見下ろしてみれば
【自律飛行する魔道具】の実機検証のはずが、ヤバい空域に紛れ込んじゃいました。
暫く飛んでいると、機体上面の視界と下面の視界が二重映しになっているのにも慣れ、どちらかへの意識を薄れさせたり、一部に見えているものに集中したりといったことも自由にできるようになってくる。
速度表示は時速450kmで安定。機体表面を空気が高速で流れる感覚がくすぐったいが、機体表面温度も五十度前後で安定している。
街や村落を視界に捉えてもすぐに飛ぶように後方へと過ぎていく。
ふと自分の現在位置が分からない不安に駆られる。一応、「写し身」の能力として自分自身との距離というか位置関係は感覚としてわかるのだけれど、それだけでは正確な現在位置が判ると言うにはほど遠い。意識を「写し身」から本来の身体の方に振り向けると神測に記憶した地図の映像を呼び出せる。そこに凡その現在位置を重ねてみてようやくミント伯爵領近くまで飛んで来ていることに気づく。
『これ、現在位置が分からなくなるのは問題だなぁ。僕は神測が使えるからいいとしても、本格運用するときは誰かが横で地図を見ながらナビゲートするとか、運用方法は考えないとだね』
ボンヤリと【自律飛行する魔道具】の運用について考えながら飛行を続けていると、ふと視界の片隅で炎が上がっているのが目に入る。
ミントの領都は治安維持にあたる騎士団が行方不明で無政府状態という情報を思い出す。
慌てて【隠ぺい】と【認識阻害】の【魔法陣】にも魔力を流し速度を落とす。
今回は魔道具の試験飛行が目的であり、騒乱に巻き込まれるリスクは可能な限り抑止しなければならない。
位置的にはちょうどミント伯爵領の領都上空付近。用心のため少し高度を上げながらだが状況把握をしやすいように速度は落とす。
その間も下では何か所かから炎が上がるのが見える。
どうやら、城壁から外に向けて可燃物を投げつけて攻撃しているように見える。なおも速度を落としつつ領都上空を旋回するが、暴動や騒乱が噂されていた割には街並みに損傷の痕が少なく見える。現在進行形で揉め事も起こっているようには見えない。
騒乱のような動きは、むしろ城壁を挟んで領都とその外部との間で起こっているように見える。
【隠ぺい】と【認識阻害】が機能していることを祈りながら高度を下げて城壁を攻めている勢力を視界に捉える。
『攻め寄せている連中、何かがおかしい』
城壁に向かって押し寄せているのは装備もバラバラな集団。
ざっと見た限りで千人はいるだろうか。
隊列を組むでもなく無秩序に城壁に押し寄せては投げつけられて燃え上がる炎から後ずさりし、また前に進むことを繰り返している。
丸裸の者もいれば、農夫のような格好の者も騎士のようなフルプレートアーマーもいる。中には貴族の衣装を着崩しているのがいるな、と注目すると、手足を動かしているソイツには頭がなかった。
よく見ると他にも片腕が無かったり、足が無いのか胴体を腕で引き摺るようにしていたりする者までいて、何より全部に共通して動き方が人間離れしている。
露出している肌の色も土気色だったり青紫だったりと様々だが、およそ健康そうな肌の者がいない。
旧ソフィア教会ですら存在を認めていた怪異、動く死体に違いない。
『動く死体がこんなにも急に大量発生するなんて、一体何事なのだろう』
思い当たることと言えばミント伯爵が遺跡探索に異様に入れ込んで騎士団から何から注ぎ込んだ挙げ句に破滅した一件だが、とそう思っていると斜め下前方から何かが跳んでくるのが視界に入り慌てて旋回しつつ高度を上げる。間一髪機体の横を何かが掠める。速度からすると投石ではなく矢弾だろうか。
『量産用の魔道具程度の【隠ぺい】や【認識阻害】は見抜ける奴がいるのか?』
第二弾が飛んでこないことから、知覚されたとは言え高度を上げたことで射程の外に出られたのだろうと考えながら更に高度を上げつつ急いでその場を離れる。
普通、動く死体は知能が低く、魔法を使える者など存在しないはずだし、弓矢のような技術を必要とする武具も使えないはずだ。
コレが意味するのは何か。動く死体の他にも敵がいるのか。
だが、ゆっくり索敵している余裕はない。
『映像は記録しているし、ひとまずは戻って情報の整理をしなければ』
