりは目覚ましいな。この辺りは戦による荒廃が酷かったと聞いているが、そうとは信じられないぞ」
窓から見れば、収穫が終わり冬支度をしている最中の農地がどこまでも広がっている景色が高速で後ろに流れていく。点在する集落も規模は小さいものの人の住む気配が感じられ、とても一年前には住民が戦禍を逃れ無人の廃墟であったとは思えない。
「はい。春を迎えても目立った軍事行動は起こさず、ほぼすべての資源を農地の復興に投入しましたから。おかげさまでこの冬は領民を飢えさせることなく越えられそうですよ」
実際には「雪に閉ざされる冬の間には何も起こらないだろう」との油断を衝いて軍閥やミルトン共和国軍の各拠点を冬の間に席巻してしまった結果、春以降は軍事的な衝突が起こり得ない状況を作っただけなのであるが、確かに「春以降は目立った軍事行動は起こしていない」のだ。嘘を言っているわけではない。
「そうなると、いまだ軍閥やミルトン共和国の支配下にある地域の住民はスフォルツァ辺境伯領を羨むのではないか。毎年冬には相当数の餓死者や凍死者が出ていると聞く。隣国とはいえ民が苦しむというのはあまり喜ばしいことではないからな」
「お気遣いありがとうございます。スフォルツァ領が力を蓄えた後には、徐々にその状況を変えていけると思っていますよ」
これは完全な嘘だ。急速な復興により旧スフォルツァ辺境伯領に余裕が出た分、リモーネ王国から輸入する食糧品を始めとする物資の多くは、かつて軍閥や共和国の支配地域であった地域の支援に回されるようになった。
十分とは言えないが、それでも何とか冬を越せる程度の状態にはなっている。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ところで、貴国の騎士団の皆様は今回は『騎馬での護衛』でなくともよろしかったのですね。昨冬の就任式の際には随分と拘られていましたが」
「せっかく送迎にスフォルツァの新しい馬車を用意いただくのだ。その速度が無駄になるではないか。そう言って私から厳命したのだ。ついてきたければ私の乗る馬車に同乗せよ、と。騎馬ではこの速度を長時間維持できるわけもないからな」
「確かにご多忙の殿下の時間を単なる移動に費消するのは無駄ではありますが」
「それは貴公もであろう。私の随行などという退屈な任務よりも新たな魔道具の開発に時間を割きたいとお考えではないかな?」
表向きは式典参加と表敬が今回のローレンス王子のスフォルツァ領来訪の目的となっているが、魔道具をはじめ王子の好奇心を満足するのが主目的であることは事前に聞いている。その意味では探るような問いかけにも納得がいく。
「新しい魔道具ですか…それほど突飛なものはございませんよ。旅人が旅の安全を祈念するための【魔法陣】を石に彫り込んで街道の各所に配したりとか、あとは河川の氾濫を防げるように堤防の強度を上げる【魔法陣】やら、水源地に配置するために浄化の魔道具を設計したりとか、ですかね」
「おや、もう少し貴族を喜ばせるような魔道具や敵を滅するための魔道具を作られているものと思っていたが」
「とんでもない。今のスフォルツァは復興の途上。領民が安心して暮らせるようにすることが最優先ですよ」
これらは領地のアチコチに既に設置が始まっているためにローレンス王子も目にすることがあるだろうし、また、「工房団地」に入る商会での生産品のリストにも入っている。
「ふむ。私が貴公の立場にあれば、一気に旧ミルトンを席巻するための強力な魔道具に力を入れるだろうけれど」
「仮にそうやって旧ミルトン全土を手に入れたとしましょう。今のスフォルツァ家には手に入れた領地を維持経営するだけの人材が足りないのです。支配地域を広げても統治する力が及ばず苦労するだけですよ」
これには実際に現在進行形で苦労している。
人員の不足をカバーするため可能な範囲で魔道具を活用しているのだが指示や報告の伝達もその一つ。
旧スフォルツァ辺境伯領内ではようやく伝言の魔道具の【中継局】の魔道具の配置が終わり、域内のどこででも伝言の魔道具で通信できる環境が整ったばかりである。
旧スフォルツァ辺境伯領以外での整備には着手したばかりで、一応各地の旧領都に置いた代官とスフォルツァ城の間で伝言の魔道具による通信は可能になったが、途中の通信経路は簡易版の【中継局】の魔道具による暫定的なものである。簡易版とはいっても運用に必要な魔力を交換式の魔石で賄う点が違うだけであるが、徐々にではあっても、恒久的な魔力供給の仕組みを備えた【中継局】の魔道具で置き換えていきたい。それには春に各所に工房団地が立ち上がるのを待たなければならない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ほら、見えてきましたよ」
