捲土重来を期して
異端審問官の長、懐かしのバレストル先生視点のお話。
ソフィア教会か大混乱に陥り、身の置き場がなくなった彼らの選択は...
「間もなく国境です。絶対に騒動にならないようにお控えください」
幌馬車の隙間から声を掛けられ、バレストルは憮然とした表情で頷く。
「国境の河を越えれば、暫くは何者にも見咎められず進むことができます。それまでのご辛抱です」
『こんな狭い馬車に押し込められて、逃げるように国を出なければならんとは。何とも腹立たしいことだ』
「ひっ」向かいに座る天恵奴隷の怯えたような目と目が合う。
はらわたが煮えくり返るような思いが顔に出ていたのだろう。気がつくと周りに座る天恵奴隷が皆、こちらを窺うように見ている。
舌打ち一つで気持ちを抑え、周りが怯えないよう視線を下に向ける。
それもこれもあのいけ好かないジャンフランコとかいう餓鬼のせいだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
始まりはオグルディ枢機卿の従僕の密告であった。
何でもオグルディがジャンフランコという神学校の学生を訪れた際に、何やら奇跡が起こったというのだ。
隙を見てオグルディは拘束したものの、ジャンフランコには何故か逃げられてしまった。【看破】の天恵奴隷をつけてやったのに何という無能揃いだ。
思えば、あのジャンフランコという学生自体、何やら得体の知れない生徒ではあった。本来の身分を隠して「外れ」天恵持ちを物色するために教壇に立っていたあの頃、あの生徒は授業中はまったく存在感がないにも関わらず、成績だけは飛び抜けてよいのだった。
光と闇、両方の貴色を身につけるようになったにも関わらず、目立たぬ生徒であり続けたのも不思議であったが...。
おそらく目立たないように努めているだけで、優秀な生徒ではあったのだろう。
だが!だからといって!
何百年も敬意と崇拝を捧げてきた我等を差し置いて、女神ソフィアに選ばれて使徒となるなど、断じて許せるものではない!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「官長様。これより国境を抜けます。おそらくは大丈夫なはずですが、万が一の場合は一気に橋を渡って国境を越えてください」
「分かっておる。このような僻地の見張りが金の誘惑に耐えられるはずがない。渡す金をケチって仕損じるようなことはするな」
「かしこまりました」
幌の隙間から覗くと、欠伸をしながら座り込んでいる兵士が何人もいるのが見える。リモーネ王国とヒンウィル公国との国境は通る人も疎らで、そこを守る兵士の質もお察しだ。ミルトンとの国境とは大違いである。
「こんなに大勢で何事だ?」
「女神ソフィアの足跡を辿る巡礼にございます」
「本当か?みすぼらしい姿の者を大勢載せて、まさか奴隷商や密輸業者の類ではあるまいな」
「滅相もございません。兵士の皆様のお手を煩わせるほどの者はおりません。こちらで美味しいお酒でもお楽しみいただければ」
交渉役の男が兵士の手に大銀貨を何枚か握らせるのが見える。
「うむ。なかなか気が利くではないか。良いぞ。このまま通れ」
男が御者に合図をして馬車が進み始める。
息を潜めるようにしていると、馬車が橋を越える。
「バレストル様、首尾よくリモーネの外に出ることができました。この後は...」
「手はず通り、この地の教会に身を寄せるぞ。そこで暫くは情報を集めるしかあるまい」
「それにしても、あのイカれた民衆どもの騒ぎは何だったのでしょうか。オマケに教会騎士団は一斉に職務を放棄するし...」
「だからと言って我ら異端審問官に教会騎士団の代わりをせよとはな」
「今代の教皇猊下はあまり賢明な御方ではございませなんだ。あの方が就任されてから様々な不都合が起きるようになりましたもの」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
確かに、あの教皇に代わってから碌なことがなかったわい。
何より贅沢品の費えに充てるために「免罪符」なぞ売り出しおって。
アレがなければ、女神ソフィアの恩恵を失ったとはいえ、ああまで急に反感を買うようなことはなかったはずだ。
我ら異端審問官の力がなければ、あれほどふんぞり返ることなどできはしなかったろうに、あの痴れ者め。何が、教会騎士団に代わって身辺警護をせよ、だ。
我ら異端審問官は集団で一人を捕らえ拷問するからこそ力を発揮できるのだ。間違ってもその逆〜集団で押し寄せる民衆から教皇一人を護る〜ではない。
だからあ奴がグッスリ眠っている隙に異端審問官全員で大聖堂から脱出してやったのだ。我らがあ奴を置いて行くとは王国騎士団の連中も思わなかったに違いない。その隙を突けたからこそ、我らは途中で追いつかれることなく国境を越えることができたのだ。
あ奴め、民衆に取り囲まれて袋叩きに遭ったか、それとも一人で大聖堂を抜け出して王宮にでも逃げ込んだか。何にせよ、我らの役に立った以上は感謝の祈りを捧げてやろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「しかし、リモーネを出るまでする必要がごさいましたかね。特にここヒンウィルは国全体が貧しく、我らの生活も切り詰めなければなりませぬぞ」
「馬鹿者。天恵奴隷どもを連れてリモーネ国内に潜むなど無理であろう?あ奴らは我らが再起を図るためにも手放す訳にはいかん」
異端審問官の権力の源、それが天恵奴隷だ。長年に渡って攫い、或いは持て余した家族から買い取った「外れ」天恵持ちども。
実はあらゆる魔道具や杖の天恵持ちよりも強力な権能を行使できる「一芸に秀でた」者達。
神学校が「外れ」天恵持ちを見出し天恵奴隷へと育て上げるための場であることを知る者は少ない。
鞭を浴びせ続け、何の疑いもなく我らに従い天恵を発動させるようになれば、立派な天恵奴隷の完成だ。
完成までに時間も手間もかかるからこそ、使いこなせば王国騎士団にも対抗する力となり、その力を背景に教会騎士団と並び教皇の剣と称されるまで、我ら異端審問官を支えた存在。
そんな力を手放す馬鹿がどこにいる。
今は天恵奴隷どもを引き連れて国外に潜むしかできないが、いつの日にか、必ずやあのジャンフランコとかいう餓鬼から女神ソフィアの加護を奪い取り、我らソフィア教会を継ぐ者の手に取り戻すのだ。
そして、ぽっと出の餓鬼に気安く加護を与えた売女のような女神をねじ伏せ、二度と我等を裏切らないよう、異端審問官の長たる我が目の前に跪かせてくれよう!
異端審問官というくらいです。
真人間なはずがありません、
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