気ばかりが焦り、気づくと時速500kmにまで速度を上げてしまったりもするが、ひとまずは試作機を無事に持ち帰ることが優先なので巡航速度を少しだけ上げるに止めて帰路を急ぐ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
出発地点が近づくと、ようやく速度と高度を落としはじめる。航空機の着地が難しいのは前世で何度か遊んだフライトシミュレータで経験済みだが、意志と機体が直結していて操りやすいからなのか、難なく安定して着陸態勢に入り、最後はふわりと着地する。ソリが接地する感覚に合わせて推進器に流す魔力を操作して前方に向けて風を吹き出すようにして速度を殺し、そのまま停止する。
操縦に慣れたためか着陸は比較的上手にできたはずだが、停止位置は狙いから少しズレてしまったようだ。だが、ちゃんと視認してくれていたのだろう。アンジェロとジルベルトが駆け寄ってくる姿が見えたので【自律飛行する魔道具】との接続を切る。
ふぅと息を吐きながら目を開けると、心配そうに見下ろすフレデリカとピエレッタと目が合う。
「思っていたよりお早いお戻りでしたが、何か不具合でもございましたか?」そう問いかける声が本当に心配しているのが判る。
「試作機の不具合ではないんだけどね。飛んだ先で目撃した光景が問題かな」
そう言っている所にアンジェロとジルベルトが試作機を持って馬車に乗り込んでくる。
座席の上で横になった身体をゆっくりと起こしながら「帰りながら話そう。撤収の準備が出来たらメディギーニ商会に向かってくれないかな。出来ればメディギーニをはじめ大人の意見も聞きたい」と言いつつ目をとじる。
「それでしたらご心配なく。若様の新しい魔道具の話を聞きつけたらしく、勢揃いしてお待ちしているとのことです」
先ほど伝言の魔道具で連絡がありました、とアンジェロが応える。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フレデリカに差し出された茶の強い香りにゆっくりと目を開ける。
そのまま受け取って飲み干すとようやく人心地がついた。
先ほど目にした光景を思い出しながら口を開く。
「ミント伯爵領まで飛んで引き返したんだけどね」
「領都の様子もわかりましたか?噂通り領都内は内戦状態だったと?」
「後で映像を見てほしいんだけどさ。それどころではなかったんだよね」
「というと?」
一度息を吸い込んでからユックリと吐き出す。
「領都は思ったより荒れてなかった。もしかしたら領都の中で揉めている場合ではなかったのかもね」
「『中で揉めている場合ではない』?」
「ああ、城壁の外側から攻め寄せる勢力と交戦しててさ。僕だってあんな連中に攻め寄せられたら抗うか逃げるかを優先にすると思う。隣に少々気に食わない奴がいたってソイツとのケンカは後回しにしちゃうよ」
「あの、領都に『攻め寄せる勢力』とは何でしょう?」
「信じられないかもしれないけれど、動く死体の大群さ。どうだい?後回しにできる相手ではないだろう?」
全員が顔を見合わせたところで馬車がユックリと停止する。
どうやらメディギーニ商会に到着したようだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジャンフランコ達を出迎えたメディギーニが開口一番に「失敗か?」と問いかける。ジャンフランコ達が揃いも揃って真っ青になっているからだが、「いや、試験自体は大成功だったよ」との答に首を捻っている。
「まずは撮影の魔道具の記録を見てもらえるかな?皆の意見がほしい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
映像記録の再生が終わると誰もが唸るばかりで声を発するものがいない。
堪りかねてジャンフランコが声を上げる。
「ひとまず、この情報は王国騎士団に流した方がいいと思うんだけど、どうしたものだろうね?」
「確かに、このままだと彼らはたった五十騎ばかりで千近い動く死体に対峙することになる」
「それだけで済むかな?見たところミントの領都は陥落寸前に見えた。少なくとも王国騎士団が到着するまでもつとは思えない」
「だから?」メディギーニが先を促す。
「動く死体の被害者が増えると動く死体の勢力は膨れ上がる。このまま手をこまねいている内に領都の住民まで動く死体の仲間入りをする可能性は高い。王国騎士団は五十騎で万を超える動く死体と対峙することになるぞ」