「ん。こちらは建設の途上であるか」
「ええ。政変で徹底的に破壊された領都を新たに建設しているのです。今のスフォルツァ城は重要な軍事拠点ではありますが、今後は人が集まり様々な物が生産され盛んに取り引きされる場所としても整備せねばなりません」
今は外壁の建設が八割ほど完成した程度。上下水道などのインフラ整備の進捗が五割ほどなので、実際に人が住み始めるのは春の雪解け以降となる見込みだ。
「その奥がスフォルツァ城であるな。何とも堅牢そうな城ではないか」
城壁に仕込まれた【認識阻害】の【魔法陣】が常時稼働しているために、ローレンス王子の目にはやや古びた高い城壁が見えている。
「ええ。こちら側はほぼ昔の城壁が残されていましたが、政変時に猛攻を受けた反対側の城壁はもう、酷いものでした」
この城壁こそが、現時点のスフォルツァ家の最高軍事機密である。強固な素材で置き換えられた城壁そのものに加えて攻防両面に貢献する【魔法陣】が何重にも張り巡らされ、更に魔力の供給と蓄積の役割までを果たす最強の城壁である。
もっとも、【認識阻害】のためにその真の姿を知る者はごく少数に限られてしまっているのだが。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「では、殿下。それと護衛の皆さま。こちらで旅の疲れを癒していただければと思います。後ほど歓迎の晩餐のご用意もございますので、それまではごゆるりとなさいませ」
冬にレイチェル王女一行を迎えた時点ではまだ「ゲストハウス」としか呼べなかった城内の別館も建て増しされて「迎賓館」と呼べるほどの規模に変わっている。もっとも華美な装飾が排され実用一点張りのスフォルツァ流が徹底されているため一見質素に見えてしまうのだが。
ようやくローレンス王子一行から解放されたジャンフランコは客人一行の応対をダリアとティツィアーノの二人に任せて、自分は本館の地下へと向かう。
二人ともリモーネ王国内では亡命貴族子弟の素性のままに各々貴族と机を並べて学んでおり、王子の護衛の中にも知己がいる。任せてしまっても大丈夫だろう。
明日の式典にはリモーネ王国からの客人のほかは来客と言ってもスフォルツァ領の領民が訪れるだけではあるのだが、ジャンフランコ自身の目で警備態勢の再点検をしておきたいのだ。
城の地下には城の警戒監視から防御までを一括して管理する部屋が設けられている。この部屋は入り口に【結界】の魔道具が置かれ、スフォルツァ家の関係者の中でも限られた人数しか入室を許されていない。ジャンフランコが入り口横の少し色の変わった壁面に暫く右手の平を押し当てていると正面の壁の色が変わり、ジャンフランコが前に進むとまるで壁の中に飲み込まれるようにしてその先へ入っていく。
そのジャンフランコを見送ると、フレデリカは部屋の前に立ちその場で周囲の警戒にあたる。
かつては城壁の制御だけを行っていた部屋が拡張され、壁一面には城内城外各所に設けられた映写の魔道具の映像が 映し出されている。
そのうちの一つには迎賓館で寛いでいるはずのローレンス王子の姿が映っている。もっとも部屋のアチコチを歩き回っては設置されている魔道具や調度品に触れ、その度にティツィアーノが呼ばれて何事か話しているのはすべてが物珍しく説明を求めているのだろう。
今回の式典の山場は城内の広場で行われるジョヴァンナによる演説である。もっとも警戒すべきはそのタイミングであると踏んで、弓や魔法による狙撃が可能な場所にはすべて映写の魔道具が向けられている。
「念には念を入れておかないとね」ジャンフランコの呟きを聞く者は今この部屋にはいない。
不安はないはずなのですが、心配性のジャンフランコ君は水を漏らさぬ警備態勢でも満足できないようです。
今回の新要素:
・ 特になし
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めての作品投稿です。
誤字・脱字など見つけられた場合は、ご指摘をいただければ幸いです。
気に入っていただけたらブックマーク・評価・コメントなどしていただけたら励みになります。




