この頃の遺跡探索事情
厄介な来客を追い返した後のローレ教室てす。
「そう言えば、この教室で探索する遺跡で荒事が必要なことってほぼなかったですよね」
「一度だけ、荒事など無縁だと思って挑んだ遺跡で大火傷をしたことはあったのだがな」
その場にいる皆、数年前の【怨霊】事件のことを覚えている。
一見、特段の危険はないと思われた遺跡を探索して目ぼしい遺物を回収していったところ、気づかずぬままに危険な【怨霊】を【封印】する魔道具まで回収してしまったのだ。
その結果【封印】が効力を失い、解き放たれた【怨霊】によってローレ教室は数人の死傷者を出したのだった。
その事件以降、少なくともジャンフランコ達の学年が進級してローレ教室に入って以降は、探索済みの遺跡の追跡調査や十分に安全が確認された後の調査など危険がない遺跡探索ばかりであった。ジャンフランコ達が参加した探索もそうだし、ほかの学生達の探索記録もそうだ。少なくとも武装が必要な探索はなかったと記憶している。
「当教室はあくまで神学校の一教室であるからな。荒事を必要とする探索には学校からの許可がおりぬのだ」
「その割には【怨霊】事件の時には二度目の探索の準備をされてましたが」
「うむ。最初の探索で負傷した学生に唆されたのだ。今思えば、あの時すでに彼らは【怨霊】の走狗と成りかけていたのだな」
シュナウツァー商会からの警告で二度目の探索を思いとどまった一方で【怨霊】が偶然巻き込まれたジャンフランコに執着し、そのジャンフランコが自身の身を守るためにスフォルツァ家臣団を動員して介入した結果、ひとまず危険な遺跡は封印され、【怨霊】自身も【調伏】されたことで事件そのものは終息した。
ただし、最初の探索で負傷した学生は、その後【怨霊】により不死者へと変えられ、二度と生者へと戻ることなく塵となって消えたのだった。
「なのでな。荒事が絡む遺跡探索は我等のような学校関係者ではなく、大商会や貴族家の独壇場であるのだ。特に貴族家は自領の騎士団の中に遺跡探索を専門に行う人員を抱えることもあるくらいでな。今回のミント伯爵家などはその筋では有名な遺跡探索集団を抱えておったな」
発見した遺跡が危険と判断した場合は報酬と引き換えに貴族家に情報提供を行ったり、探索後安全が確保された状態での追加調査を任せてもらったりなどすることもあり、ローレ教諭もミント伯爵家ともまったく面識がないわけではなかったそうだ。
「貴族家の騎士団というと、それなりにお強いのでしょう?それが何度も撤退を強いられるなんて余程厄介な遺跡だったんでしょうね」
「そうだな。首都の周辺とミルトンとの国境近くは比較的安全だったり一通りの探索は終わった遺跡が多いのだがな。反対に首都の西側の各貴族領には未探索の遺跡が多く残っていると言われていてな。多くは何らかの危険があるためにそれなりの武力を備えてなければ手出しができんのだ」
「危険というと、どういったものがあるのですか?」
「周辺の野獣が遺跡を住処にしている場合。これは時に野獣が遺跡の影響で凶暴化していることもある」
「野獣ですか」
「遺跡の中ではネズミですら時には凶悪な存在となりうる。厳密には『獣』とは言えんが、蛇や蜘蛛などが人を喰らうまでになることもある」
大型化したり強力な毒を持つようになる場合もあるそうだ。
「それから、遺跡そのものに危険な罠が仕掛けられている場合もある。この場合は熟練の遺跡探索者や罠を探知する魔道具の出番であるな」
「『遺跡探索者』ですか」
「まぁ、荒事の専門家でもあるから傭兵と区別がつかぬな。そう言えば、ミルトンの政変で有力な遺跡探索者の多くがミルトンを捨ててリモーネに移って来たな。おかげで探索される遺跡が増えた時期もあったが」
「その後どうなったんです?」
「次々と遺跡探索が進むのは良かったのだがな。その結果、遺跡探索者さえ揃えれば探索できる遺跡が急速に枯渇していったのだ」
未探索で残る遺跡は野獣や罠程度では済まない脅威の残る遺跡ばかりになったということだ。
「本当に危険な遺跡ばかりが残ってしまった結果、罠探知などの技能寄りの探索者は必要とされなくなり淘汰されてしまったな。単純な武力では剣の天恵持ちに敵わないわけだから。その後は危険な遺跡探索で生命を落とすか、でなければ傭兵に転じたり商会員に転じたり様々だと思われる」
「最後に、あの【怨霊】のような、武力を揃えて辛うじて対処可能というような危険が潜んでいる遺跡であるな。今未探索で残っている遺跡は大概コレだ。おかげで遺跡探索の難易度が格段に跳ね上がってしまっておる。実際、貴族家の遺跡探索は剣の天恵持ちや杖の天恵持ちを多数揃えて挑むことが多い。当然、準備に必要な負担も大きいからミント伯爵家のように遺跡探索失敗して行き詰る貴族家や商会もいくつかあるようだ」
確かに投資先案件として遺跡探索事業が挙がる頻度が最近では随分と減ってきているし、たまにリストに載ることはあっても大概は博打に近いリスク・プレミアムが付いていたはずだ。
