【閑話】ピエレッタの研究成果
王国騎士団の本部を辞してスフォルツァ邸に戻ると、車寄せでピエレッタが仁王立ちして待ち構えていた。
「ジャンフランコ様!いただいていた課題に目処がつきましたよ!」
「ピエレッタ!一刻も早く報告をしたい気持ちは分かるが、車寄せで叫ぶ内容ではないだろうが。時と場所を選ぶくらいはしろ!」
メディギーニの叱責が飛ぶがピエレッタは小さく舌を出して「では工房でお待ちしております」とだけ告げてそそくさとその場から逃げていった。
おそらく何の反省もしていないのが丸わかりで、メディギーニはといえば額に手を当てて天を仰いでいる。
ジャンフランコとフレデリカだけが馬車を降り、残りの学友たちはメディギーニが連れて商会の方へと戻る。騎士団本部での会合で合意した内容の再確認という名の反省会が予定されているが、メディギーニの表情を見た限りでは少々辛口の内容になりそうである。この後ピエレッタが同僚から怨まれることになるのは必定、である。
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ジャンフランコが自室に戻り会合のための衣装から工房で動きやすい服装に着替えると、部屋の前でフレデリカが待っている。
「ピエレッタは課題と言ってましたけど、今度は何でしょうか」
「空を飛ぶ魔道具を操作するための仕掛けを検討してもらってたのだよ。僕のやり方では行き詰まってたとこに彼女なりに別案を検討したいと言ってたからさ」
別棟になっている魔道具工房の前には先程と同様ピエレッタが仁王立ちして待ち構えているのが見える。
「報告はここでは聞かないからね!工房に入るまでくらい待ってくれ」
「もちろん、分かっておりますよ。さぁ!お早く中へ!」
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「それで、目処がついたというのは?」
ジャンフランコの問いかけにピエレッタは一枚の羊皮紙を取り出す。
「分け身の魔神の【魔法陣】です。この一週間ほどの間に何回か勧請してお話をしてたらすっかり仲良くなりまして。わたくし、魔神から加護をもらえるようになりましたの」
よく見ると髪が一房漆黒に変わっているため、少なくとも彼女が闇の眷属神のうち誰かの使徒となったことに間違いはなさそうだ。
「その上でいろいろと教えていただいたんですけれど、『分け身』の権能は何も単純に自分の『分け身』を作るだけじゃなくて、生き物を自分の『分け身』とみなして操ることもできるということでして」
「その権能を行使するための【魔法陣】も教えていただきまして。それがこちらになります」もう一枚の羊皮紙が出てくるのを見て、ジャンフランコが【神具】を起動する。
『【神測】【細密走査】」
羊皮紙に描かれた【魔法陣】を読み取ると、自動的に【文字認識】と【構造化】が走り、分け身の魔神の【魔法陣】に小さな【魔法陣】をいくつか足したような構造であると分析する。
「【乗り移り】の権能については、コチラを使って検証致しますね」籠に入った小鳥を持って来ると、ピエレッタは【魔法陣】の上に籠ごと小鳥を載せる。
彼女が【魔法陣】に血を二滴三滴と垂らし魔力を流すと小鳥が一瞬ピクリとなる。
「ではこちらをご確認ください」
ピエレッタが目を閉じると、小鳥が嘴を器用に使って中から鳥籠の留め金を外すと扉を開けてそろそろと出てくる。まるで開け方を知っているかのような小鳥の動きに驚いて、そのまま工房の中へと勝手に飛び出したりはしない鳥を見ていると「右の羽根を動かしてみますね」と声が聞こえ、同時に小鳥が右の羽根を拡げる。
「今度は左です」の声に続けて左の羽根も広げる。
ピエレッタが「ちょっと飛んでみますね」と言うと小鳥がパタパタと羽ばたいて工房の中をゆっくりと飛んで籠の前に降り立つ。
「そろそろ限界なので戻します」
小鳥が自分から歩いて鳥籠に入るが、その直後急に鳥籠の中で暴れ始める。
ピエレッタ本人が目を開くと鳥籠の扉を閉め、留め金を下ろす。
「こんな風に短時間でしたら自分の『分け身』のように動かせるのです。ただ問題もあって」
生き物の場合は意志があるし、生物としての欲求もある。それらを長時間ねじ伏せるのは分け身の魔神自身にも無理だ、と教えてもらったらしい。
