昏き神事
直接の残酷描写は避けましたが、酷いお話です。
深い森の奥。昼であれば少しくらいの木漏れ日で照らされるであろう、少し拓けた場に闇夜に紛れて数台の馬車が集まる。
馬車の一台から漆黒の髪を無造作に紐で結った少年が降り立つ。彼が俯くと、一房だけ白銀の髪がハラリと額にかかる。
同じく漆黒に一房だけ白銀の髪の少女が続いて馬車から降りると、続いて騎士が数人、ガチャガチャと鎧のぶつかり合う音を立てながら馬車の中から姿を現す。
「確か、この辺りだったね」
少年が降り積もった落ち葉や土を両手で払うと、下から黒色に鈍く光るツルッとした面が姿を現す。少年がその一角に手を添えると、その周りにボンヤリとした光が浮かぶ。
光が消えると、ポッカリと地下へと続く穴が姿を現す。
後ろに控える騎士が白く光る魔道具を翳すと、暗闇の中に人が一人降りられるくらいの大きさだろうか、石造りの古い階段が浮かび上がる。
少年が後ろに並んだ騎士に声をかける
「準備は出来たよ。お客様をお連れして」
少年はこの場に来るに至った経緯を思い出す。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
女神ソフィアが【聖具】の魔法陣を書き換えて旧ソフィア教会の凋落が決定的となった後、ジャンフランコは居室で一人になると、先ほど送ったメッセージの内容について考えを巡らせる。今頃はメディギーニが目を白黒させながらジャンフランコの無茶振りを解消すべく頭を悩ませているであろう。
ふと、正に今日起こった出来事を心待ちにしていたであろう存在を思い出し、【怨霊】改め【屍】の鬼神を呼出す。
『其方また加護が増えたな。新しく誰ぞの使徒となったか』
「ええ。不可抗力ではありますが、天恵の女神のご加護も授かりました」
声だけの顕現にも関わらず、器用にも息を呑む気配が伝わる。
『其方よく生きておるな。あれほど神格の高い神であれば勧請するだけでも一瞬で魔力を吸いつくされてしまうであろうに』
「実際、魔力回復薬をガブ飲みしながら、でしたね。ですが、それだけ苦労した甲斐はありましたよ」
旧ソフィア教会がソフィアの加護を失い、その崩壊が決定的になったことを一番に知りたがるであろうと考え元【怨霊】に伝えたのだった。
「これで、何百年にもわたる因縁、各地に残った怨みも晴れたのではないでしょうか」女神ソフィアが「神々への道標」から飛び出した神々から赦しを得たことも伝える。
だが、【屍】の鬼神から返ってきたのは想像していたのとは異なる一言であった。『いや、怨みが晴れたとするのは早計であろう』
彼いわく、赦しを得たのは天恵の女神であって、地に満ちた怨み・人に向けられる怨みが晴れた訳ではないらしい。
『時を経るごとに怨みは淀み、神々もいつか悪意を振り撒くだけの存在へと変じる。かつて私が【怨霊】の化身と化していたのと同じようにな』
かつてジャンフランコが封印した遺跡に祀られていた【死】の女神もその一柱だと告げられ、目の前が暗くなる。【怨霊】を相手取るだけでさえギリギリであった。遥かに神格が高いであろう【死】の女神が【怨霊】のように暴れた場合、人の手に負えるとは思えない。
『【死】の女神であれば鎮める方法が無くはないぞ。私がかつて告げたであろう?天恵の女神を唯一神と偽っていた者達を贄として捧げるのだ』
【屍】の鬼神 が姿を消した後には、【魔法陣】が描かれた一枚の紙が残る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今、少年の前には僧衣を纏った男ばかりが三十人ほど並ぶ。
馬車からも同じような格好の男達が数人、騎士に急き立てられるように下ろされ、列の後に並ばされている。
両手を縛られて猿轡を噛まされた男達が汚れ一つなく白く輝く衣装を纏う。
その対比は彼らのこの後の運命を示唆するものであろうか。
その中の一人。リモーネ国王の目の前で断罪された、かつて教皇と呼ばれた男に睨みつけられているのに気づくと、少年がその前に歩み寄り、微笑む。
「私をお探しと伺いました。教皇猊下並びに教会の要職にあられる皆様」
少年の左手に光るバトンのようなものが顕現すると、僧衣の男たちが息を呑む。
「あ...今は『元』をつけなきゃですね」
ニコリと微笑む。
「『元』とはいえ、皆様には女神のお招きを受ける十分な資格がおありです」
少年が踵を返し石造りの階段を降りていく。
