I'm always spying on you.
「空を飛ぶ…か」
スフォルツァ城を出てリモーネに向かう車中でジャンフランコが独り言ちる。
不整地の多いスフォルツァの領内では季節を問わず「幽霊馬車」が高い機動力を誇る。未だスフォルツァ領の外に対しては「幽霊馬車」の存在を秘匿を続けているので、そのままリモーネには入れない。今回の旅程もコルソ・マルケ砦で馬が引く馬車に乗り換えてからリモーネ王国に入るというものだ。
車中の読書がてら、神測に読み込んでしまっている「神々への道標」を呼び出す。
空を飛ぶとしたら使えそうな権能を探しながらページを繰っていくと、低く落ち着いた女性の声が耳元で囁く。
『その書物に妾とその眷属への道標は載っておらぬのだな』
ずいっと魔力が吸われ始める感覚にジャンフランコは身震いする。
『天恵の女神よりも神格の高いお方を気軽に勧請するわけにはいかないからでしょうか』
人外の域に達していると言われるジャンフランコの魔力量でかつ声だけの顕現だから何とかなっているだけであって、常人であれば勧請した瞬間に魔力枯渇して死に至るであろう。
気軽に勧請してはならないからこそ、勧請の道標を書物の形で残さなかったのだとも言える。
『ふむ。使徒としての加護を与えてから此の方、其方を見ておったがなかなか面白いことをしておるではないか』
『使徒となった以上、その言動はすべて把握されているのですね』
『なに、困りごとが生じればすぐに手を差し伸べられるように、じゃ』
常時監視していると言われれば間違いではないが、と女神が嗤う。
『では、ただ今顕現されているのは、先ほど仰ったように私が今悩んでいることにご助力いただくためですか?』
『然り。其方の【神具】に我が眷属に繋がる道標をいくつか加えておいたぞ。必ずや其方の謀の助けとなるであろう』
そう言い残すと女神の気配が消え、とんでもない勢いの魔力消費もまた止まる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ふぅと息を吐くと心配顔で覗き込むフレデリカの顔が目に入る。
「何やら只ならぬご様子。いつぞや女神が降臨されたときと同じに見えます」
「ああ、その通りさ。気儘に降臨しては人の魔力を気軽に吸い上げて、挙げ句に言いたいことだけ言っていなくなるのだから困ったものさ」
フレデリカがそっと差し出してくれた魔力回復薬を呷ると少しだけ人心地がつく。
「それで、どのような託宣が下ったのですか?」
「後で話すよ」
フレデリカの手が肩の近くまで伸ばされているのに気づく。
ジャンフランコが倒れそうになってもすぐに支えるためだと気付き、少し申し訳なくなる。
「フレデリカ。今回のリモーネへの用向きについては聞いているよね?」
「はい。伺っています」
「その...僕に婚約者ができる訳で。少なくとも妻として迎える形で君の献身に報いることはできなくなるんだけど...」
「あら、ジャンフランコ様はわたくしのことをそのように想ってくださっていたのですか?」
ジャンフランコにはそのイタズラっぽい笑顔も眩しい。
「わたくしは確かに生涯をジャンフランコ様に捧げることを誓っていますが、それはあくまで主従の誓い。貴方の妻としての献身を求められても困ります」
契約違反ですよ?とイタズラっぽく付け加える。
「それに、ジャンフランコ様は御自身のお立場をもう少し理解してくださいませ。スフォルツァ家に生まれついたお方の婚姻が色恋沙汰で決まる訳がないではありませんか」
諭すようにフレデリカから言われたことで、ジャンフランコは少しだけ落ち込む。
「ごめんね。僕はその、いろいろと理解が足りてなかったみたいだ。今の話は忘れてほしい」
「本当にそのとおりですよ。貴方は今や一国に匹敵する大領地の御曹司。そのように初心な振る舞いは許されません。相手が大国の姫君であっても当たり前のような顔で娶って下さいませ」
返す言葉もない。
そう思って黙っているジャンフランコを見てフレデリカがふわりと微笑む。
「その後で、奥方様をお相手に辛い想いをされると見えたときは…そうですね、その場合はわたくし主を支えるためには手段を選ばない所存です」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コルソ・マルケ砦で通常の馬車(と言ってもアチコチに【魔法陣】と魔道具が配された「装甲馬車」であるが)に乗り換えると、ジャンフランコは思考の海に沈み込むことにする。
「邸に着くまで考え事をさせてほしいんだ」
そう告げるだけで精いっぱいであった。
フレデリカもそんな主を慮ってか微笑んで頷くにとどめる。
その笑顔を見続けるのも辛い。ジャンフランコは自分の内へ内へと思考を巡らす。
【死】の女神が使徒であるジャンフランコの【神具】に残していった彼女の眷属に繋がる【魔法陣】を【神具】の内から探す。既に大量の【魔法陣】を記憶している彼の神測であったが、【死】の女神の眷属であることを条件に検索すると、二柱分の【魔法陣】がすんなりと見つかる。
一つは「死霊使役の鬼神」もう一つは「霊言の鬼神」と言うらしい。
『どちらも死者に関係する鬼神に繋がる【魔法陣】だけど…空中からの偵察とどう繋がるのやら』
考え込むジャンフランコの脳裏に『其方、頭が固すぎるのではないか?』と声が響く。
『これは秘事の女神様。本日は何用でしょうか?』
『其方の負担に考慮して、【死】の女神様が顕現をご遠慮されておる。お預かりした伝言を持ってきた。妾はただの遣いじゃ』
『では、その伝言を伺ってもよろしゅうございますか』
ジャンフランコを使徒とするもう一柱の女神。神格は上から数えた方が早いくらい高いが、それでも【死】の女神と較べると低く、その分顕現の魔力負荷も軽いため伝言を言付かってくれたらしい。
『城壁の奥の様子が分かればよいだけであれば、何も高空に上がる必要もあるまい?其方の手元にある二柱の鬼神へと至る【魔法陣】、それがあれば別の方法で城壁の中を把握できるとの思し召しじゃ』
『申し訳ございません。私の想像の外なのですが』
『人が強い怨みや無念を抱えて死んだ時、そこには死者の残滓が残るのよ。恨みや無念が強いほど、残滓は強く長く残る。其方もそんな一柱と事を構えたからわかるであろう?』
確かに、かつて戦い封印を試みた【怨霊】はそういう存在であった。
『そういう強い残滓が今最も多く残り渦巻いている場所が、他ならぬ其方の目的地じゃ』
『ミルトン…ですか?』
『うむ。あれほど死者の残滓が多く強く残る地であれば、その残滓の声に耳を傾け、あるいは使役して内情を探らせればよいのじゃ』
『以前、手前までは接近したことがありますが、特にあの【怨霊】のような気配は感じませんでした』
『以前はそうであろう。じゃが、其方は既に【死】の加護を受ける使徒。ある程度近づけばあの地がいかに死者の残滓で満ち溢れた場所であるか、身をもって識ることが出来ようぞ』
死者の声を聞くにしろ使役するにしろ、死者との接触が前提である。
『ご助言ありがとうございます。【死】の女神さまにその旨よろしくお伝えを願います』
『うむ。承知した』
女神の気配が消えるのを待って『死者とか無理だから』と独り言ちる。
ジャンフランコは再度、空からの偵察を前提に魔道具の構想を練り始めるのである。
だが、彼は忘れている。
顕現していない間もずっと、彼に加護を与える四柱の神々は彼の一挙手一投足を把握していることを。
今回の新要素:
・ 【死】の女神の眷属二柱(に繋がる【魔法陣】)
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