「ただなぁ、説明するにはその情報を入手した方法まで開示するハメになるぞ。それにそこまでやっても信じてもらえる保証もない」
更に、ここリモーネ王国の首都からミント伯爵領の領都まで普通の行軍では十日から二週間は掛かる。動く死体対策の準備期間を入れなくても、だ。そもそも動く死体対策と言っても効くか効かないか分からない「聖水」と呼ばれる水を用意するのが関の山である。
「今の王国騎士団に【破魔】や【治癒】の使い手がどれくらいいるか、ですね。いずれか使えれば動く死体を消滅させられることは経験済みです」
「旧教会騎士団から王国騎士団に移った者を何人かは存じてますけれど、千体にまで膨れ上がった動く死体の相手ができる人数をすぐに揃えられるかどうか」フレデリカの母親で元教会騎士団の高位騎士だったフローレンスが答えるが、それほど芳しい成果が期待できる答えではない。
「だが、何の手も打たないわけにもいくまい。ミント領だけでリモーネの経済への影響はそれなりにあるぞ。それが近隣の領地にまで波及したら、下手したらリモーネは終わる。少なくともスフォルツァの復興を支える豊かな国じゃあなくなる」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「王国騎士団をアテにできないなら、わたくしたちで動く死体を退治するのはいかがでしょう?」
「アレックス。無茶を言わんでくれ。流石にリモーネ王国に勝手に派兵はできぬぞ」
「いえ、王国騎士団に知られずかつ迅速に対処できる方法をとるのです。もっとも、ジャンフランコ様の【自律飛行する魔道具】がどれほどの荷物を運べるか次第になってしまいますが」
「どういうこと?試作機には航続距離を考えて目一杯魔石を積んでるから、それを一、二個降ろせば魔道具一個積むスペースくらいはできるけど」
そういうことか。ピエレッタの呟きが聞こえる。
「魔石は減らさない方がいいでしょう。それよりも主翼の下に魔道具を吊り下げることは難しいですか?機体の強度的には大丈夫ではと思うのですが」
顎の下に手をやって少し考えた後にジャンフランコが答えを出す。
「両方の主翼の下にそれぞれ【魔法陣】を描いて、燃料の魔石をぶら下げるくらいだったら航続距離が多少減る程度で済むよ。とりあえず広範囲に【破魔】をばら撒く【魔法陣】を考える時間だけ貰えないか。明日の朝には改造まで含め終わってると思う」
「数を減らして被害が拡がるのを抑えるくらいしかできないかもだが、放置するよりはマシだな。じゃあ、若様はそっちを進めて下さい。フローレンスは旧知の騎士に連絡を取って動く死体の対策が必要になりそうと仄めかしておいてくれ」
「じゃあ、僕は早速作業に入るよ。試作機は地下演習場に運んでおいて」ジャンフランコが会議室を飛び出す。
「あとは、そうだな。この作戦は若様に負担を掛けまくる作戦でもある。アレックスとティツィアーノは定期的に若様に【治癒】を掛けて疲労を回復させておくように」
「「了解」」
「ダリアはソフィア教会の方に一報入れといてくれ。人道支援とか言って動く死体の材料になりにいくのだけは止めなきゃな」
「ハイ」
「ジルベルトはアンジェロ連れてローレ教室へ。議事録は読んだぜ。ミント伯爵家中の男というのが気になる。ローレ教諭から過去経緯含めて聞き出しといでくれ」
「「分かりました」」
「ほかは各商会の魔道具と魔石の在庫を確認。特に【破魔】と【治癒】と光属性の魔石はなるべく数を揃えたい」
「「「「了解」」」」
「ピエレッタとフレデリカは若様の助手。本国の方にはオレから一報わ入れとく」
メディギーニ商会に集まったスフォルツァ家臣団が動き出す。
もちろん、そこにあるのは隣国を救おうなどという義侠心ではなく、リモーネ王国という「稼げる市場」を失ってたまるか、という一念だけで一致団結して動き始めたのだ。
今回の新要素:
・ ミント領の領都は動く死体の攻撃を受けてます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めての作品投稿です。
誤字・脱字など見つけられた場合は、ご指摘をいただければ幸いです。
気に入っていただけたらブックマーク・評価・コメントなどしていただけたら励みになります。




