不実な男と見破る女
今日は婚約の基本合意を交わしてから最初のレイチェル王女との対面の日。
婚約で二人の関係が大きく変わることを象徴するように、対面の場所は王宮のやや奥まった場所にある客室に移っていた。位置からすると公務で使うというよりは王族が私的な来客を迎える場所のようだ。ただし、入室してみると彼を迎える部屋の設えは婚約前に「学友」として対面していた頃の客室がそっくりそのまま再現されていた。
壁際には黒板が用意され、部屋の中央に置かれたテーブルにはところ狭しと書籍や資料が並ぶ。
どう見てもティーテーブルを挟んで茶や菓子を嗜むのではなく、王女の好奇心のままジャンフランコが尋ねられた物事について様々な話をすることを期待されているようだ。
これでは婚約者というよりも、まるで家庭教師だな と自嘲する。
今日の教材(?)は「八百万の神々」である。
「わたくし、この本を拝読するまではこの世の森羅万象を女神ソフィアお一人で支えてらっしゃるのだと信じておりました」
「では、この本を読んでレイチェルの考えはどう変わりましたか?」
「そうですね......以前スフォルツァのお城にお招きいただいた時から思っていたのですが、女神お一人で支えるにはこの世は広すぎます。大勢の神々がそれぞれ異なる事象を司っているのならば、女神ソフィアのご負担も随分と軽くなるのではと思い、わたくし、何だかホッとした気持ちになりました」
『なかなか面白い考え方をする娘だな。悪くはないぞ』
何の前触れもなく天恵の女神の声が頭の中で響き、顔を顰めそうになるが王女との対面中であることを思い出し、顔筋を総動員して如才ない笑みを浮かべる。
「レイチェル、一つだけ訂正させてください」
「何でしょう?」
「神々は人とは違ってお一人お二人ではなく一柱二柱と数えるのです」
口を押さえて顔をサッと赤らめる様子を見ると、素直に『可愛いな』と思える。いずれこの少女を伴侶とすると決まっているのだから、そのような感情を自分が抱くことは好ましいのではないかと思う。
「ですが、大変お優しいお気持ちの現れたお言葉でありました。何より、当の天恵の女神が貴女のご発言を好ましいと評しておられましたよ」
そう告げると目の前に少女は一瞬ポカンとした表情を浮かべた後、花が開くようにパッと破顔する。
「まぁ、ジャンフランコ様はお噂通り女神のお声を聞くことができるのですね」
「大概は頼みもしないのに好き勝手に顕現して二言三言好きなことを喋ってはお帰りになるだけなのですけれどね。しかも、その分の魔力はきっかり搾り取って行かれるのですよ」
ふぅ、と息を吐く。
ふと悪戯心が頭をもたげてくる。
「それよりも、せっかく婚約者となったのだから、貴女も僕のことを『ジジ』と呼んではいただけませんか?」
『こ奴め。急に距離を詰めに掛かっておるがどうした?今までの余所余所しい態度は何だったのじゃ』
『今度は秘事の女神さまですか。今日は勧請しておりませんよ?』
『急に色気づきおってからに。其方さえ良ければとびきりの【隠ぺい】で完全に二人きりにしてやってもよいのだがの』
『僕らはまだ成人まで数年あるのです。彼女の外聞にも響きますから、その手の話題はもう暫くお待ち下さい』
目の前の少女の様子を窺うと、声の大きさや調子を変えながら何度も「ジジ」と声を発し続けているだけであった。時々、「キャっ」と小さな嬌声が間に入ったり突然顔が赤くなったりと忙しそうである。
「えーと、レイチェル」
「ひゃいっ」
目の前の少女が取り乱す様もなかなかに微笑ましいのだが、それはそれで壁際に控えている彼女の侍女侍従達が頭を抱える原因にしかならないので話を進めることにする。
「レイチェルは魔道具を使ったことはありますよね」
「ええ。侍女に任せることが多いのだけれど、いくつかは」
【照明】の魔道具を取り出してテーブルに置く。
「これなどは使ったことも多いのでは?」
「ええ。寝台の近くに置いて使うことが多いですわ」
スイッチを入れると仄かな光を放ち始める。
「では、この魔道具が光る仕組みにも神々が関わっているのですが、興味はありますか?」
「それは...考えたこともありませんでした」
ジャンフランコが魔道具を光らせたまま角になっている辺りを持ち少し力を入れると、外装が外れ、中の魔石と光を放つ基盤が顕になる。
スイッチを切ると基板がスッと光を失い、表面に描かれた複雑な模様〜【魔法陣】〜を見ることができるようになる。
「【照明】の魔道具の中で、光を放っていたのはこの部分でしたね。ご覧になりますか?」
「何だか複雑な模様が描かれてますね。これは何でしょう?」
「これこそが、魔道具を魔道具たらしめているもの。【魔法陣】なのです」
「これが【魔法陣】...でも、模様が細かすぎて何だかよくわかりません」
ジャンフランコがポケットから折り畳まれた紙を取り出して広げると、A3程度の大きさになる。
「これなら如何でしょうか?先程の【魔法陣】を拡大するとこのようになります」
「これなら少し分かりやすいですね。これは文字が連なっているのでしょうか?」
『え?この大きさだとまだ文字と認識するのは難しくない?』
レイチェル王女がニッコリと笑う。
「わたくし天恵のおかげで分かりますのよ」
「殿下、天恵は濫りに他人に教えるものではございません」
慌てたように侍女が窘めるが、
「わたくしの伴侶となる御方ですもの。知っておいていただいても構いませんでしょう?......どんな微細なものであっても大きさを変えて見て取ることができるのです。拡げ開くと言うのですって」
王女の天恵は初めて聞くものだった。何より【剣】や【杖】以外の天恵を授けられていることをあっさりと明かしてしまってよいのだろうか。それは場合によっては王女にとっての汚点ともなりうる情報である。
