「遺跡」ではない
新年一話目は少し短めです。
『少し良いか』
メディギーニ商会での会議が終わりスフォルツァ邸に戻る馬車の中で、ジャンフランコの耳元に天恵の女神の囁き声が届く。
『同乗しているフレデリカが聞いてもよい話であれば、このままどうぞ』
『其方に随行している女子よな。構わぬぞ』
『【神測】【投影Ⅱ】』
ジャンフランコが天恵の女神を顕現させ、窓のない馬車の壁面にその姿を投影する。
その姿を見てフレデリカが魔力回復薬を何本か取り出すのは、これまでも何度か天恵の女神を顕現させた経験則からだ。
「魔力回復薬の手持ちがこれだけなので、御用は手短にお願いいたします」
『うむ。なるべく考慮する』
『まず最初に言うておく。ミント領の奥の荒れ地の崖下に石組みがあったであろう?』
ジャンフランコとフレデリカが頷く。
『あれを遺跡と思うてはならぬ。あれは其方らが”遺跡”と呼んでおるものとは成り立ちからして根本的に異なる』
「異なるとおっしゃいますが、何が異なるのでしょうか」
『其方らは何百年も昔に"妾の名を冠した教会"に蹂躙された部族の住居や祠の跡を"遺跡"と呼んでおろう?あれはそういう類のものではない』
天恵の女神は旧ソフィア教会のことを"妾の名を冠した教会"と呼ぶ。自らの名を勝手に使われて好き勝手をされたことへの複雑な思いは簡単に晴れるものではない。
「もしかして最近になって作られたものなのですか?」
『いや。"妾の名を冠した教会"の黎明期に作られたものに違いはないだがの』
一瞬、間が空く。
『あれは、のちに"妾の名を冠した教会"を立ち上げる者どもが西からやって来て、リモーネ王国方面に浸透・侵攻するための拠点とされていた砦の跡よ。あそこに"妾の名を冠した教会"に蹂躙されたことへの怨みや想いは残っておらん』
天恵の女神 はそこまで語ると再び沈黙する。
ジャンフランコがふと思いついた疑問を口にする。
「ただ、あそこは『危険な遺跡』と目されているし、実際にあそこに手を出したミント伯爵家がまるごと動く死体の群れに変えられましたよね。怨念が残っていないとすると、そこまでの怪異が生じる理由もないように思いますが」
『そうじゃな。あれは怨念ゆえの怪異などではない』
『【死】の女神殿からの伝言じゃ。"人の生死の理を歪める者がおる。溢れておった動く死体も、そ奴らの所業。放置することまかりならん。"とな。妾は "妾の名を冠した教会"の関係者があそこを根城にしている可能性が高いと懸念しておる』
「旧ソフィア教会の関係者が人を動く死体に変えていると?」
『 其方の父御が言っておったであろう?異端審問官は【天恵奴隷】と呼ばれる者たちを使役していると。その中の一人であろう』
天恵の女神の言葉を信じるなら、あの「崖下の砦」は"妾の名を冠した教会"が崩壊した際に逃亡し行方不明になっている異端審問官の潜伏先ということになる。
そこで生じている怪異も、異端審問官が自らの身を隠すため、あるいは再び勢力を伸長させるためにやっていることであると天恵の女神が断じた。
『もしかしたら、大部分は国境の向こうヒンウィル公国か?に潜伏しておるのやもしれん。その場合はあの砦はリモーネ王国内に捲土重来するための足掛かりとなるがの』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『妾の話、【死】の女神殿の話と併せて考えておいてほしい』
そう言い置いて、天恵の女神の気配が消える。
「フレデリカ、これをどう考える?」
「今のわたくしたちの立場を考えると王国騎士団に情報を伝えて対処を求めるのが一番でしょうね。いくら女神から下されたご命令であってもジャンフランコ様があの地まで往復するだけのお時間を確保するのは難しいかと」
ここリモーネ王国の首都からミント領の領都まで馬車での移動で十日から二週間。問題の砦まで更に一週間はかかるだろう。往復で一月半。異端審問官と事を構える期間を入れると短くても二月は必要と思われる。
「一週間以上面会の間隔が開いただけでレイチェル王女殿下のご機嫌を損ねてしまいますしね」
「それもあるし、今あの砦に踏み込んでもおそらくお目当ての相手には会えないと思うぞ」
「いなくなっている…とお考えなのですか?」
「最後に『崖下の砦』にたむろする動く死体に向けて【破魔】を放っただろう?あれで向こうは『崖下の砦』が見つかったとに気づいた可能性がある。僕が彼らなら罠だけ仕掛けてあそこから逃げ出すね』
「では、王国騎士団にお任せしますか?」
「そこが妥当なセンだろうね。まぁ、近いうちに【自律飛行する魔道具】を持ってスフォルツァ城に戻らなきゃいけないから、その時に母様に相談するさ」
今回の新要素:
・ 「崖下の砦」跡に異端審問官が隠れている(らしい)
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