領主一家の家族水入らず? その二
「この後の話をしましょうか」
ジョヴァンナが【防諜】の魔法を発動して夫と息子に視線を向ける。
「結局、仕事の話になってしまいましたね」
「何を言うのですか。領主一家というのはそういうものです」
「【防諜】の魔法を使ってまで話す将来の話題というと、『ミルトン』ですか?」
「そうだね。当分の間は意図的に膠着状態を作っておいて、その間に内政を充実させるというのが目下の戦略だけれど、お互いにずっと並び立つ状態を続けることは出来ないからね」
ロドリーゴの言う通り、首都ミルトンに籠ってしまったミルトン「共和国」勢を打ち滅ぼすことは既定路線である。今、しきりにスフォルツァ家の家中で議論されているのは、「いつ」実行するか、に絞り込まれている。
「とはいえ、単純に物量で力押し、というわけにもいかないでしょう?」
「そうね。貴方の言う通り、スフォルツァ家にそれほどの戦力はないわ。よしんば攻略に成功したとしても攻城戦で戦力を消耗してしまっては元も子もないもの」
「一番手っ取り早いのは、僕か母様が出張ってミルトンを毒沼に沈めてしまうことですが…」
今、この部屋にはスフォルツァ家の最大戦力が二人揃っているわけだが、と考えかけたものの、直後、ロドリーゴはその戦術を否定する。
「君ら先ほど一国の資産がまるまま首都に残っていると推測したばかりじゃないか。毒沼に沈めてしまえばそれらは二度と手に入らないんだよ。少しは考えたまえ」
都市の一つや二つ一瞬で消滅させられる戦略級の極大魔法を使える二人が揃っているのである。後先を考えなければ、二人が魔法をぶっ放すのが一番手っ取り早いと言えば早い。が、戦後処理までを視野に入れると、極大の面倒ごとも着いてくる戦略ではある。
「ふ~む。面倒ですねぇ。ではやはり準備万端整えてから最善手を打っていく、となりますか」
「そうねぇ」
ジョヴァンナが顎に手を当てて思案顔になる。
「だとすると、首都攻略に先駆けてどんな準備が必要かしら?」
「最低限、城壁の中を探る必要がありますね。城壁の中の建物の配置に始まって、軍の配置、食糧や水といった生存に不可欠なものの場所などなど。何も知らないまま攻め込むのは結局力押しでしかないし、味方の損耗も馬鹿になりません」
「だが、あの首都は容易に間者を忍び込ませられない仕掛けがあり、扉を閉ざされたら最後、中の様子をうかがい知ることはできないと聞くぞ」
「城壁に阻まれずに城内に侵入し、偵察する方法がないものか」
「空はどうだろう?矢や魔法が届かない高空から城内の様子を記録するのだよ」
ジャンフランコは少し考えてみる。
「父様。現状は空を飛ぶ手段などございませんよ?」
「ジジでも難しいか?」
「例えば凧…いや、地上から攻撃されない高さまで人が凧に乗って上がるというのは難しいと思います」
「そうか…」
『あ。でも別に人を乗せなくても空中から偵察できればいいだけか』
ジャンフランコは前世の映像記録で見たドローンを思い出す。
「何となく考えるとっかかりは出来た気がします。少しお時間をください」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジョヴァンナが一度【防諜】魔法を切ると侍従を呼び、夕食の後片付けをさせ、お茶の準備を命じる。
テーブルの上が整えられると侍従を下がらせ、再び【防諜】の魔法を発動させる。
「では、この後はリモーネ王国への対処方針を考えましょう」
「母様。旧ソフィア教会関係の混乱はほぼ収束しましたし、相互不可侵の約定がある以上はリモーネ王国との間は現状維持、ではないのですか?」
「そのことについては、貴方は本当に上手く対処したと思いますよ。最善手を講じることができたと思います」
一旦はジャンフランコを労うジョヴァンナだったが、本題はこの後だ。
「ただ、その一件でリモーネ王国の貴族の間での貴方の知名度が爆上がりしているのだけれど、そのことにどう対処しますか?」
「ああ、今はまだ僕のことはスフォルツァ領出身の商人、くらいにしか認識されてないと思いますけれど」
「やはり自覚はないか」ロドリーゴがはぁと溜息をつく。
「考えてもみたまえ。君は報告にあった通りにリモーネの主要な貴族が集まったその場で『女神の使徒』であることを明かしたのだろう?その一事だけでジジの価値はとんでもなく高まっているぞ」