「レイチェルの天恵は常に発動しているのですか?天恵を発動しているような様子はありませんでしたが」
王女の手に【神具】が顕れた様子はない。
「わたくしの場合は、手ではなくて瞳の中に【神具】が顕れるのですって。極めて稀な天恵だそうですよ」
「それは興味深い。でしたらこの後のご説明もご理解が早いかも知れませんね」
よく分からないという顔のレイチェルに向かって咳払い一つ。
【魔法陣】を描いた紙の上に手を添えると
「今から、この【魔法陣】に魔力を流します。すると?」
「魔道具と同じに光る、のですか?」
【魔法陣】の上に光が灯る。
「正解」
レイチェルが目を輝かせる。
「わたくしもやってみたいですわ」
「どうぞ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
すっかりと夢中になって【魔法陣】に魔力を流したり止めたり、光をつけたり消したりしている少女を眺めながら、ジャンフランコは前の人生を思い出していた。
最初の結婚は大学を卒業してすぐだったか。
相手は学生時代から付き合っていた女性で、学生時代を通じて友人達から熱愛を冷やかされ続けるような恋をし卒業を待ちかねて結婚したのだったが、二年も経たないうちに互いにすれ違うようになり結局は別れることになった。
『学生の頃は私だけを見てくれる優しい人、と思っていたけれど。どうやらあなたは私よりも熱中するものを見つけてしまったようね』
それからは深く付き合うことのできる相手をみつけては長続きせずに別れることを繰り返す。相手は会社の同僚だったり、取引先のカウンターパートだったりと様々であったが、いずれも遊び半分で付き合ったことはない...つもりだ。だが、決まって相手から別れを切り出されている。
判で押したように毎回、仕事にのめり込み過ぎて放置したことをため息交じりに詰られるのだ。
その後結婚まで辿り着いた相手もいたにはいたが、やはり三年ともたず別れてしまっている。
『お仕事のことで一杯のあなたの心に小さくても居場所を作ろうと頑張ったのですけど、私では力不足のようです』
別れ際に告げられた言葉がリフレインする。
『つくづく前世の僕は結婚に向かない男だったようだけど、今度の人生ではやり直しが効くのかな?』
正直、この年齢で結婚について考えなければならないことに戸惑いが大きい一方で、前世を含めると半世紀近く生きてきた中で、いい加減自分は伴侶を持たない方がいいのではと自覚が芽生えてもきている。
ジャンフランコの想いには、だが、思いも寄らないところから突っ込みが入る。
『無理じゃな。其方も自覚はあろう。何かに夢中になってのめり込むと周りが見えなくなる性質か変わらぬ限り、同じことを繰り返すだけじゃ』
『だが、相手の選び方にも問題があったのではないか。どうも其方は自身と似たような性質の女性を好んでおったように見える。振り向いてほしい時には相手に見向きもされないのではな。お互い割り切って関係を続けるのでもなければ、いずれは耐えきれなくなって別の道を歩むことを選ぶしかあるまい』
『ふふふ。であるならば、この世界でならば婚姻も長続きするのではないか。殊に其方の身分では好いた腫れたで相手を選ぶこともできぬであろうしな。今生であれば案外誰ぞと添い遂げることも可能やもしれぬぞ』
いつもの【秘事】と【看破】に【天恵】まで加わって人を玩具にしている。勝手に自分の過去の記憶を掘り起こしてはネタにして盛り上がる神々にはウンザリだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「何をお考えなのですか?」
いつの間にかこちらを覗き込むように見つめる視線に気づいて、慌てて神々の声から目の前の少女に意識を向ける。
「レイチェルのような人は自分の伴侶にはもったいないのではと考えていました」
「あら、本当かしら」
「ええ。本当ですよ。目の前にこんな魅力的な女性がいたら、ほかのことなんて考えられなくなりますよ」
我ながら軽薄に過ぎると思わないでもないが、こう言えばまた顔を赤らめて誤魔化されてくれるのではと期待して歯の浮くようなセリフを口にする。
「ふふふ。それって違うことを考えていたと白状されているのと同じでしてよ」
『あれ?どこかで間違えた?』
何も言えなくなりただ瞬きを繰り返すジャンフランコにレイチェルが微笑みかける。そのまま席を立つと身を寄せて来て耳元で囁く。
「わたくし、天恵のおかげで目の前の方が何をお考えか何となく分かりますのよ。先ほどは一瞬わたくしのことを『好ましい』と思っていただけたでしょう?そのあとすぐに違うことを考えてらしたようですけれど」
ひく、とジャンフランコの顔が引きつったことに満足したのか、今まで見たこともないような笑みを浮かべる。
「どんなに取り繕ってもお顔を流れる血の流れや瞳の動きは誤魔化せませんのよ。わたくし、これまで色々な方の御顔を拝見しながら学んできましたから」
それがどういう意味か、ジャンフランコは即座に理解した。貴族的な言い回しや取り繕った所作のすべてがレイチェルの前では無意味だということだ。
「あら、でも心ときめく口説き文句が不要ということではありませんのよ」
レイチェルの両手がジャンフランコの両頬に添えられ、正面から見つめられる。甘いシチュエーションのはずだが、何故か「ロック・オン」という言葉が頭に浮かぶ。
「とても不実で、でも素敵なお方。貴方を虜にしたいなんて、わたくしそんな欲深いことは望んでおりませんのよ。ほんの一時わたくしを見つめて下さいな。それだけでわたくしには十分ですの」
今回の新要素:
・ レイチェル王女の天恵 【拡げ開く】
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