「運良く安全な未探索の遺跡を見つけられれば当教室でも探索の機会を得られるが、そんなアタリを引けることは年々少なくなってしまっている」
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「そう言えば、【怨霊】事件の顛末はまだ詳しくお話してませんでしたよね」
「そうであったな。あの時は『知らぬ方が御身のため』とか言われていたが」
旧ソフィア教会の教義からすると不都合極まりない事実が判明した一方で、当時は異端審問官がバリバリ活動していた時期であったため、ほとんどの関係者にも事実関係は伏せられていたはずだ。
当時はスフォルツァ家臣団の中でもごく一部でだけにしか経緯は知らされていなかったが、旧ソフィア教会が崩壊した今なら身の危険を感じることもなく安心して情報を開示できる。
「実は、【怨霊】というのは旧ソフィア教会に塗炭の苦しみを味わわされた上で殺されたあの地の有力者の成れの果てでしてね」
「というと、異端審問にでもあったのか?」
「まだ異端審問という官職などない頃、旧ソフィア教会の成立期の出来事ですね」
ジャンフランコはローレ教諭はじめ、数人の学生がいる前で旧ソフィア教会の成立期の顛末を話す。
旧ソフィア教会は布教を武器として侵略者の尖兵となり、悪辣な手段で多神教を信じる土着の部族の力を削ぎ、血なまぐさい手段で改宗を迫ることで信者数を増やしていった、その歴史である。
「その後根強く残る(彼らから見た)異端者を狩るために異端審問が行われてきた結果、彼等に都合の悪い真実は闇の中へと葬り去られたという訳ですね」
「なるほど、だからこそ今になるまで事件の顛末を話せなかったわけであるな」
「ええ。旧ソフィア教会が崩壊して、本当に良かったと思います」
目を白黒させる学生たちに囲まれて、ローレ教諭だけは苦笑いを浮かべる。
「まぁ、堂々と思うことを話せるようになったのは悪いことではないな」
「それで、当の【怨霊】はどうなったのであるかな?今の話を聞いた限りでは気の毒な御仁であるようにも思えるが。もちろん、無関係の我らは理不尽な目に遭わされただけだが」
「最終的には、【調伏】されて鬼神〜神ではないが、それに近い存在〜となられたようです。旧ソフィア教会が崩壊したことをお伝えしたら大変お喜びでしたよ」
「伝えた...あの後【怨霊】と会ったのか」
「ええ。差し支えなければお引合せしましょうか?」
学生の間からひっという声が漏れ、ローレ教諭の顔が盛大に引きつるのがみえる。
「いや、その、何だ。我らはかの御仁とは因縁もあるからお会いするのは気まずかろう」
「そうですか」
「実はあの件には後日談があるのですが、ご興味ありますか?」
と切り出すと、「どのような後日談でしょう?」と数人の学生が興味を示す。
「君達は遺跡探索に興味があるのかな?」
「厳密には違うのですが、遺跡そのものの分析というか、遺跡の由来などを研究しています」
『これはこれで先行きが楽しみな学生がいるね』
「では話すけれど、あの遺跡は古来から伝わる【死】の女神の社でね 「ちょっと待った!」」
「ローレ先生、どうしましたか?」
「何やら物騒な言葉が聞こえたのでな。その話は時と場所を変えてにしてもらえんだろうか」
「承りました。君達もそれでいいかい?」
先ほど興味を示した学生たちも不承不承といった風ではあるが頷いている。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「先ほどの遺跡探索がほぼ頭打ちになったというお話ですが。今後の当教室の活動は大丈夫なのですか?」
「そうだな。当面は探査済みの遺跡の追跡調査が中心となるな。あとは文献調査や発見された魔道具の傾向分析などにも力を入れておる」
「発見された魔道具の傾向分析ですか。せっかくですからメディギーニ商会と共同で魔道具そのものの分析をやりませんか?」
「大変魅力的な提案ではあるが、その、構わないのかね?」
「商会では魔道具の設計・開発をできる人材が不足しておりまして、できれば当教室で基礎的な知識と技術を身に着けた人材を育てていただければな、と」
ローレ教諭が腕組みをして考え込むのとほぼ同時に「やってみたいです」と数人の学生が手を挙げる。残りの学生は思案顔である。
「では、この件も改めて後日伺うことにします」
緊急呼び出しから始まったものの、ローレ教室を通じて遺跡探索事情について情報を仕入れることができた。ミルトンの遺跡探索者が政変後リモーネに移っていることなど初耳であった。
旧ソフィア教会に抑え込まれていた遺跡関係の情報を教室内で開示できたことも収穫である。うまくすれば将来のメディギーニ商会の従業員をローレ教室で育成したりと相乗効果も期待できそうである。
今回の新要素:
・ 遺跡探索者という職業がある(あった)らしい
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