「皆様をこの地にお連れしたのには、そのような理由がありました。女神はこの先でお待ちですので、『女神の使徒』である私に着いてきて下さい。
僧衣の男たちはフラフラと少年の後を追う。
誰もが少年の左手に掲げられた光るバトンから目を離せないのか、その光に導かれるように階段を降りていく。
『まるで誘蛾灯に集まる蛾のようだね。【聖具】をチラつかされたら拘束され猿轡まで噛まされている現状まで気にならなくなるなんて』
列から外れる者がいないか見張るために控えていた騎士たちだが、僧衣の男たちが一人残らず地下に飲み込まれたのを苦笑いしながら見送る。
「おい。第二段階に移行だ。気を抜くな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
階段を下りた先の廊下を少年は真っすぐ歩いていく。
少年の左手から漏れる光が、昏い廊下を照らす。
少年が通り過ぎた廊下はまた闇に呑み込まれるが、その闇の中、僧衣の男たちは少年の左手の光を目指して歩き続ける。
少年が廊下の奥のドアに突き当たると、後を振り向いてドアを開く。
顔には薄っすらと笑みを貼り付けたまま。
「女神との対面はこの部屋で行われます。皆様、どうぞこの中へ」
少年を先頭にドアをくぐった先は、何もない部屋。五十人は入れようかという部屋だったが、全員入り切ると僧衣の男たちの肩が互いにぶつかり合う。
少年が振り返ると、入ってきたドアの先で一人の騎士が少年に向かって頷くのが見えた。
「では皆様、ここで暫くお待ち下さい」
少年の一言が合図になったかのように、僧衣の男たちがバタバタと折り重なるように倒れ始める。
僧衣の男たちは誰もが起き上がろうと身じろぎするが身体の自由を奪われ指一本動かせないことに気づく。
少年は床に転がる男たちを踏まないよう注意深く部屋の出口まで歩く。
ドアの手前で振り返り、懐から何かを取り出すと床の上に拡げる。
「それでは皆様。これよりこの場に女神を勧請いたします。私はこれにて失礼いたしますので、女神と存分に語らっていただけますよう」
少年が跪き床の上に置かれた紙に右手を添える。
少年の右手から漏れる仄かな光に照らされた紙には複雑な【魔法陣】が描かれているように見える。
少年が紙から手を放し立ち上がる一瞬光が消えるが【魔法陣】から漆黒の煙が立ち上り少年の右手に巻き付く。何らか計算違いの事態が生じたのか、少年の顔に初めて焦りが浮かぶ。
少年は左手で右手首を強く握り漆黒の煙から引き剥がそうとするが、漆黒の煙の流れる向きは今や反転し、少年の右手から何かを吸い出すかのように【魔法陣】に向かって流れ始めている。
漆黒の流れが勢いを変えず流れ続けるにつれ、少年が顔色を失い徐々に青褪める。
ふっと流れが止まると少年が後ろにふらつき、一人の騎士が少年の肩を掴み支える。
「急ぎましょう」
そのまま部屋から出るとドアを固く閉ざす。
「お早く」
少年は騎士に支えられながら、可能な限りの急ぎ足で部屋を離れ、地上への階段に向かう。騎士のブーツが石畳に当たり、カツカツと金属質の音を立てる。
その音が遠ざかり僧衣の男達の耳には届かなくなった頃、【魔法陣】から一筋漆黒の煙が立ち上る。歳経た老婆を思わせる低く嗄れた昏い声が響く。
『我らが怨敵。すべての神々とその信徒の仇よ。これより其方らが辿るは長く昏き道行き。其方らの魂を一欠片でも喰らわんと我が眷属が待ち構えておるでな。幾星霜にも渡る責め苦で饗してくれようぞ』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「少しだけ待って」
地上へと続く階段の手前で少年が息も絶え絶えに膝をつく。
「急ぎませんと」
『逃がれずともよいぞ。其方があの者どもとは異なること、今の我であれば分かる』
低く昏いことは同じ。だが澄んだ声が近づく。
いつの間にか階段の上から差し込む仄かな月明りの中、漆黒のもやのような煙が音もなく近づくと少年の右手に吸い込まれるようにして消える。
『我は【死】なり。あの者どもの魂を代償に我が積年の怨みを清算することとしよう』
少年の身体から力が抜け、その場に蹲る。
『よくぞ何百年にもわたる怨みを解く神事を行った。 褒美として其方に我が加護を与えようぞ。今後其方が歩む道が覇道であろうと何であろうと我が力添えをすると約する』
次回からは明るめの話に戻ります。
今回の新要素:
・ 【死】の女神
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