王国騎士団長の依頼
王国騎士団から求められた話し合いは、申し入れのあった日のちょうど一週間後に行われることで調整がついた。
「メービユス騎士団長、ご無沙汰をしております。ご健勝のようで何よりです」
車寄せまで騎士団長自ら迎えに出て礼を示してくれているのに応えて、ジャンフランコは馬車から降り立ち軽く会釈をしてから言葉を交わす。
「冬にスフォルツァ城へご一緒して以来ですな。そうそう、御祝いが遅れましたが、ご婚約おめでとうございます。首尾よくレイチェル姫様の御心を射止められたようですな」
「ありがとうございます。とはいえ正式な婚約は少々先ですので、今の僕は正式にはまだ『予定者』のままですよ」
雑談を交わしながら騎士団の庁舎に入り会議室へと向かう。
今回はフレデリカが護衛としてジャンフランコのすぐ側につくほか、会議をサポートするためにメディギーニも後ろに続いている。そのほかにジルベルトとアンジェロ、アンドレアとアレックスも伴っているが、これは王国騎士団との顔つなぎと商談の経験を積むためだ。
ちなみに、今回はジャンフランコを筆頭に全員が商家の装い、つまりは平民の衣装を身に着けている。「今回の話し合いでは商談に徹する。決して荒事には踏み込まない」という意思表示となる。
全員が天恵持ちであることはメービユスはじめ王国騎士団には知られている以上、白々しい偽装ではあるのだが、会議の場での丁々発止のやりとりはこんな形でも既に開始されているのだ。
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「では、本題に入りましょう」
王国騎士団側の出席者を含め全員が着席すると、社交辞令も何もかもすっ飛ばして単刀直入、最初の議題から会議がスタートする。
まずは双方の認識の擦り合わせからだ。
「ミント伯爵領でのことは既にご存知かと思うが?」
「ええ、聞き及んでおりますよ。領主が遺跡探索に熱を入れすぎるあまりに領地を放っぽり出して行方不明だそうではないですか」
「うむ。治安維持を司る領地の騎士団もその前後で不在になったとか。その事実が領内に知れ渡るまでにそれほどの時間は要しなかったようだ。今や伯爵領、特に領都は秩序を完全に失った状態になっておる」
メービユス卿が黒く伸びた顎髭をしごきながら現状を説明する。
内容は新聞等で報じられているとおりであり、特段新しい情報はない。
背景情報について共通認識を確認したに過ぎないし、本題はこれからだ。
「王はこの事態を由々しきものと考えておられてな。ミント伯爵領の治安回復~維持のために王国騎士団を派遣することを決定された。規模は、ひとまず騎士五十名が主戦力となり、そのほかにも輜重隊なども同行することとなる」
輜重隊とは要は補給物資を運搬する部隊のことで、騎士五十名を支えるとなれば必要な水や食料もそれなりの量となる。つまり、それを運ぶ部隊にもそれなりの人数が必要になるということだ。
「ミント領内での補給は絶望的ですものね。僕の知る限りでは有力な商会はとっくに領内からは撤退済みですし。となると近隣の領地からの支援を要請した方がよいかと思います。それがあるだけで輜重隊の負担は随分と軽くなると思いますが」
「近隣の領地からは、本当に最低限の支援しか期待できん。領地の境近くに物資の集積所を設置することは認められたが、それで精一杯だそうだ」
輜重隊が運ぶ物資の中継地点を置くことには反対しないが、物資はあくまで王国騎士団もちである。
「王国にとっては小さくない危機だと思うのですが、周辺領地の領主の皆さまはなかなかにケチ臭いですなぁ。国難よりも自領の安定の方が大事ですか」無遠慮な発言にメービユスも顔を顰めるしかない。
「メディギーニ商会長の不躾な発言は聞かなかったことにするが、現実はまぁ、おっしゃるとおりであるな」
「物資の買い付けはお済みですか?まだであればよい商会をご紹介しますよ」
「糧食を扱う商会に軒並み予約を入れておいてよく言う。が、緊急時でかつメディギーニ商会ゆかりの商会が独占的に確保している以外にまとまった在庫がないと言われてはな。多少の色をつけて支払うことは構わないから王国騎士団に売り惜しみだけはしないでもらえると助かる」
「毎度ありがとうございます。では騎士団が通過予定の各中継地点での納品くらいはサービスしますよ」
「そうしてもらえると助かる」
メディギーニ商会が出資先の商会まで動かして糧食などを早期に押さえていたのは市場の混乱を正確に予想し先回りしたことによるもので、価格高騰など市場での無用の混乱を防ぎ安定を図るためである。これにより今回の王国騎士団のケースのような緊急かつ公的な目的の需要には市場を通さず相対取引を行い、いわゆる特需の発生による市場への影響を最大限に抑えることもできる。