「僕の価値…ですか?」ジャンフランコが鼻白む。
「でも僕の価値が高まろうが知名度が高まろうがスフォルツァ家にとってたいした影響はないのではないですか?」
「ああ。本当に自覚がないな。君くらいの年齢の貴族子女にとっての最大関心事は何だと思う?『婚姻』だ」
まだ成人前だからと安心するなかれ。ほとんどのリモーネ王国貴族は早ければ十歳。遅くとも成人である十六歳の前には将来の伴侶を定めてしまうのである。
「君が旧ソフィア教会の一件を通じて価値を示してしまった以上、婚姻を通じて君を取り込もうという動きが激化するだろうことは容易に想像できる」
ロドリーゴの脳裏には山のように積みあがった釣書を前に苦虫を嚙み潰したような顔のメディギーニの様子が容易に想像できる。
「ちょっと待ってください。僕はまだ十三ですよ」
「甘いな、もう十三だ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジャンフランコが大きなため息をつく。
「近日中にリモーネに戻る予定がありましたね。王宮を訪問する予定も入っていましたし、今から気が重いです」
「心配しなくても、貴方の婚姻は軽々には決められないの。貴方がスフォルツァの継嗣である以上、安易に安売りすることは出来ません」
「安売り…ですか…面倒だなぁ。いっそのこと学友から選ぶのはいかがでしょうか?気心もしれてるし、何ならフレデリカでも大丈夫ですよ」
面倒臭そうに言うジャンフランコであるが、直後にロドリーゴから睨まれる。
「駄目だ。安売りするなと言っただろう」
ふうと息を吐く。
「実は、君がスフォルツァ家の人間と知っている筋から打診が来ている。当家としてはこの打診を真剣に検討すべきと考えている」
「僕がスフォルツァの人間と知っている筋…というと…まさか!」
「察しがいいな。そのまさかだ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リモーネ王室からジョヴァンナに宛てた書状を取り出し、ロドリーゴが読み上げる。
「ここにあるように、この縁談はレイチェル王女たってのご希望らしい」
「殿下が異国であるスフォルツァに嫁ぐと?それは随分と思い切りましたね」
継嗣でない王族の女子の婚姻と言えば、普通に考えれば国内の有力貴族に降嫁させ、統治の安定を狙うのが定石である。高位貴族の継嗣とは言え、異国に嫁がせる以上はそれ以上の利を狙っていると考えるのが自然ではある。
「少なくとも、両家にとっての利はあるな。両家で結んだ相互不可侵の約定を担保するための婚姻と考えれば、だが」
書状によると、先方はそれこそ今すぐ婚姻を結んでも構わないと言っているらしい。少なくとも婚約者が最低ラインである。
「せめて『候補』をつけませんか?」
「無理だね。観念しろ」
王女との婚約と併せて君がスフォルツァ家の人間だとリモーネ王国内に布令るのが一番であろう、とロドリーゴ。
「わたくしたちが知る貴方の価値からすると釣り合わないのだけれど、それでも今の時点で考えられる中では最高の条件だと思うの」
「いやぁ。あの世間知らずと婚約ですか?」
「あら、貴方のお話は素直に聞いてらしたじゃない。貴方が上手に導いて差し上げれば良いだけよ」
溜息一つ。
「分かりました。この件についてはよしなに取り計らっていただけますようお願いします」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
婚約について同意したところで、ジャンフランコの声のトーンが下がる。
【防諜】の魔法があるとはいえ、この後は非常にデリケートな話題となる。
「ところで、現時点ではレイチェル王女は隣国の高位貴族に『降嫁』することになりますが、よろしいので?」
「そこは、向こうも納得ずくだと思うが」
ジャンフランコが大きく息を吸ってから続ける。
「いや、いっそ対等の婚姻にして差し上げませんか?単なる辺境伯継嗣夫人ではなく、別の尊称をもって呼ばれた方が、殿下もお喜びに 「その先は言うな」」
「ただ、そうなると旧ミルトンの王室が今どのような境遇にあるのか確かめずにおくわけにはいきませんね」ジョヴァンナが何事かを考えこむ。
『結局はそうなりますか』
今回の新要素:
・ ジャンフランコに縁談
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