ちなみに死んだ生き物の場合は時間経過で組織が次々と機能停止・崩壊していくので、結局は短時間しか操れないそうだ。
「でも、意志も欲求も持たない上に生き物とは異なる道理で動く魔道具なら好きなだけ操れるのではないでしょうか」
小鳥を自在に操るデモンストレーションだけでも驚きなのに、そこから更になかなかにぶっ飛んだ仮説が出てきたものである。
「鳥のような高度な生き物も虫のような単純な生き物も【魔法陣】は同じなのですが、さすがに生き物ではない魔道具だけは勝手が違いました。でも、ジャンフランコ様ならば必要な【魔法陣】を描くことが出来るのではないか、と思います」
そこまで黙って聞いていたジャンフランコが声を掛けようとするが、「ピエレッタすごい! 小鳥を自在に動かすなんて!」フレデリカが彼に先んじてピエレッタの両腕を握りしめて褒めちぎる。
「それに、この方法ならジャンフランコ様が悩んでいた課題も解消できるのでしょう?」
「ええ。分け身の魔神によれば、『分け身』の見聞きしたものを知るのも『分け身』を動かすのも、主と『分け身』の繋がりの深さ次第なのですって。注ぐ血と魔力で遠く離れることも繊細な動きをさせることも可能なのだとか」
「生き物の場合は意思や欲求を手なずけるのが難しいから短時間しか操れないけれど、魔道具なら可能ってことだね」
「ええ。わたくしはそう考えました」
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「よし。ピエレッタの仮説の線で検討してみることにしよう。 」
「本当なら魔道具にも宿れるところまで頑張りたかったのですけれど、分け身の魔神もさすがに魔道具を動かすのは自分の想像の外だとおっしゃって」
「仕方ないよ。魔道具には生き物のような脳や神経系に相当する機能がないからね。そこから先は僕の領分だよ」
満面の笑顔を浮かべるジャンフランコを見てフレデリカは気づいた。
おそらく、これから暫くは主が「上の空」になる時間が増えることになるだろう。
ジャンフランコには神学校の授業時間中に【認識阻害】を使って教師や周囲の目を欺き、【魔法陣】の考察やら新しい魔道具の構想やらに没頭していた前科がある。
「上の空」のジャンフランコを現実に引き戻すのはフレデリカの役目になるのは必定。ピエレッタに恨みがましい視線を向けるが今更である。
それから一週間は、予想した通り魔道具を使役するための【魔法陣】の構築に没頭する主との戦いになった。本当にちょっとの隙間時間を見つけるたびに思考の海に沈んだまま戻ってこなくなるのだ。
食事時、移動中ならまだいい。
王国騎士団との商談中にまでふと黙り込んでそのまま生返事を繰り返しているのを見たときは思わず主の頭をはたいてしまった。
「いい加減になさいませ」
驚いた周囲の視線ではじめて自分のやったことに気づき知らぬ顔をするが後の祭りである。
だが、これは公務を放り出して自分勝手に【魔法陣】にのめり込むジャンフランコが悪いのであるが。
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ジャンフランコはピエレッタを経由して手に入れた分け身の魔神の新しい【魔法陣】に文字通り夢中になった。
寝ても覚めてもまぶたの裏に【魔法陣】が浮かぶ。
実体のある「写し身」ではなく、肉体をもたず意思を持ち動くだけの霊体のような「写し身」を作り出し、生き物や道具に取り憑かせる【魔法陣】だ。
よい【魔法陣】素晴らしい【魔法陣】だ。
これを使って魔道具を動かすためには、魔道具と【魔法陣】の仲立ちとなる【魔法陣】が必要になる。
魔道具の情報を受け取って【魔法陣】に送り、逆に【魔法陣】を介して伝えられた意思で魔道具を動かす。
その後もレイチェル王女との対面を「写し身」に代行させようとして怒られたりもしつつ、一週間後には魔道具を「写し身」とみなして乗り移り操るための【魔法陣】の初稿を描き上げたのである。
今回の新要素:
・ 分け身の魔神による【乗り移り】の【魔法陣】
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