通常の需要にも適正価格で応えるので、独占や寡占ではなく、むしろ動きの遅い王国政府に代わり一時的な価格統制に動き、市場の混乱を防いだという方が近い。
流石のジャンフランコも、買い占めた上で王国騎士団に商談を持ちかければ暴利の稼ぎ放題だなどとは少しも思わなかった......かというと嘘になるが、災害時など人が困っている時に付け込んで小銭を稼いだところで、後々恨まれて長期的には損をすると知っているので、ここは社会貢献の一択である。
また、騎士団の中継予定地点での物資提供は騎士団の輜重隊の負担を肩代りするものと言ってよく、多少の利益を積んだとしても実質的には相殺されてメディギーニ商会の持ち出しとなる。
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「王国騎士団の派遣にあたり依頼したいことはもう一つある。まぁ、本日の本当の議題はこちらなのだがな」
「魔道具...ですね?」
「話が早くて助かる。その......【治癒】と【解毒】の魔道具を至急用立ててはくれんかね?遺跡探索が統制されて調達が難しいと分かっていて依頼するのは非常に心苦しいのだが」
ジャンフランコとメディギーニが顔を見合わせてニヤリと笑みを浮かべる。
「了解しました。ひとまずいかほどご用意いたしましょう?」
「取り急ぎ十個ずつ用意できないだろうか。無理を言っているのは承知の上なのだが」
「ご安心ください。その代わりと言っては何ですが、いつも卸している価格に特急料金の上乗せを請求しますね」
メービユスが驚いた顔になる。「そんなに簡単に...いや、こちらとしては助かるのだが、この状況下でも本当に君らには魔道具の調達が可能なのか?」
「備えあれば憂いなし......とだけ言っておきましょう」
嘘である。
ほかの商会と違い遺跡産の魔道具をかき集めるのではなく、【治癒】や【解毒】といった遺跡産であれば希少とされる魔道具であっても、シュナウツァー工房で生産するだけなので一週間もあれば納品可能である。この手の希少な(はずの)魔道具には市場があってないようなものであるので、ジャンフランコもここでは利益追求の手を緩めるつもりはない。工房の生産調整に係るコスト+アルファを上乗せして請求する予定だ......それでも遺跡産の魔道具よりは随分と安価なのだが。
「後ほど契約書類をご用意してお持ちしますね」
価格と納期は実質的にメディギーニ商会の言い値となるので交渉の余地はない。用意した議題は以上で終了である。
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「しかし、これだけの混乱を生み出しておいて雲隠れしたまんまとは、ミント伯爵家は無責任にもほどがありますね」
「うむ。普通、貴族家というのは自領の統治を何よりも重要視するものだが、かの伯爵家の優先順位は貴族の常識から大きく乖離していたようだ。これも通常の領地経営とは異なる所から収益を稼いでいたせいだな」
そこでフレデリカがジャンフランコの肩に後ろから軽く触れて耳打ちする。
「ミント伯爵家のご家中の方の行き先であれば、把握できるのではありませんか?」
「そうだね。ちょっと待って」
ジャンフランコはメディギーニに目で合図をして話題を繋ぐよう促す。
そうしておいて、神測を呼び出して以前【追跡】の魔法を仕掛けていた相手の足跡を確認する。標的は三週間近く前に「ミント伯爵家中の者」を名乗ってローレ教室を訪れた男だ。
足跡を可視化すると、ほぼ真っすぐミント伯爵領の方角に向かい、更にその先で何日も動きを止めているのがわかる。
「すみません。気になることがあるのでミント伯爵領周辺の地図を見せていただけませんか?」
手渡された地図を手の平でなぞるフリをして神測で【走査】して取り込む。
神測で取り込んだ地図とミント伯爵家中の男の足跡を重ね合わせると、男が足を止めている場所はミント領の領都ではなく、更に西に踏み込んだ荒地のド真ん中であることが分かった。
おそらくはそこに遺跡があり、今もミント伯爵家臣団はそこに留まり遺跡探索を続けているのだろう。
だが、その情報はこの場では開示しない。
ジャンフランコの天恵をはじめ、これをキッカケにリモーネ王国に様々な情報を与えることになっては目も当てられないからだ。
地図を見て難しい顔をしているとメービユス卿から声を掛けられる。
「おや、何ですかな?ジャンフランコ様も現地に向かわれたくなリましたかな」
「いえいえ。僕は首都に留まって皆様のお相手をしていた方が稼げそうだ。現地まで行くとなると往復で一月は掛かりそうですし、何の利益も得られそうもない騒乱の地に向かいたいとは思いませんよ」
「賢明なご判断だと思いますよ」
ただ、ジャンフランコはミント伯爵領都の混乱よりも遺跡探索を行っているであろうその場所が気になり始めていた。




